仄暗い暗闇の中で
「シィス、ありがとうな」
「ウム。今回だけと言わず、何か困ったことがあれば私を訪ねると良イ」
照らす物がなければ歩くこともままならぬような薄暗い空間。
そんな仄暗い空気ですら白く見えるような、無を思わせる影があった。
そして、その影に声をかける金髪の男も一人。
「…………さて、どうやって探すか……」
リケルの立つ場所は通称『棺』。
手に負えぬような大悪人などを収容している地下牢である。
実際のところ、彼はその場所を聞き忘れたものの、以前に自分も収容されていたという偶然から位置を特定し、シィスの影魔法によって、固く施錠された扉を破壊することなく内部に潜入できたのだ。
なお、潜入に協力してくれたシィスも日が完全に登りきる前には森に戻らなければならず、ここからはリケル単独での行動であった。
「シィスがいなかったらどうなっていたことか……
やはり魔法が使えるというだけで大きな長所になりうるな」
改めて辺りの安全を確認したリケルは、一歩一歩を確かめながら前へと進む。
まだ鉄格子は見えない。
今リケルがいる場所は『棺』の玄関ともいえる場所で、ただ広い部屋が狭い通路を通じていくつか繋がっているだけであった。
家具も無く、生活感も感じられない、ただの地下室のようである。
「表向きのカモフラージュ……ということか」
一人ボヤきながら進むが、目標の鉄格子は見つからない。
「俺が脱出した時は力任せだったからな……
ただ、きっとどこかに仕掛けがあるはずだ」
暗闇の中をしばらく触覚だけを頼りに歩いていたリケルだが、あることに気づいた。
「……忘れていた。俺には聖気があるんだった」
少しの間時間を浪費した自分を呪いながら手に力を込めるリケル。
原理不明な機序で彼の全身から滲み出た白いエネルギーは、緻密な制御で右手に集まり、球状の物体をなす。
それは手から離れた後も形を崩すことなく、まるでリケルに懐いたペットのように、傍を離れずに当たりを照らし出す。
部屋の全容が明らかになる。
リケルは視界の奥に、白髪の老人を認めた。
「ッッ!いつからそこに────」
「刀から手が離れておりますぞ」
既に居合の構えを終えていた老人が視界から消える。
(どこから────)
甲高い破裂音とともに、スイッチが切れたかのように光が失われる。
「くそっ!狙いは聖気だったか……」
聖気球の破裂によりリケルもダメージを受ける。
その反動で第二撃への反応が遅れる。
「甘い甘い。全然基礎がなっとりませんな」
勘だけを頼りに刀を縦に構え胴体をガードしていたリケルの脚に、鋭い痛みが走った。
すぐに反応して脚の辺りに刀を振るも、空振り。
距離も正確に分からないが、前方に着地音が鳴る。
「お久しぶりです、リケル殿。
本日はどのようなご用事で?」
「それを言ったら叶えてくれるのか?」
「…………気分次第ですな」
「素直に『いいえ』って言ってくれ」
刹那、リケルが真正面に飛ぶ。
(速い……!)
リケルが力まかせに刀を振り下ろすが、何やら不思議な力に押し返されて振り抜くことができない。
「防御魔法……か!」
ならば、と一度老人を守る力に蹴りを入れて距離をとると、切っ先を老人に向けて間髪入れずに飛び込む。
「防御魔法には魔法の核を一撃で貫く突きが有効。
勤勉ですな。ただ─────」
老人は動かない。
しかし、リケルも止まるわけにはいかない。
むしろ地面を蹴ってより勢いを増しながらバリアに肉薄。
が、────────
「ぐっ……」
彼の底なしのスピードを乗せた一撃もバリアを貫通することは叶わない。
その衝撃がそのまま抗力として右手に伝わったリケルは思わず刀を落とす。
「さすがです。並大抵の防御魔法なら対魔を使うまでもなく、衝撃だけで貫かれていたでしょうな」
動揺しているリケルのがら空きの顔面を刀で狙う老人。
銀光の刃が彼の目前まで肉薄する。
「あぶ……ねぇっ」
持ち前の動体視力で刀を掴み、顔にあたる寸前で止めるリケル。
あと一歩のところだが、老人がどれだけ力を込めても刀は動かない。
そう。スピードは上。パワーも上。体力も反応速度も全てリケルの方が上である。
しかし────
『付加魔法・鋭刃』
「なっ……」
刀を掴む指に少し痛みが走った瞬間、嫌な予感に従って首を横に逸らすリケル。
─────耳の軟骨が一部飛んだ。
「────その魔法、刀の側面まで切れ味を持つようになるのか」
「ええ、指の皮ごといただこうと思いまして」
ニヒルに笑う老人だが、リケルは感情を示さない。
身体能力はリケルの圧倒的優勢である。
しかし、切っ先を下に向けた独特な構えの老人────ルーブランは、持ち前の経験と勘、そして魔法を駆使して彼に攻撃を命中させることを許さない。
むしろ、リケルを圧倒さえしている。
未だ魔法対策に慣れていないリケルにとっては、十分すぎる強敵であった。