反撃の狼煙
『対魔!』
リケルがその魔法の名を叫ぶ。
隠し味程度に力が込められた薄い刀は淀みのない円弧を描き────それだけが時間という概念を失ったかのように、ゆっくりと、素早く、対象だけを切り裂いた。
「お見事」
シィスが大きく首を振ると、それまで彼を縛っていた魔道具は、いとも簡単に彼の首元を離れた。
「この感覚…………これなら何回でも再現出来る」
先ほどまでの腰が引けた様子からは打って変わり、今すぐにでもと次の影狼を求めるリケル。
それまでは沈黙を貫いていた影狼達も堰を切ったように、遠吠えをあげる者、我こそはと魔道具の破壊を頼む者、謝礼に森で狩った肉を献上しようとする者など、人それぞれ……いや、狼それぞれの喜び方を表し始めた。
口々に騒ぐ同胞を一度落ち着け、シィスはリケルの前にゆっくりと歩み寄る。
「この礼は必ず返ス」
「ああ、それなら早速頼みたいことが────」
今か今かと落ち着かない影狼たちを背に打ち合わせを始める二者。
シィスはしばらく会話を続けていたが、折り合いがついたのか、他の影狼に魔道具を破壊してもらうよう許可を出すと、一人闇の中へ消えていった。
修行の成果としては大成功を収めたといえるリケルであったが、結局、かなりの集中力を要する対魔を連発することは出来ず、休憩を挟みながら魔道具を破壊し終えた頃には日が上り始めているのだった。
「…………ていう作戦なんだ。
みんな、協力してくれるか……?」
『棺』突入に向け、作戦を話し終えたリケルが改めて理解を確認する。
彼らの返答は、大きな大きな遠吠えだった。
シィスを筆頭に、森だけでなく王都全体に狼の鳴き声が響く。
先程あげた歓喜の遠吠えよりも数倍大きな声量だ。
不運か幸運か、その声を偶然聞いた者は今頃全身を襲うような不安感を感じていることだろう。
「…………はは、なるほど、宣戦布告にちょうどいいな」
リケルが珍しく爽やかに笑う。
「シィス、さっき言っていたことは全て本当なんだよな?」
「もちろんダ。俺タチに指示をしたのも、あんなモノを着けたのも、全部アノ人間が────」
「なあ、シィス。悔しいか?」
彼の話を途中で止めるリケル。
当たり前だ、とでも答えれば良いのか。
あまりに簡素な質問に、シィスは答えることに戸惑った。
だから、リケルはその答え方を教えてあげるように、質問を重ねたのである。
「シィス─────復讐、したいのか?」
「──!」
彼の仲間はリケルに殺された。
そして、その原因を作ったのは全て我々に指示したあの人間だ。
他の生き物よりも頭が回る上に思慮深く、無駄な殺しを行わないことで有名である影狼。
しかし、当然彼にも許せないことはあった。
「ああ……復讐、当たり前だ」
物騒な単語を頭で反復しながら、リケルをしっかりと見据えて答えた。
その覚悟に答えるのは当然だ。
そう言わんばかりの目を、リケルだってしていた。
「なら、俺たちは一緒だな」
「……」
シィスは驚かない。
彼を一目見た時から、その陰惨とした感情は肌で感じていた。
十日ほど前にアレシアを襲撃した際とは違った瞳をしていることを、知っていた。
「そろそろ…………作戦決行の時間だな」
先ほどその姿を見せ始めた太陽は、既に半円のところまで見えている。
「シィス。さっきの、もう一回やってくれるか」
「サッキの……か?」
「遠吠えだよ、遠吠え。
あれ、一転攻勢って感じで、気に入ったんだ」
ああ、と納得するシィス。
まだ誰も目を覚ましていないような夜明けの最中。
頬に青い十字架を刻んだ金髪の男だけが、その不気味で耳にまとわりつくような咆哮を、最後まで耳に焼き付けていた。
リケルの口調が時々変わるのは作者の技量不足……ではなかったりします。
少ないですが、もうヒントは撒いてあります。
答えが明らかになるのはまだまだ先ですが……