前夜
「セシル=クラフト?」
「ああ、有名な技術者だ。
特に武器の作成については一流で、独自の技術を使って強力な魔法を付加させた魔道具を作る」
フェルの説明を、リケルとバルドの二人は目を丸くして聞いている。
リケルの修行は既に六日目となっていた。
翌日にはソニア奪還計画が迫っている。
「なんだか知らねーけどすごそうじゃねえか!」
「言っておくが、別にわざわざお前のために用意したわけじゃない。
少し前に殉職した騎士団員のものだ。
刀の使い手はそう多くはないから、倉庫で眠っていた。
どうせ使うあてもないから持ってきただけだ。」
「おいおいなんだよそれ、カッコつけてんのか?」
目を逸らしながら言うフェルの脇腹をバルドがつつく。
一秒後にはバルドの身体は地面に叩きつけられていた。
それを横目に見ながらリケルがフェルに質問をなげかける。
「この刀の持ち主は……どんな人だった?」
唐突な質問に眉をしかめたフェルだが、少し考えた後に真っ直ぐとリケルの目を見つめ返した。
「優しいやつさ。どんな任務の時も、意地でも人は殺さない。
そういうやつだった……」
「フェルさん。悪いが、俺は人を殺す」
「ああ。本来刀とはそういうものだ。
そいつも喜ぶだろうよ」
フェルの言葉を聞いて、リケルはまた刀を見つめ直す。
「ああ……きっと喜ぶ。
だから、どうか今度はそいつを悲しませないでやってくれ。
いや、つまりは、もう周りの人間が死ぬのは見たくないんだ」
リケルは顔を上げる。
「?フェルさん、それはどういう意味だ?」
「なに、独り言みたいなもんさ。
とにかく、今日はそいつの使い方をみっちり叩き込むぞ。
何がなんでも今日中に終わらせるんだ。
気合い入れろよ」
フェルがリケルの背中を叩き、先ほどの言葉をかき消すようにグラウンドの真ん中へと走る。
持たされた刀を両手に乗せたまま、リケルはきょとんとした顔で立ち呆けるだけだった。
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「…………きろ…………おい、起きろ、バルド」
リケルに肩を叩かれ、バルドが目を擦りながら目覚める。
「な、なんだ……?寝坊でもしちまったか?」
「バルド、とりあえず武器だけ持て。ここから出るぞ」
「は?何言ってんだ?」
少しでも状況を理解しようと辺りを見回すバルドだが、リケルの顔が薄らと浮かんでいるだけで、他には暗すぎて何も見えない。
なんだ夢か、と頬を抓るが、その感触は確かに現実のものである。
「頼むバルド、一刻も早くこの部屋を出るんだ」
痺れを切らしたリケルがバルドの手を引っ張る。
そんな彼の手をバルドは止める。
「ちょ、ちょっと待てよ。
こんな夜中にどうしたんだ?まずは事情を話せよ」
「事情はあとだ。あとで必ず話す。
とにかく付いてきてくれ」
「…………分かったよ」
あまりにもしつこく真剣なリケルを見て、彼は折れることを選んだ。
新調したばかりの斧を持ち、銀色に光る刀を鞘に収めたリケルとともに窓から飛び出す。
「おい、どこに行くんだ?」
「そうだな…………王国内は危険だ。
とりあえずあそこにある森まで走ろう」
「危険?どういうことだよ?」
相当なスピードを出して走りながらも、二人は声を潜めながら会話をする。
先程から質問に答えようとしないリケルに対して、バルドの眉間は徐々に険しくなっていく。
「その話は森に着いてから……」
「おいおい、そりゃねえぜ」
呆れ顔で足を止めたバルドにつられ、リケルも急ブレーキをかける。
「短い関係だけど、お前のことはダチだと思ってる。
だからこそ、作戦前日にこんなことしてほしくねぇんだよ。
だからせめて、お前を信用出来るだけの理由をくれって話だぜ?」
「……わかった。全て話そう」
リケルは真顔を崩さなかった。
いや、正確には一瞬、刹那の瞬間だけ、悲しみとも怒りともとれる表情をのぞかせた。
それに気づいた、いや、気づいてしまったバルドは先ほどから自分の身体の中を渦巻いていた胸騒ぎが至極的を射たものであることを悟った。
それでも、リケルの口からは聞きたくない言葉であった。
「マックスさんは、帝国のスパイなんだ」