親友
────科学。
それは、生活を豊かにするものである。
それは、夢を叶えるために役立つものである。
それは、敵を殺すために使われるものである。
────帝歴71942年。
王国で言うところの、29981年。
彼もまた、科学の魅力に惹かれた人間のうちの一人であった。
「バルド!あんた勉強もいいけど、たまには外に出てみたらどうなの?」
「母ちゃん、違うんだよ。これが完成したらきっと先生も喜んでくれるんだ」
「何が違うのさ!それに、先生もきっとあんたのこと心配してるわよ?
ほら、読んでみなさい」
「えっ!先生が俺に手紙を!?
なになに…………『少しくらいは寝なさい』
………………分かったよ。おやすみ」
「あんた切り替え早いわね!」
「先生の言うことは全部正しいんだ。
前だって先生の言う通りにしたら上手くいったし」
「弟子入りしたのはいいけど、あの人もきっとお忙しいんだから。
あんまり迷惑かけてるとまた倒れさせちゃうわよ?」
「もしそうなったら俺が特効薬作ってやるよ!
ドラゴンも生き返るくらいのをさ!」
「ドラゴンって…………いたらいいわね」
日は十分に上り始めている。
甲高く鳴き声をあげる鳥の声で目を覚ました彼女は、まず息子の部屋から響く摩擦音を聞く。
注意をする気力さえとうの昔に削がれているらしく、徹夜を続けている彼に特別注意はせず、小言を言うか彼の師匠からの伝言や手紙を伝える程度である。
「そういえば、今日は手紙なんだね。
いつもは来てくれるのに」
「言われてみれば、確かにそうねぇ。
フェニケス王国に出張って噂は聞いたことあるけれど」
「フェニケス王国ってあの勇者の?
あっちはあっちでかっこいいよなぁぁ」
「でも、どうして出張なのかしら。
友好国ってわけでもないのに」
「なんだよ、母ちゃん知らねえのか?」
バルドが鼻を擦る。
「我らが大先生は、魔法と機械を融合させた商品を作るっていう、前代未聞の試みをしようとしてるんだぜ!
王国に行ったのも、魔法技術を盗むためってわけさ!」
胸を張るバルドを母は微笑ましいといった顔で見つめる。
「それは楽しみだねえ。
それで、あんたはその手伝いが出来ているのかい?
まさか自分の研究ばっかりで先生の手伝いをサボってるなんてこと、あるわけないよねぇ?」
バルドの顔が絵に描いたように歪む。
「う……ちょ、ちょっと外に出てくるよ!
久しぶりに陽の光も浴びたいし!」
母が何か言う隙も見せずに窓から飛び出すバルド。
その後ろ姿を見て、彼女はいつも通りため息をつくのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
日も沈みかけてきた頃、森林の中を颯爽と走る者がいた。
虎でも吠えているかのような爆音をあげて走る物体に、辺りの魔物は近づこうともしない。
Cランクを超える個体でもいれば彼に襲いかかっていたかもしれないが、王国を目前に広がるこの森にそんな強者はいるはずがない。
魔狼ですら追いつけないであろうスピードで爆走するそれは、王国の門番兵を視界に入れると急激に速度を落とす。
マニアの中では『ドリフト』とも呼ばれる車体を横に向けて滑らせる技術を駆使して、彼は門番の拳一つ分手前で停止したのであった。
「やあ、久しぶり」
「ご、ご無沙汰しております。
それでは入国許可証を……」
「はぁ、君はいつも細かいねぇ。
ほら、うちの皇帝の直筆サイン入りだよ。
持って帰ってくれてもいいけど、その場合はサイン代を……」
「それではこちらへどうぞ」
いつものことなのだろう。
彼の軽口を気だるそうに受け流しながら、門番は城の方へと案内する。
無視されたことに小さな声でブツブツと不満を言っていた彼だが、王国の地に足を踏み入れた途端、目を輝かせる。
「わぁぁ、やっぱりすごいなぁ!
あの街灯も、あの屋台のコンロも、全部魔法ってやつで動いてるんだろ!?」
「正確には魔法というより魔力、ですけどね」
「しかし不思議だなあ。
ふむふむ、こっちでもコンロは四つ足のあの形なんだなあ。
ただ、こちらの技術と合わせるとすると……」
男は門番の訂正も無視してメモを取り出す。
「はぁ、自由すぎるよこの人…………ちょっと、国王様がお待ちですから。
せめて帰りにしてください、そういったことは」
「何言ってんのさ、謁見は明日だろ?
今日ぐらいは楽しませてくれよ」
「またまたご冗談を」
噛み合わない会話を最初は適当に流していた男だが、門番の言葉に目を見開く。
「そ、そんなわけないだろう?
朝からずーっと休みなしでバイク走らせてきたんだ。
そんなクタクタのやつをその日のうちに呼び出すバカがどこに────」
「ちょっと!口を慎んでください!
とにかく、もう王城は目の前ですから」
人殺し、だのサイコパス、だのと嘆くメガネの男を、門番は引きずりながら王城へと進む。
城の手前にいた別の兵士に仕事を任せると、彼はいそいそと門の方へと帰っていった。
「城の方はただ綺麗なだけで全然魔法が使われてないからつまんないしさー。
………………おっと」
頭の後ろで手を組みながら歩いていた男の膝に小さな衝撃が響く。
「……ごめんなさい」
そこには黒い髪を肩まで伸ばした可愛らしい女の子がいた。
どうやらちょうど曲がり角から走ってきて、彼の足に頭をぶつけてしまったらしい。
「ああ、いいよいいよ。そっちこそ痛くなかった?」
「こら!きょうはおきゃくさんが来るってお母さまが言っていたでしょう!
いつもみたいにおしろの中を走り回るのはやめなさい!」
男が少女の頭を撫でていると、彼女が走ってきた角の方から、もう1人の少女が走ってくる。
「これはこれは、礼儀正しい子が出てきたねえ。
お母さんの教えかな?」
「は、はい!ごめいわくをかけてすみません!」
「うんうん、次からは気をつけるようにね。
それじゃあ僕は行かなきゃだから」
何度もお辞儀を繰り返す少女を横目で見ながら、男はまた歩みを進めた。
(まだ四才くらいかなあ……あれがいわゆるお姫様ってやつか。将来が楽しみだ)
考えごとをしながら歩いていると、同行していた兵士が歩みを止める。
それを視界の端に捉えていた彼も、扉に頭をぶつける寸前で足を止めた。
「それではどうぞ」
扉が開く。
今までよりもさらに輝く宝石が散りばめられた大きな部屋に、数人の男。
そして一番奥の真ん中には、金色に光る冠を身につけた老人が座っていた。
「おお、よく来たのお」
「陛下もご息災にお過ごしで何よりです」
先程まではふざけているような態度をとっていた男も、王の前では膝をつく。
「そうも言ってられんわい。
わしももう90を超えておるからな。
そこでじゃ。うちの魔法を研究してもらうのは構わんから、代わりに引き受けてもらいたいことがある」
「なるほど。今日呼ばれたのはその件というわけてすね」
納得した様子の男である。
「うむ。
そちらの帝国との国境に、大きな山があるじゃろ」
「ええ。機械の開発に必要なレアメタルと魔道具に必要な魔光石、その両方を多分に含む名山ですね。
たしか山頂を通る線を国境として、その線を超えた採掘はしないとの取り決めがありましたが」
「そう、その山じゃ。実はその山の王国側に、山賊が出現しておる」
「なるほど…………」
男は真剣な顔をして考える。
「それで、その山賊を退治でもしろというわけですか。
しかし、そちらの王国の問題を私に解決させるというのはあまりにも……」
「その山、全てそちらに譲り受けると言ったらどうかな?」
「……!」
驚きをみせた男を見て、王はニヤリと笑った。
「詳しくは言えんがの。既に魔光石を作り出す技術が他に完成しつつある。
わかりやすく言うと、あの山はワシらにとって『用済み』と言っても良い。
しかし、そちらからすれば喉から手が出るほど欲しい山じゃろう?
こんなwin-winな契約を断る理由など─────」
「陛下。申し訳ありませんが、断らせていただきます」
「なっ!?」
今度は王が驚きの表情を見せる。
「私は人を傷つけるために技術を使うつもりはありません。それは相手が山賊であろうと、敵国の兵士であろうと同じです。
どうか、帝国の他の人間にご依頼いただければ」
「…………そうか。おぬしはそういう人間であったな。
良いじゃろう。いらぬことを言ったな」
王は取り乱すこともなく、落ち着いた様子で何度も頷いた。
「それでは魔法の研究の方は……」
「かまわん。どうせダメだと言っても隠れてするじゃろう。
魔法士を何人か呼んでおるからいくらでも見せてもらうと良い」
「……ありがたき幸せ」
男は腰を上げ、頭を下げると部屋から出ていく。
王はその後ろ姿を見つめ、ため息をついたのであった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
男が王城を訪れる数時間前、バルドは家をとび出てからしばらく、特に行くあてもなく歩いていた。
「悔しいけど、母ちゃんの言う通りだよな…………俺、先生を手伝おうとするとすぐに物壊しちゃうからさぁ……
本当ならマックスみたいに『先生の右腕!!!』って感じになるはずだったのに……」
「呼んだかい?」
「うわっ!」
すれ違った人みんなが振り向くような憂鬱とした雰囲気をまとって歩いていたバルドに、赤髪の美少年が声をかける。
「マックスか、ビックリしたよ!
……今日は、先生と一緒じゃないのか?」
「そうなんだよ、なんでもフェニケス王国にいろいろと用事があるらしくてさ。
さすがに子供を連れて国はまたげないって言われちゃった」
「珍しいな、お前はなんでも出来るから先生に気に入られてるのに」
トゲを刺すような言い方にも、マックスは機嫌を損ねた様子はない。
むしろハハハと笑いだしたくらいだ。
「なっ、なにがおかしーんだよ!
てめえ、俺のことバカにしてるな!?」
「いやいや、ごめん、違うんだ。
今は言えないけどさ、バルドはきっと勘違いしてるよ。
先生は俺なんかよりも、お前のことをよく信頼してるさ」
「おいおい、慰めにしたってそりゃないだろ……
俺なんか、不器用で手伝いもできなくて、マックスみたいにかっこよくもなければ育ちも良くないし、デブだし……」
「バルド」
自分を卑下するあまり、関係の無いことにまで脱線しかけるバルドを止めるマックス。
「もっと自分に自信をもて。
俺たちが力を合わせれば出来ないことなんてないんだ」
マックスはバルドの肩を掴み、訴えかけるように語った。
「俺たちで先生と一緒に夢を叶える。そうだろ?
それに、俺は知ってるぜ。お前の新しい発明だって、もうすぐで完成しそうなんだろ?」
「あ、ああ!そうだ!俺の考えた時間差マヨネーズ爆弾さえあれば、みんなを幸せに出来る!」
「その通りさ!お前は俺にはない発想力を持ってる!
俺たち一人一人じゃあ完璧にはなれないけど、2人合わさればきっと先生の役に立てるんだ!」
目を輝かせ、拳を固く握りながら叫ぶマックスに、バルドも感化され元気を取り戻していく。
「俺たちで作ろうぜ!マヨネーズ爆弾!そんで先生を驚かせてやるんだ!」
「バカヤロー!時間差マヨネーズ爆弾だよ!そうと決まれば、早速研究を続けようぜ!」
「ああ!早速素材を採りにいこう!
たしかあの国境にある鉱山にしかない素材だったよな?」
「そうだぜ、レアメタルってのがたくさん必要なのよ!」
二人の子供は走り出す。
周りの大人たちは、それを微笑ましく眺めていた。
この中の誰も、彼らが子供のお遊びではなく、世界を変える研究の手助けをしているとは思わなかった。
彼らの師匠がかの有名な技術者────セシル=クラフトではあるとは、夢にも思わなかったであろう。
PV4000突破ありがとうございます!