約束
「それじゃあ今日は解散だ。
明日からは本格的にその刀の使い方を教えることになる。
今日はしっかり身体を休めてくれ」
リケルの適性も分かったところでフェルが解散を切り出した。
既に空は赤く、後片付けを始める冒険者も増えている。
「了解した」
「おう!」
勢いよく返事したバルドに、リケルが疑問の目を向ける。
「ん?バルドも明日来るのか?」
「ん?」
「ん?」
どういう意味が知りたくて聞き返すが、何度聞いても同じ答えしか帰ってこないのを見たリケルが呆れた顔をする。
「これは俺自身の問題だ。
それに、そんな怪我で付いてこられても俺の方が困る」
そう、リケルとは違い彼の傷はまだ完治には程遠い。
いつもの調子ならば、ここまで広い闘技場に来れば時間になど目もくれず新技の開発に励むはずのバルドであるが、全身を蝕む痛みのためにやむなく腕相撲という動きの少ない遊びに徹していたのである。
もちろん、まだ付き合いの短いリケルはそんな細かい事情までは知る余地もないのだが。
「いや、さすがに俺もそこまで世話を焼くつもりはねえよ。
ただ、明日は俺もここに用がある」
バルドが後は説明してくれと言わんばかりにフェルの方を見る。
こちらもまたやれやれだと言わんばかりに口を開いた。
「前の戦いでこいつの斧が割れた。
だから、明日は新調した物の使い心地をここで確かめたいんだそうだ」
二言だけ説明したフェルは、もう行くぞと言って、台車を引いて出口へ歩く。
特にここに留まる理由がない二人もそのあとをついていく。
「ああ、なるほど。
なんだか申し訳ないな。
恐らくお前の斧を折ったのも俺だろう?」
「そんなこと言ってたらキリがねぇさ。
新品だろうと十年物だろうと、壊れる時は壊れる。
そうやって自分ばっかり責めるもんじゃねぇぜ」
「いや、俺がお前に迷惑をかけているのは事実だ。
せめて何か礼だけでも」
「それじゃあいつかは返してくれよ。
別に今しか会えねぇわけでもあるめぇしよ」
どうしても譲らないバルドの態度に、渋々ながらも納得する。
その『いつか』は来るのだろうか。
徐々に知り合いも増え、王国での生活に馴染みつつあるリケルだが、決して王国に対する復讐心は失っていない。
それを追い求める上で、バルドと敵対することになってしまうのではないだろうか。
いいや、それ以前にアレシアは?
少なくともリケル自身の目には悪意など見えなかった彼女を、「ソニアのため」「復讐のため」と簡単に斬り捨てられるだろうか。
「そんなことよりよ、今日の晩飯どうするべ?
俺は抜け出して【木鳥の庭園】にでも食いに行こうと────ん?」
リケルの思考は、誰かに水を差される運命にあるようだ。
おすすめの飯屋にリケルを誘おうとしていたバルドが、近づいてくる人影を見て顔をしかめる。
全身を鎧で包んだ格好はこの闘技場では珍しくないが、左胸に刻まれた鳥の紋章は恐らくこの国のものであろう。
「何があった?」
「はい、実は…………」
フェルが男に聞くと、男は彼を連れて少し離れた場所へ行き、話を始めた。
「そりゃそうか。あんだけの武器を持ってこれて、この場所の使用許可も出るとなると、それなりの立場にいるってことだよな」
「ああ。フェルさんはすごい人さ。
けど─────あの人に部下が話しかけてくる時は、大抵が悪い知らせだ」
敵でもない騎士の男を睨みつけながら、バルドが吐き捨てるように言った。
「バルドはあの人のことが好きなんだな」
「ん?ああ。そりゃそうさ。
フェルさんは命の恩人と言ってもいいからな」
少し照れくさそうに笑うバルド。
そうこう話しているうちにフェルが戻ってくる。
「二人とも、待たせてすまない。
ギルドに戻ろうか」
「おいおいフェルさん、どうせまた悪い知らせじゃねぇのか?」
「……まあ、悪いといえば悪い知らせだ。
別にお前らには隠すようなことでもないが、他言はするなよ。
─────帝国のスパイが紛れ込んでることが発覚したそうだ」
「帝国って言うとあの帝国か?」
「ああ、言うまでもないだろう」
「すまない、俺にもわかるように説明してくれないか」
とんとん拍子で進む話にリケルが割り込む。
「隣のフォントーシュ帝国のことだ。
以前から怪しい動きが多かったが、最近は特に王国を乱そうとする行動が目立つ」
フェルの言葉に、そういえばそんな国もあったなと思い出すリケル。
「スパイは身体のどこかに十字架の紋章を焼き付けているらしい。
特に青い紋章は重要人物らしいから、見つけたら戦闘は避けて報告してくれ。
恐らくないだろうがな」
「もし見つけたら、俺の新斧ちゃんの威力をお見舞いしてやるぜ」
「おい、話聞いてたか?」
フェルが呆れた顔をするが、バルドは気にせず新武器のことを思い浮かべている。
「はあ……リケル君、いや、リケル。
短い間だが、手を抜くつもりはないからよろしく頼む」
「ああ。こちらこそよろしく願う」
改まった挨拶を終えると、フェルはどこかへ歩いていった。
「あの人は忙しいからなあ…………そうだ、リケル。
飯の話はどうする?やっぱり男同士、酒の席でしか話せないこともあると思うんだ」
「バルド、申し出はすごくありがたいが、今は遠慮してもいいだろうか」
「ん?何か用事でもあるのか?」
リケルの顔が曇る。
「こんなことを言うとまたお前に怒られそうだが……申し訳なくなってくるんだ。
ソニア達は今もどこかで苦しんでいるのに、自分一人だけ楽しい思いをするのは胸が痛む」
深刻な顔で語るリケルに、バルドは何も口出ししない。
「なるほど。そりゃ当たり前だ。
んじゃ、1週間後に飲もうぜ。
その時は勝利の祝杯として、な」
「もちろんだ」
がっちりと、固い握手を交わす二人。
空はオレンジ色に染まるも、カラスはまだ鳴かなかった。