勇者VS魔王
昔々、この世界にはとても怖い魔王がいました。
魔王とは、凶暴な魔物を従えて、人間を滅ぼそうとしている、魔物の親玉のことです。
魔王は、片手で大岩を持ち上げることも、湖を燃やし尽くしてしまうことだって出来ます。
ですから、人間の持つ小さな武器や、単純な魔力ではとても太刀打ちできません。
それでは、私たち人間は魔王に負けてしまうのでしょうか。
実際はそうではありません。
私たちは魔王を打ち倒したのです。
ある一人の人間をリーダーとして。
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「勇者タケル。
人間界ではそう呼ばれているそうだな」
────荒れ果てた大地。
民家どころか植物の一つも生えていない。
地平線までただどす黒い瘴気が佇むだけのこの場所で、二人の男が対面していた。
一人は勇者。
全身を奇妙な衣服に包み、手には目が焼けるほどに輝く純白の刀を持つ。
一人は魔王。
普段の便宜のため身体を人型に変えたその姿は、尚も人ならざる圧を放つ。
「意外だな、魔王様が俺の名前を知ってくれてるだなんて」
「ふん、そちらは私の真の名前も知らぬようだが」
「知る必要もないさ。君の名前は今日から─────」
勇者タケルが一瞬で肉薄する。
「歴史の闇に葬り去られるんだからねッ!」
剣を振り下ろす直前、二人の目が合う。
笑っている。2人とも。
直後、二人の真上から稲妻が落ちる。
─────否、これは魔力である。
魔法を形成しているわけではないただの魔力がここまでに光り輝いているのは、勇者の特性ゆえである。
「人間にしては良い魔力を使う」
はたから見れば天罰と見間違えるほどの大規模な攻撃を余裕で受け止める魔王。
身体を黒い魔力でコーティングすることでほとんどダメージを受けずに済んでいる。
「これで感心してるようじゃあ、僕の本気を見たら目が焼けちゃうぜ?」
不敵に笑うと、勇者の身体が真白に光り出す。
「聖気…………魔力を使いこなせない人間が生み出した、魔法の下位互換か」
「二つ合わせれば魔法だって超えるさ」
彼の顔から笑みが消える。
瞬間、勇者の姿が消えた。
早すぎる故、ではない。
文字通り姿を消したのだ。
「景色への擬態か。これは確か五気のうち二つが必要らしいな。
ふむ、たしか─────」
「生気さ!」
勇者が後ろから斬り掛かるも、魔王は晩飯の献立でも考えているような様子でいなす。
つまりは、特に有効なダメージは未だ与えられていない。
「人間でそこまでの芸当とは。
素直に賞賛を送ろう」
「さっきから人間ニンゲンうるさいね!
そういうの、『差別』っていうんだぜ!」
口は止まらぬ勇者だが、その顔には少し汗が滲んでいる。
もちろん彼はまだ本気など出していない。
しかし、五気を二つ使った渾身の攻撃が全く通用していない中、本気を出したところで勝てるのだろうか。
嫌な考えが頭をよぎるが、すぐに首を振って意識を目の前の男に向ける。
(僕には女神様にもらったあのスキルがある。
それに、修行だって誰よりも積んできた。
負けるわけが────ッ!?)
注意して見ていたはずだが、魔王が目の前から突如消えたことが視覚、空振りの感覚の二重苦で勇者に伝わる。
(消え────)
背中に重い衝撃が伝わる。
視界は洗濯機に入れられたかのように暴れ、聴覚は甲高い一定音を伝えるばかりで役に立たない。
ただただ勇者の中で、『やってしまった』という言葉だけが駆け巡る。
(止まれッ!止まれッ!衝撃を……)
勇者の祈りが通じたのか通じていないのか、彼の身体は5回ほど跳ねたところで速度を失い、大の字で地面に張り付いた。
勇者は身体を動かそうとするが、どれだけ力を込めても言うことを聞かない。
焦りだけが蓄積される彼の頭に、聞きたくなかった足音がのれんを上げる。
「二つ合わされば…………なんだって?」
青髪の男の右手からは炎が舞い上がる。
「悪いが、私はこれ一つで炎も水も、闇も光も、全てを作り出せる」
魔王の左手からはパチパチと火花が飛び散る。
「貴様が魔力で再現した雷も落とせる。
光魔法を使って姿を消すことなど初歩の初歩だ。
貴様らのお遊びでは本物の『魔法』には到底届かん」
彼が両手を合わせると、そこから想像を絶する程の熱気が拡散する。
「それでは、本物の稲妻というものをお見せしようか。
観客はそれを見ると同時に─────消えてしまうわけだがなッ!」
魔王が叫ぶと同時に、地面が揺れた。
彼が落としたのは、もはや稲妻といえる代物ではない。
少なくとも、地面を割り、空気すらも吹き飛ばすようなエネルギーの召喚を、我々は稲妻とは呼ばない。
月並みではあるが、それを敢えて表現しうる言葉があるとすれば『爆発』だろうか。
いいや、やはり人間の言葉を用いるのもおこがましい。
兎にも角にも、彼の一撃が辺りを焦土に変えてしまったことだけは確かだ。
「感じるぞ…………勇者よ、貴様の鼓動をまだ感じる……!」
異常なまでの気圧変動によって雷が鳴り止まなくなった大地。
その上で立っているのは魔王だけではなかった。
「ハァ…………ハァ……!」
そこには似つかわしくないほどに白い身体は、確かに立っていた。
肩で息をしているが、勇者に目立った外傷はない。
先程のダメージすら消えている。
「────なるほど。貴様、エルフの奴らの秘術を使ったな?」
勇者の耳がピクリと動く。
「医療魔法────使い手によっては四肢欠損すらも治すことができる魔法。
エルフだけに伝えられた魔法で、我ですら入手の面倒さに諦めたほどだ。
どうやって手に入れた?脅したか?それとも力づくで奪ったのか?」
「馬鹿言え……!もらったんだよ……!」
刀を杖代わりにして立っていた勇者も、体力を取り戻してきたのか構え直す。
「ほう、そうかそうか!なるほどなあ!押して駄目なら引いてみろ、ということか!思いもよらなかったわ!
しかし、貴様も堪えたであろう!
エルフの秘術を手にするためにわざわざ愛を騙り、エルフの女子を騙して─────」
「もういい、黙れ」
勇者の身体から赤い蒸気が吹き出す。
(なんだ……?このまとわりつくような蒸気は…………いや、『死気』を使う者が出す蒸気は黒いと聞いている。
それならば残るは─────)
魔王に考える暇などなかった。
彼は少しでも異変を感じた時点で勇者から距離をとるべきだった。
────人間の覚悟を。
勇者の名前を背負った者が持つ力を見くびっていたのだ。
だから、彼は勇者の一撃を避けられなかった。
今持っている全ての力を込めた一撃必殺の刃を。
視界を奪う粉塵の中から飛来してきた、魔王の全魔力にすら匹敵しうるその技を。
『怒竜刃・白天《Dragonic Pain》ッ!!』
遅くなりましたが、PV3000突破ありがとうございます!