一つの提案
「これから七日間、君を鍛える。
とは言っても実質六日間だがな」
フェルが腕を組みながら宣言する。
「バルドに頼まれてしまったからな。
七日後の朝まで君を鍛える契約だ」
リケルが驚きのあまり何も話せないのをいいことに、フェルは話を進める。
「理由は主に二つだ。
まず一つは、君が武器を持っていないこと。
徒手空拳も極めれば武器と言えるが、君は特に武術のようなものを覚えている様にも見えない。
それだけの力を持っていながらそれを活かしきれないのは損だと、彼がわざわざ私のところまで手紙を送ってくれたんだ」
「バルド、お前、お人好しが過ぎるぞ……?
俺としてはこの上なく嬉しいが……」
バルドが少し遠慮しているようであるリケルの肩を叩く。
「いいんだよ。人助けだけは最後までやり切るって決めてんだ。
…………もう後悔はしたくねえからな」
「自分語りを始めそうなところ悪いが、契約金の金貨を早いところ俺に渡せ」
「今のは絶対に止めるところじゃねえだろ!
分かっててやりやがったな!?」
少し食い気味に突っかかるバルドを見て軽快な笑い声をあげるフェル。
どうやら彼の扱いには慣れているらしい。
「ところで、二つ目ってなんだ?
俺ぁこいつの武器を見繕おうと思って頼んだだけだぜ?」
「ああ、今から話す二つ目の理由こそ、リケル君に最も必要なものだと言える」
フェルが指を立てる。
「それは────彼が魔力を持っていないことだ」
フェルが言い合えると同時に、リケルの心に暗雲が立ち込める。
(やはり気付かれていたか……)
魔力は人の血管を流れるオーラのようなものである。
熟練者ならば、その流れが滞っていたり、そもそも魔力自体が存在しない場合にはそれに気づくことも難しくない。
(どう切り抜けるか……)
「失礼、言葉足らずだった」
フェルが思い出したかのように首を振る。
「────リケル君は現在、魔力の流れがストップしてしまっているようだ」
思案する彼の頭を貫いたのは予想外の推測である。
「────え?」
思わぬ言葉に顔を上げる。
「君の体の奥の底からは確かに魔力を感じる。
しかし、それが全く身体に流れ出ていかないようだ」
「いや、そんなはずは…………いや、言う通りだ」
一瞬否定しかけるが、ここで自分は魔力を持たない者だと言ってもややこしいことになるだけだと、敢えて話を合わせる。
(信託が間違えている…………いいや、それだけはありえない)
15歳となった人が受ける信託は、偽装のしようがないものだ。
なら、目の前にいるこの男が間違えている……あるいは嘘をついているのだろうか。
「リケル、お前そんなことになってたのかよ」
バルドが少しシリアスな雰囲気を漂わせる。
魔力を持たない人間はいない。
少なくとも、表舞台には。
だからこそ魔力はいわば生活必需品、なくてはならないものであり、上位の冒険者であればあるほどその大切さをより身に染みて知っている。
ゆえにバルドはリケルのことを誰よりも心配しているのだ。
「おそらくは先日の戦いで魔法回路が途切れてしまったのだろう。
残念だが、これを治すにはリハビリを続けるしかない」
言葉通り悲しみの表情を浮かべるフェル。
対するリケルは対照的に、少し安心したような顔を見せている。
「リハビリっつったって何年かかるんだよ?
魔力が身体に流れてねえってなると血管がちぎれてるのと同じくらい重症だぜ?
それが自然に治るまでこいつに魔法無しで過ごせって言うのかよ?」
しかし、納得できないバルドが口を挟んだ。
フェルはそんな彼を子供でも宥めるかのように冷静に手で制す。
「ああ、他でもない君からの頼みだ。
もちろん解決策はある程度用意している。
もう少し説明してからでも良かったが、まあいい。
2人とも、付いてきてくれ」
「?」
────付いてこいとはどういうことなのか。
よく分からない二人であったが、バルドは自分の尊敬するフェルが言うことだからと。
リケルはここまで自分に親切にしてくれているバルドが行くならと。
少なくはない疑問を感じながらもフェルの後ろを行く。
「3人とも、頑張ってきてね」
先ほどから特に発言もせず事の成り行きを見守っていたマックス。
突然火打石を打つような発言をした彼の笑顔に、二人はまた首を傾げるのだった。
説明パートが長くてうんざりしている方、すみません
次回からは戦闘描写も増え、物語も進み、これまで曖昧だった単語や概念、伏線の回収なども行っていきます!