一日目
「よろしく頼む」
こちらが何かいう前に挨拶をした赤髪の男は、マックスとともにリケルに歩み寄る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
この男は誰だ?一体何の用で来たんだ?」
リケルからは当然のこと、疑問が溢れ出す。
「俺か?俺の名前はフェルだ。よろしくな」
「……別に名前を聞いたわけじゃあない」
あっけからんとして言うフェルに、リケルも少し機嫌を損ねる。
険悪な空気になりそうなところに、豪快な声が響く。
「俺がお願いして来てもらったんだよ!
てめえは誰にでも噛み付くんじゃねえ!」
カッとなったバルドが『乱風』を飛ばす。
周りの家具も巻き込みながら進む衝撃は、リケルに直撃するかと思われた。
が、彼が片手を払うとまるで最初からそこに向かっていたかのように彼の手に吸い込まれ、霧散していく。
「おいおい!今の見たかよフェルさん!
こいつ魔力も規格外に持ってやがるんだ!」
「ふむ……」
バルドが子供のように叫ぶが、フェルは顎に手を当て、何か考えている様子だ。
そんな彼を見て、リケルは思わずあっと呟く。
彼は魔力を持っていない。
今バルドの魔法をかき消したのも単なる力の強さだ。
もしもそのことに気づかれてしまったら。
おそらくはまたあの生活に逆戻りだ。
魔法を持たないリケルを拘束する方法などいくらでもある。
つい数日前までと同じように、毎日死ぬ方がマシだと思えるような辛い拷問を受けるのだろう。
そして、彼が口を割り、自ら背徳者だと認めた時は、『盟約』にも違反しない合法的な処刑が可能となるわけだ。
…………『盟約』?
バルドは何と言っていた?
────『盟約』によって、私刑はもちろん正式な手続きなしでの処刑も禁じられていると。
それならば、王国が5年間もの間、わざわざ毎日の食事を賄い、情報漏洩のリスクを冒してまで口の軽い拷問官を雇い、リケルを殺さずに自白を迫っていたのにも納得がいく。
禁じられていたのだから。
彼らはリケルを殺さず、自白を待つしかなかったのだ。
五年間の間、決して彼が逃げ出すことのないように、地下に作った施設で厳重な警備を敷いていた。
そう、リケルの異常な能力を以ってしなければ到底逃げ出すことなどかなわない、いわば『要塞』だ。
────あの場所には、『背徳者』以外もいた。
証拠が出揃い、処刑も待つだけの大量殺人鬼も。
利権争いに敗れ、濡れ衣を着せられた貴族の子供も。
王国の闇とも言える、彼らが隠しておきたい人物、不当に捕らえた人物はみなあそこにいたのではないか?
それならば────
「ソニア…………」
「リケルくん」
リケルが底なし沼の如き深遠な思考から目を覚ましたのと、赤髪の男が彼の名前を呼んだのは、ほとんど同時であった。
「で、よかったよな」
「あ、ああ」
考えているうちに何か聞き逃してしまったかと焦るリケル。
そんな彼の様子には気づいていないのか、赤髪の男フェルは、淡々と告げる。
彼が頼まれた仕事を。
「これから七日間、君を鍛える」