作戦会議
「『棺』だって?」
「簡単なことさ。ここ数十年は抜け出せた者がいねえからそう呼ばれてる。
なんでも強力な結界が何重にも張られてるって噂だ。
それに加えて、もし結界を突破しても化け物みてえに強い老人がすぐ駆けつけてくるらしいぜ?
まあ最後のは都市伝説みてえなもんだが」
「治安維持には力を入れてますってことか。
そういえば専らそういう国だったな、ここは」
皮肉気味にリケルが呟く。
「とにかく、お前の話を聞く限りお嬢さんがいる場所なんてそこ以外考えられねえって話だ」
バルドは自分で自分の話したことに納得しながら話し終える。
二人ともがやや苦い表情だ。
数秒の沈黙に、彼が話を終わらせたと受け取ったリケルはベッドに倒れ込む。
「かなり絶望的だな……」
────リケルは魔力を持たない。
肉体的な能力こそ、それこそギルド一の実力者であり、かつ誰もが畏怖するような恵体を持つバルドですら遠く及ばないほどに高い。
そこに彼の持つ聖気も合わさればある程度幅のきいた戦術も可能になるだろう。
しかし、相手が人間ではなく魔法であれば話は別で、リケルにはどうしようもない話になってくる。
魔法は力でどうこうできるようなものではない。
いくら身体的能力が高くとも、いくら聡い戦術脳を持っていても、そもそも魔法と物理では戦っている次元が違うのだ。
いわば、ライオンが海でシャチと戦うようなものである。
(それに……化け物みたいな老人というのも見当がついているからな……)
────かつてアレシアを助けに来た白髪の老人。
彼は確かルーブランと言っただろうか。
当然、力勝負ならあの老人など1秒もかからずねじ伏せられるだろう。
しかし、数キロもの間人を乗せた馬車を顕現させるほどの魔力を持つ人間は、彼の知る中にもいなかった。
また、リケルがやっとの思いで倒した影狼を、空気でも切るように圧倒したのはおそらく彼の剣技だ。
それに、何よりもリケルに重くのしかかっているのは、経験の差であった。
彼は15歳からの5年間は運動などほとんどしていない。
まともな戦闘経験といえば小さい頃よく遊んでもらっていた門番の男と、手を抜いてくれていた父くらいである。
対してあちらはおそらく60を過ぎた老人。
ましてや一国の姫の付き人ともなると修羅場も数え切れないほどくぐってきているであろう。
──魔力、技術、経験。
リケルの持つ圧倒的な力をもってさえ、その三つを埋め合わせられるかどうかは、甚だ疑問である。
「……ケル………リケル、おい、聞こえてるか?」
「ん、ああ、すまないな。いろいろと考えていた」
「『棺』に潜入し、尚且つお嬢さんを助け出す方法。
それも結構だが、俺はもっといい案を知ってるぜ」
「もっといい案?」
「それがさっき言った処刑日さ」
リケルはまだ納得がいかない顔である。
むしろ少し機嫌が悪くなっているようである。
「言っておくが、ソニアは犯罪者ではないぞ」
「んなことわかってらぁ!
この国では人が勝手に国に殺されることはねえ。
どんな理由で捕らえられた人であろうと、必ず公衆の面前で処刑されることになってる」
「なんだそれ、ずいぶん趣味が悪いな」
これまた皮肉を込めて笑うリケルに、バルドも思わず苦笑いをする。
「まあそれはそうだが、もっと根本的な理由がある。
『盟約』だ」
「…………アレシアといいお前といい、難しげな単語を惜しげもなく出してくるな。
まるで異世界から来たっていう勇者様になった気分だ」
「はは、 まあ難しそうなのは響きだけだ。
遠い昔、たしか五千年くらい昔のことだ─────」
「これはまたずいぶん昔の話を持ってきたな」
何度も口を挟むリケルにバルドは少し顔を歪める。
「ああ、けどこれはおとぎ話なんかじゃなく本当の話だぜ。
王国の端の端────人気なんてほとんどないような森に、とあるエルフがいたんだ」