黒蝶
「やはりもぬけの殻か……」
朝から無休憩で【火鳥亭】にたどり着いたリケル。
しかし、予想通りと言うべきか、そこには誰もいない。
中にある備品は大きく散らかっており、戦闘の形跡として明らかである。
「2人とも捕まっているとのことだが…………捕らえられているとしたら牢屋か。
それならまずは牢屋がどこにあるのか────!?」
リケルが何かを察知して飛び退く。
「またお前らか…………!」
扉の前にはボウガンのような何かを構えた人間がゾロリと集まっていた。
「どうしてだ…………どうしてあの子を傷つけるッ!」
リケルが腕を振るうと突風が巻き起こる。
何人かは耐えきれずに撤退を余儀なくされる。
「教えてくれよぉっ!早く答えてくれ!今すぐ!」
リケルが足を踏み出すとともに床に亀裂が入る。
ひび割れは追手にも伝わり、彼らはついには建物の中にいられなくなった。
リケルの心臓が異常に脈打つ。
外からも聞こえるほどだ。
薄れかけた意識の中で疑問と怒りは粘土のように混ざりあって、彼の理性を削ぎとった。
確かに意識は失っていた。
意識を失っていたが、リケルは明確に、呟いた。
「どうしてお前達は───────────俺から奪うんだ?」
リケルの目が黒く染まった。
『縺ゥ縺?@縺ヲ』
リケルの右手からおぞましい数の黒蝶が出現する。
「な、なにかまずいっ!1度てっタイヲ」
追手のうちの1人がなにやら叫ぶが、言い終わる前に白目をむいてあらぬほうを見つめだす。
「うわあああああああっ!!」
あまりに奇妙な光景に恐れをなした彼らは統制を失い、我先にと走り出す。
そんな彼らを見逃すはずもなく、黒蝶は逃げだした者から優先して意志なき人形に変えていった。
「く、くらえ!」
生き残ったうちの1人が手に持つボウガンをリケル目掛け発射する。が、
「で、で、でかくなってやがるっっ!?」
見てわかるほどに黒くエネルギーを持っていたはずの弾丸は、建物内の空間を埋めつくしていた蝶のうちの1匹に触れると、マシュマロに串でも刺すかのようにゆっくりと吸い込まれ、消えていった。
そして、矢を吸収した蝶はより大きく成長し、急速な分裂によって一回り大きな蝶の数を増やしていく。
『隕九○繧』
自分の攻撃で大きくなった蝶を見て逃げ出そうとした男に、リケルが指から針を飛ばす。
「あががっがっ」
『そこ、に、いる、のか』
彼の頭に刺さった針から記憶を読んだリケルが、既に興味はなくなったといった様子で蝶を消滅させる。
(き、記憶を読まれてる…………?誰か、助けて…………いいや……これは…………)
半分意識を失いながら男が振り返る。
百はいたはずの仲間は、全て物言わぬ傀儡となっていた。
何を思ったのか、男はフッと笑う。
頼りになる仲間という希望を失った瞬間、彼の意識は、プツリと途絶えた。
「どおおらあああああああああああああああああッッッ!!!」
轟音とともにリケルを中心に大きな爆発が起きる。
地面が揺れ、建物はもはや原型どころか土台すら残していない。
しかし、クレーターの中で、リケルだけは黒いベールに身を包み、目だけは新しく現れた男の方を睨んでいる。
「やべ!器物損壊…………はさすがに免除してくれるよなっ!?
なんたって俺は────────」
砂塵の中から現れた大男が自信ありげに顎をクイッと上げる。
「────No.1冒険者様なんだからよ!」
突如現れた男は、かつてリケルが【火鳥亭】でデコピンで吹き飛ばした、横柄な態度の冒険者であった。