いつもと違う日
どうか、最後まで読んでいただけると幸いです!
最初の数話と本編は雰囲気がかなり異なりますので!
第5話くらいまでそれっぽい雰囲気が出てますが、無双系ではありません。
僕は今日も目を覚ますと、1杯のコーヒーを入れる。
このコーヒーメーカーは2年前の誕生日にお父さんから買ってもらったもので、なんでもわざわざ帝国の方まで買いに行ってくれたらしい。
そんな初々しい思い出とは裏腹に僕の体はこれがないと始まらないくらいに、この黒く苦い神秘的液体に慣れてしまった。
その歳で朝にコーヒーなんて渋いね、なんて言われていたのも今日からは変わるかもしれない。
だって今日は特別な日だから。
朝の楽しみを終えた僕が1階に降りると、やけに慌ただしい様子で母が駆け寄ってきた。
どうやら着る服の心配をしているようだが、まだ身なりを整えていないのは、父さんから買ってもらった正装は少しでも汚れをつけたくないからクローゼットの中にしまってあるだけだ。
心配性な母を説得しながら食卓に尻目をかけると、父さんと妹が綺麗に食事を食べている。
国の外れにあるこの村の中では、僕の家はかなり裕福な方だ。
というのも、僕の父は王国騎士団の第十六部隊長。
十六隊目ともなればとても小さなものなので自慢できるほどのものではないけれど、人口のほとんどが農業か畜産に勤しんでいるこの村ではやっぱりいいご身分なのだろう。
少し大きめな家に、整った家具、そして作法やマナー。
どれをとっても最下層の貴族くらいには持っているものだから、自慢できるほどのものではないっていうのはやはり間違いだったかもしれないな。
ちなみに僕は、今は父を見習って剣術を学んでいる。
どうやら剣の才能は受け継いでいるようで、15歳になった今では街の警備団員が相手なら勝るとも劣らず、といった具合だ。
この強すぎないくらいのちょうど良い力も父親の遺伝なのだろうか。
兎にも角にも、僕の家はそれなりには富饒である。
そのため、家族もそれなりのオーラを出している……はずなのだが。
心配性な母親と素っ気ない妹。
そして何より父親は…………
「……あれ、父さん今日は静かじゃあないか。
もしかして僕の大切な日だから今日くらいは真面目にしようと努力してくれて────」
いや、あまりに静かすぎる。
父はさっきからほんの少しも動こうとしていない。
それどころか箸を持つ手も止まっているように見える。
これはひょっとしてだが。
「父さん、もしかして、緊張しているの?」
「な、なあ、父さん、さっきから食べ物が喉を通らないんだ。
はは、今日はしっかり栄養を取らないといけないって言うのにな。
ちょっと、走って、腹を空かせて来るか」
「……ふふ、なんだか父さんらしくて安心したよ。
普段は子供みたいにはしゃいでるのに、いざという時になると臆病になってしまうなんてね」
「あら、あなたも同じよ?親子揃って情けない男たちですもの」
「……兄さんのは、遺伝」
「「う、うるさい!」」
思わず被ってしまった父さんと目を合わせていると、誰からだろうか。
クスリという笑いは4人に伝染していき、大きな笑いとなった。
こうやって家族みんなで笑っていると、改めて実感する。
僕は、なんと恵まれているのだろうと。
でも今日はきっともっと恵まれた日になる。
15歳の誕生日───それはこの王国で定められた法により、誰もが通る道。
教会で15歳になった人皆が神の寵愛を受け、それは能力となって体に表れる。
一体僕はどんな能力を手にするのだろうか……。
剣術に関するものならいいなぁ、と僕は父を見ながら密かに念じていたりした。
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「じゃあ、行ってくるぞ」
「ええ、いってらっしゃい。
リケルも気を付けてね」
「ああ、母さんこそ」
「忘れ物はない?あ、お手洗いには──」
「全部大丈夫だよ、母さん。
準備万端さ。それに、帰りは魔力車を貰える予定だから多少足りないものがあってもなんとかなるさ」
「まあ、気が早いこと、うふふ」
相変わらず母さんは心配性だ。
前に1度、そんなに人の心配をしてばかりいて疲れないのかと聞いたことがある。
答えは、『逆に人の心配をせずに生きることは考えられない』というものだった。
なんというか、彼女の人生に「心配」という文字が組み込まれているのかとさえ思うが、本人がそれで良いならとやかく言う必要は無いだろう。
ちなみに魔力車というのは、能力をもらう際に魔力量が特に多い者にのみ与えられる道具だ。
馬車よりも大きく、機動力やパワー、スピードも高いがその反面使うのに魔力を必要とするので一般人には使用が難しい代物である。
────魔力は能力を与えられると同時に発現する。
どんな人間にも例外を除き魔力は存在するとされ、昔は魔法に使うしか使い道がなかったものの最近では魔力を動力源とする道具が数多く研究されているそうだ。
最近普及してきたものでは調理器具などが代表例だろうか。
うちでも魔力コンロと呼ばれる、魔力を注ぐだけで誰でも火をつけられる道具を使っている。
さて、そろそろ馬車が出発する時間。
早いところ教会にたどり着きたいな。
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「リケル、着いたぞ。
ここが我らが王国の都、レイタスだ」
馬車から降りてすぐに父が指さした先には、巨大な関門があった。
井の中の蛙大海を知らずとはこういうことだろうか。
村から出たことがない僕にとっては、僕の家のはるか数十倍も大きな城が見えていることもさることながら、その下に花畑のように広がる色とりどりの屋根を持つ街も、大通りを行き来する人の数も、現実には思えないほど大きいものだった。
「父さん、この広大な街を今すぐ回りたいところだけれど、今は一秒でも早く自分の能力を知りたいんだ。
教会はどこにあるんだい?」
「まあ待て待て、そう焦るな。
それより今日の俺、結構決まってないか?
これなら母さんにも見直してもらえ「緊張も解けたみたいだし早く向かおうよ」」
「……全く、お前は冷静なのか興奮してるのかイマイチわからんな……」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「青年、名を告げよ」
「はい、リケル・シックザールです」
「うむ。それでは、儀式の準備を」
聞こえるのは司祭が準備をする音だけ。息をすることさえも許されないように思える空間。
僕は何をするでもなく、ただ息を飲みながら儀式が始まるのを待っていた。
司祭の準備が整ったところで僕は改めて座り直し、儀式を受け始めた。
僕自身は座りながら儀式が終わるのを待つだけだったが、何もせずに長時間座り続けるというのもそれはそれでかなりの苦痛に思えた。
しかし、どんな能力が手に入るのかといろいろ想像しているうちに儀式は自然と終わり、気がつけば目の前に置かれた石に見たこともないような文字が羅列されていた。
「……信託がおりたようですね。それでは私が読ませてもらいます」
そういって司祭は文字の書かれた石を手に取るや否や驚愕に目を丸くした。
なにか手違いでもあったのだろうか。あるいは、僕の能力が桁違いに強かったとか。
しかし、彼が言い放った一言はそのどれにも当てはまらないものだった。
僕のその後の人生を大きく変える一言。
司祭の口から、その場にいる全員に聞かせるように、はっきりと、ゆっくりと、紡ぎ出された。
「──リケル殿には、魔力が存在しないようです」
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