異世界召喚で世界がヤバイ
「よくぞ参った勇者よ」
「え!?」
学校からのいつも通りの帰り道。
立ち眩みのような感覚に襲われ、気がついたらやたら広いファンタジーな空間でふっさふさの絨毯に尻餅ついてる俺。
そのままの姿勢で声の方を見上げれば、偉そうな髭のおっさんが豪華なローブに王冠を装備して玉座っぽいのに座ってた。
「先ずは名乗ろう。儂こそはランバール・アシャハト・チュールノイ・バンナロッサ。この大陸に覇をとなえしナンカスゴイランド国の王である」
王様でしたか。……てかなんだその国名、ナめてんの?
「俺……えっと、私は渡辺太一です。……タイチ・ワタナベ? あの、高校生です。はい」
「コーコーセー……ワタナベ……」
王様は噛みしめるように俺の名を繰り返し、威厳こもった深いバリトンボイスで、俺に語りかけてきた。
「ようこそコーコーセー・ワタナベよ。楽にせい。突然の事に混乱しているとは思うが、安心せよ。必ず元いた場所へとなんら傷つける事なく帰すこと、我が名の元に誓おう」
「は、はあ。あの、王様?」
「なんじゃ、なんでも申してみよ」
「あの、ここって俺の元いた世界とは違う世界ってことでいいんですよね!? 剣で切り合う! 魔法撃ち合う! 俺は勇者!」
「む、うむ、概ね、それで合っとる」
なんか苦虫でも噛み潰した顔をしてらっしゃるが、俺としてはもう、天にも昇らんばかりだ。
三度の飯より、マンガ!ラノベ! アニメ!
文系陰キャとして背中を丸めて学校通う毎日からの脱却!
父さん母さん、帰らぬ不幸をお許し下さい!
よくもマンガと現実ゴッチャにするんじゃありません! とか言ってくれたな!
ファンタジーは本当に有ったんだ!
「……そろそろ、話をしてもよいか?」
「……は!? すんません話の腰を折ってしまって! えっと、俺は勇者なんですよね!? 魔王とか、そういうの、復活しちゃってるんでしょ!?」
「そうじゃな」
「それでそれで、地球の日本から俺が勇者として召還されて何か凄いパワーを授かっちゃったりしてて!」
「……そうじゃな」
重々しく頷く王様にますますテンション上がる。まさか、俺を召還したことに罪の意識とか持っているのでは!?
大丈夫だよ王様、俺は理解があるオタクだからね。異世界トリップといったらチートでウハウハが定番だけど、それだけじゃ絶対回らないだろ幻想的に考えて。
旅の苦難! 理不尽な強敵! どうしようもない世界の仕組み!
さんざんズタボロになっても人々のために立ち向かう! そんなロマンを俺は待ってた!
「では王様! 命じて下さい! 魔王を討伐してこい、と!」
「いや、必要ない。断固拒否じゃ」
「……は?」
は?
「なにか不満でもあるのかの」
「え、いや不満ってゆーか」
「ここは儂らの世界じゃ。本来は縁もゆかりもない異世界の人間を呼び出して、救ってもらおうなど、おかしな話しじゃと思わんかワタナベよ。」
「ああ、まあ、うん、そうかもしんねー。……そうかもしんねーけどさ、なら、なんで呼んだの?」
俺は勇者として呼ばれた、これはよし。魔王は存在してる、これもよし。
お前は関係ないからすっこんでろ、これが分からん。
「まあ、呼び出しておいて用はないとか納得いかんじゃろうなぁ。……説明、いるか?」
「……はい」
この胸にわだかまる釈然としない感情を何とかしてほしい。
「……では、そうじゃな、話しはおよそ九百年さかのぼる。……初代勇者、ニート・タナカの時代にな」
「あ、だから俺はコーコーセー・ワタナベな訳ね。分かりやすいね。つーか酷いね初代様」
だが、もう話が見えてきた気がする。
ニートだからな。力が有っても戦いたくないとか、ごねちゃったんじゃないか。
それで勇者なんぞ信用できん、みたいな文化が出来上がってる、とかさ。
「当時、こちらも初代と呼ぶべき魔王はドラゴンの姿を象ったと言われておる。通称は竜王。最強の肉体、無敵の鱗、比類なき魔力。原初の国々を全て滅ぼし、神々の介入を招いた正に怪物よ」
「ふむふむ」
羽根つきゴ○ラかなんかかな。
「勇者ニートは大陸の端から端へ、石ころを投げて仕留めたと言われとる」
「……は?」
は? い、石ころ?
「それから寿命でくたばるまで、この大陸はニートの私物だったと言ってよい。美女をかき集め、美食を誇り、全てを制覇した。このナンカスゴイランド国の、建国王であらせられる」
「……はい、さようで。あと、納得の国名」
ニートが、適当にノリで、多分酒の勢いで名付けたんだろーな。
……えーと、王様、なんか怒ってません? 握りこんだ玉座のひじ掛け、ミシミシ言ってるんだけど。
「二代目勇者はヒキコモリ・スズキ。獄王を討伐するためだと嘯き、大陸全土に現在まで残る数多のダンジョンを造って回った。十五年もの間大地を荒らして満足したあと、獄王の討伐事態には一刻もかからなかったという」
「……おお、もう」
やべえ、今度こそ話が読めちゃったボク……。
「三代目はフジョシ・タカハシ。強力な洗脳能力の持ち主で、全ての生命体に同性間での性行為を強いた! 冥王をして、冥界に帰りたいと言わしめた! もう少し君臨されていたら大陸から有性生物が消えたぞ!」
「すんません!」
本当にすんません! なんか御免なさい!
「四代目ぇ! イシキタカイケ・サトー! あらゆる魂を持つ生物にジンケンとか言うものを与えるとか宣った! 」
「お、良識派かな?」
「海王を含む魔族との融和とか、万歩譲って分かるとして、調べたら植物から菌類まで魂あるから皆は友達とか、気が狂っとるのかーーー!?」
「あちゃー!」
なんも言えねえ! その人権は人類には早すぎるよ意識高い系さん!
……でもさ、何より気になるのはさ!
「いや、だから、最初っから聞いてんだろ王様!? なんで呼んだの!? そうなるの分かってんなら、なんで呼んだの!?」
「好きで呼んどるんじゃないわい! 初代の時から神々との契約で、魔王誕生を切っ掛けに勇者も呼び出されるのは防ぎようがないんじゃーい!!」
「ふぁーーー!?」
マジかー、そうかー、神々かー。そもそも自動発動だから、対象も選びようがないとかそういうやつね!? 大変だね!?
「とにかく勇者どもの力は過剰に過ぎる!肉体、魔力はそれこそ神域! 最低ひとつは洒落にならん固有能力を引っ提げとる!」
「……やー、あのさ、俺はあの、自分で言うのもなんだけど、普通な方だと思うぜ? 自重を心掛けるからさ、魔王退治だけやらせてくれませんか?」
リスクは零だって分かったしね。
「……ナンカスゴイランド国では誕生した天王にも当然ジンケンが認められ、情操教育が施されとる最中じゃが、なにか?」
「あっはい」
「……十分時間が稼げたから腹を割るがの、そもそも、不自然だとは思わんかったか」
「え、いや、どれのことかな」
「この謁見の間にて、儂が一人でお主を迎えた事よ」
「……あっ」
正直、衝撃が大きすぎ&多すぎて、そこまで考えてなかったな。……そうだよ王様の隣で邪悪にニヤつく大臣、居並ぶ甲冑のモブ騎士、何よりテンプレふわふわ金髪姫様と王妃様はどこだよ?
「初代勇者があまりにアレじゃったからの、この世界の歴代の知者達の第一の命題は勇者召喚術式の変容、改竄、抹消じゃったよ」
「なるほどなー」
そりゃそーよ。
「二代目の頃には勇者召喚場所の指定が完成。これにより、召還当初の勇者とはある程度話せるようになった」
「……段々話せなくなるって風に聞こえるんだけど」
「そう言っとるし、歴史が証明しておる。……現時点で儂個人としてはお主に恨みはない。むしろ好感を抱いておるが、それも何時まで続くか分からんとも思っとる。だからあらかじめ危険から臣下と家族を遠ざけておいたんじゃ」
なるほどね。
……やべえ、そうか、歴代の勇者も最初は普通の日本人だったんだよな。……人の身に余る力ってコエー。
「……続けて、どうぞ」
「うむ、三代目の時には、時限式の能力剥奪術式の組み込みに成功。しかし発動に二十年かかる問題があった」
「二十年も同性愛地獄……いや冥界だったわけか……」
恐ろしすぎるだろ。
「四代目の時は、その期間を十年まで縮める事に成功したんじゃが危なかったわい。食えるものが極端に少なくなった当時の住民達を見かねたイシキタカイケが、全ての生命体を栄養不要の肉体に優しくも改造してくださる瀬戸際じゃったよ」
「……」
言葉もでないとはこの事か。
「そして五代目、コーコーセー・ワタナベの代になって! ついに! 画期的な技術が発明された!」
「……あ、俺の事か。五代目だったのね俺」
あと王様、少し落ち着けよ、血管切れるぞ。
「その名は帰還術式! 今までの技術に比べれば革新的な素早さで、勇者を元いた世界へと叩き返す事が可能な奇跡の術式!」
「へえ、発動までにどんくらいかかんの?」
「なんのためにべらべら長話を聞かせたと思っとる。……今じゃ」
「へ? ……あ!?」
覚えのある、強烈な立ち眩み。……なるほど、傷つける事なく帰すことを誓うって、そういう事ね。誠実な王様だこと。
思わずその場に膝をついて、暗転する視界を睨むしか出来ない俺に、王様の申し訳なさそうな声が聞こえる。
「……大義じゃった。異世界の勇者よ。だが、もうこの世界に勇者はいらない。……このことはただ夢を見たと思って忘れ、故郷で幸せに暮らすがよい」
「……そういや、結局、他の勇者は帰れたのかな」
最後にそう言い残し、変わる世界に自分を委ねた。
気がついたら、いつもの帰り道。……カラスの鳴く声に妙な郷愁を感じてしまう。
人気の無い公園に足を運んで、自販機で買ったコーヒーをベンチで飲んだ。
夢だったのかな。……なら、もっと夢のある夢を見ろよ、俺。
ファンタジーはない。現実はコーヒーよりも苦い。……しかしブラックやめとくんだったな。
「ちくしょー……」
立ち上がり右手に持った空の缶を大きく振りかぶる。……どうせ誰も居ないんだ。後で回収して捨てるから許してね。
その時、不思議なことが起こった!
素人投法で空に放たれた空き缶は瞬く間に亜光速に達し、プラズマ化しつつ凄まじいソニックウェーブと放射線を撒き散らしながらすっ飛んだ。
端的に言ってスゲー爆発した。
遠くから聞こえる怒号と悲鳴、サイレンの音。
そんな中、弩級のエネルギーを浴びつつ身につけた学生服まで無傷な俺は、自分の手を見下ろして、こう言った。
「……十年で消えてくれ。マジで、たのむ」
異世界召喚で世界がヤバイ。
読んでくれてありがとうございました。