Fourth episode
いつまでも森の中でグズグズしているわけにもいかないし、倒れている男性が起きるのを待つにしても時間がかかりそうだ。
「ハンゾー、男性は目を覚ましそうか?」
「この方を起こして、早めに移動することにした方がよろしいかと思います」
「どういう意味だ?」
「この辺りは血の匂いが充満しております、間もなく魔物や獣等良くないものが集まってくるでしょう」
「なら急ぐとしようか」
「はっ」
俺の提案に合わせてハンゾーが寝ている男性を起こすために、体を上下に揺さぶったり軽くビンタをした。
すると男性は目の焦点が合わないのか手で目をこすりながらゆっくり起き上がったが、急に目が覚めたのか慌てた様子で周囲に目を散らす。
「メアリー!」
「お父さん!」
木漏れ日に照らされながら抱き合う親子二人、絵になる光景だ、頑張って助けた甲斐があったってもんだ。
「良かった、無事だったのか」
「うん」
目から涙を溢れさせながら、お互いの無事を喜びあっている。
感動しているところに水を差すようで悪いんだが、さっさと移動しなければならない、ここは口を挟むとしようか。
「血の匂いに惹かれて魔物が集まってくるようなので、そろそろ移動しましょう」
「あなた方が私たちを助けてくださったので?」
「自己紹介も安全な場所に移動してからということで・・」
「分かりました」
「私が先導しますので焦らずについてきてください」
ハンゾーが先導役を務めてくれるようだ、なら俺が殿をこなさなければいけないよな。
おっとそういえばメアリーちゃんを必死に護衛していた馬もいたな、どうするのか相談しておかないと・・・これまでの喧騒は何だったのかと言わんばかりに、殊勲賞の彼はのんびりと草を食っていた。
「あの馬はどうされますか?牛車も壊れてしまったようですが・・」
「私が引っ張っていきます、メアリーを上に乗せれば遅れることもないと思います」
「なるほど、落馬しないように注意してくださいね」
「メアリーも乗馬の練習は時折やっているので大丈夫だと思います」
男性が壊れた牛車の中から鞍や必要な荷物を取り出し、馬に装着している。
「準備もできたようだし、出発しようか」
「はっ」
ハンゾーが後方にいる親子の様子を窺いながら歩きだす。
足に深い傷を受けた男性の歩く様子をしばらく観察していたが問題なく歩けているようだ。
そうなると魔術というのはすさまじいな。
失血死する可能性があるくらいの深い傷口の修復と消毒殺菌、それと男性はそれなりの血を流して顔色が悪くなっていたことから、造血作用もあったようである。
医療に関しては全くのド素人である俺でも、その凄さをなんとなしに実感できるんだから大したもんだ。
周囲への警戒を怠らず、特に俺の場合は後方を警戒しつつ黙々と歩いていく。
移動中これといったことは何も起こらず、しばらく歩いていると転移してきた森の境目に戻ってきたようだ、遠目には小さな村も見える。
「ここまでくれば大丈夫でしょう、周囲に気配は感じられません」
「先導役、ご苦労様」
ハンゾーに労りの言葉を投げかける。
「簡単に自己紹介でもしておきましょうか」
「はい、まずは親子共々助けて頂き感謝しています」
「私の名前はケビンといいます、そしてこの子はメアリーです」
「こちらは私がワールド・ウッドです、彼が・・」
「私の名前はハンゾー・フジワラと申します」
子供を引き連れてなぜ危険な森の中にいたのか、それと今後のために殺されていた傭兵の男性についても聞いておかないといけないか・・。
「なぜ危険な森の中に?」
「私は主に薬の行商を商っておりまして、薬剤の仕入れのために森の中へ・・」
「そういう事情でしたか・・」
「普段は森の浅いところでは魔物や危険な獣はいないんです、ですが今回は気づいた時にはすでに囲まれている状態で」
「なるほど・・」
ハンゾーが何か納得したような表情をしているところを見るに、有益な情報が手に入ったみたいだが・・・俺も意味深な感じでうなずいてみたが、何がなるほどなのか全くわかっていない、つまり知ったかぶりというやつだ。
「殺されていた傭兵の男性の死体がありました、これについて何かご存知ですか?」
「おそらく私が雇った二人の傭兵の方の死体だと思います」
「二人雇われたんですか?」
「はい」
急いでいた状況もあってしっかりと周辺を調べたわけではなかったが、あの場所で殺された傭兵は一人だけだったはずだ、もう一人はどうなってしまったのか。
「ところでお二方は傭兵や冒険者といった職業の方で?」
「そのようなものです」
俺がケビンさんの質問に答えようとしたところで遮るように、ハンゾーがさっさと答えてしまった。
そして何やら訳ありな視線を俺の方にチラッと見せる。
「やはりそうでしたか、娘がしきりに凄かったと褒めていました」
「間に合って良かったですよ」
「本当に凄かったんだから、お父さん!ズバーって魔物を倒しちゃうの」
「ハハハ、そうかそうか」
メアリーちゃんが小さい体を目一杯使って、俺とハンゾーの戦いを身振り手振りで再現している。
ついさっきまで命の危機にあったというのに表情豊かで元気な子だ、この世界の子供はこんなにもたくましいのか・・凄いのは君の方じゃないか。
「今後の話なのですが、何か予定は考えられていますか?」
「はい、まずはヤキム村の村長に今回の出来事を報告したいと思います」
「それで、できることならば一緒に事のあらましを説明していただきたいのですが・・」
「構いませんよ」
おそらく遠目に見えている村の名前だろうが、ヤキム村か・・聞いたことがない村の名前だな。俺もThe dragon fantasy story onlineの町や村の名前を全て押さえていたわけじゃないからなぁ、こんなことになるならもっと設定集を読み込んでおけばよかった。
ヤキム村に向かって歩き始める一行。
段々と近づいてくる村の景色、はっきりと目に捉えられる距離までやってきた。
ヤキム村の第一印象は、日本にあったような田舎の静寂な村のイメージとは全く異なるもので、どちらかといえば外国にあるスラム街のような荒廃した空気感を醸している。
建物も掘っ立て小屋と表現するのがぴったり当てはまるような、脆弱な作りの物が多い。
屋根が抜けている家も所々見受けられる、あれでは雨漏りし放題だろう。
そんな家々の中では割としっかり作られていて村の中央付近にある家に向かう様だ。
その家の正面には円形の広場があって、そこには井戸が設置されていた。
ここが村長の家か、おそらく井戸の利権なんかも持ってるってことだろう・・人が生きていく上では水は最も重要な物資だし、それを持つ人間が権力を持つのはある意味自然な形なのか・・。
「ここが村長のヤキムさんの家になります、声をかけてみますね」
「分かりました」
家の中にいるであろう村長に向かって外から声をかけるケビンさん。
バタバタと若干慌てているような足音が家の中から聞こえてドアが開き、壮年でがっしりした体格の黒髪の男性が少し焦った様子で現れた。
「ケビンさん!ご無事でしたか!」
「はい、幸いにもお二方に助けていただきました」
「ついさっき村の狩人から魔物の足跡を見たと報告があったんですよ、それも森の浅いところで・・」
「そうでしたか」
ケビンさんと壮年の男性がお互いの経緯を話しながら無事を喜びあっている。
そしてケビンさんが俺達をそれぞれ手で示しながら男性に紹介するようだ。
「それで・・、こちらがワールド・ウッドさんとハンゾー・フジワラさんです」
「村長のヤキムと申します、初めまして」
「こちらこそ初めまして」
「ケビンさんを助けてくださったそうで・・彼はこの村のライフラインを支えてくれている大事な人なんです」
「村長!やめてくださいよ、大袈裟な」
「いえいえ決して大袈裟ではありませんよ、あなたが居ないと現に大変な事になる所でしたからね」
「はぁ・・」
ケビンさんが恐縮したような表情をしている。
二人の話を聞いていると、ケビンさんがこの村に薬だけでなく様々な生活物資を行商人として供給していたようだ。
この村は辺境にあるらしく、ケビンさん以外の商人も寄り付かないのだとか・・・
「お客様をこんな所で立たせたままにしてしまうとは、失礼しました」
「いえいえお気になさらず」
「大した歓迎はできませんが、是非とも家に寄ってください」
「ありがとうございます」
ヤキムさん自らドアを開け、手を広げて招き入れるような仕草をしている。
村長のヤキムさんに誘われて、お宅でお茶を頂くことになった。
この世界の文化レベルを知る機会に少しワクワクするが、過度な期待は持たないようにしておこう。
靴を履いたまま家の中に入る、欧米と同じように家の中でも靴を脱がない習慣のようだ。
玄関を抜けた先がリビングに相当する場所のようで、大きな木を刳り貫いて作ったような机が置かれている、椅子も木で作られた切り株のようなデザインのものだ。
壁には何らかの動物の牙と毛皮が飾られていて、武器や農具の類も壁に立てかけられている。
異世界の異文化を目の当たりにして、失礼に当たるのは理解しつつもついキョロキョロと目移りしてしまう。
そんな俺を見てヤキムさんは顔に笑みを浮かべた表情で、
「何か珍しいものでもありましたか?」
と問いかけた。
俺からすると目にする物すべてが珍しいものばかりで、壁に掛けられている動物はいったい何なのか、棚に置かれている薬草っぽいものは何に使われるのか、本棚にある図鑑のような大きな本には何が記されているのか、聞きたいことがありすぎて逆に何を質問すればいいのか一瞬詰まってしまう。
「えぇ、あの立派な牙は何の動物なんですか?」
「あれは息子が仕留めた猪ですね」
「息子さんがですか、立派なものですね」
「ありがとうございます、息子の狩人として初めての獲物だったものですので、息子には恥ずかしいから飾るのをやめてくれと言われているのですが・・・親心というものでしょうか・・」
村長さんが椅子に座ることを手を使って勧め、俺達は座りながら森の中での経緯を話すことになった。
「このお茶は森で採れる植物の根や葉から作られた薬茶です、どうぞ」
「頂きます」
麦茶のような色合いをした薬茶だ、香りもほとんど感じられない。
口に一口だけ含むように飲むと、薬効のあるお茶独特の渋みとえぐ味が口の中に広がる。
中々の慣れない刺激についつい眉間にしわを寄せてしまう。
「お口に合いませんでしたかな?村に住む者も飲み始めは美味しくないなぁというのですが、飲み続けていると癖になってくるという味わいなんですよ」
そんなものを初めてこの村を訪れる客に対して出すなよっと頭の中に過ぎったが、ハンゾーやケビンさんは何やら口に合った様子でゴクッゴクッとお茶を飲み干している。
このお茶の良さが分からないのはこの中では俺だけの様だ。
確かに俺はこの世界に来る前から、お酒やコーヒー、お茶や紅茶等々苦味がある飲み物は得意ではなかった。
酒だけは付き合いで仕方なく飲めるようにはなったが、それでも自ら好んで飲むというまでにはならなかった。
ウッド君に憑依した状態でもその辺りの好みはどうやら変わらないみたいだ。
「それで本題に入りますが、ケビンさんによると森の浅いところでゴブリンとオークに襲われたという話でしたが、詳しく聞かせて頂けますか?」
村長は声のトーンを若干落として先程までとは違う真剣な目つきで俺たちに魔物との戦いの詳細を尋ねた。
やはり魔物の出現というのは村にとっても一大事であるようだ。
詳細をと言われても難しいところで何を説明すればいいものか、大まかな概要はケビンさんからすでに話を聞かされているだろうし・・・
「分かりました、と言ってもケビンさんが話していた通りで、さして付け加えることもないかと・・・そこで・・」
「私から一つご報告があります」
俺が消極的な提案をしようと思ったところでハンゾーから何か言いたいことがあるようだ。
ちなみに消極的な提案というのは、村長さんに聞きたいことを質問してもらってそれに俺が答えるという質疑応答形式にしようと考えていた。
「こちらのウッドさんが倒されたゴブリンはゴブリンリーダーでした、つまりゴブリンキングが生まれている可能性があります」
「ゴブリンキング!・・・まさか・・そんなことが・・」
ハンゾーの話を聞いた村長さんが驚きと共に悲壮感を漂わせた。
俺もハンゾーの話を聞いて気になるポイントがあるのだが、まずはゴブリンキングと聞いた際の村長さんの驚き様だ。
そしてもう一つが俺に対する呼び方が何故か家名になっていることである。
ゴブリンキングは確かに危険な要素がある魔物だが名前を聞いただけであれほど驚きを示すような魔物だっただろうか。
ゲーム時代にゴブリンキング発生とゴブリン繁殖で幾つか滅びたプレイヤー国家があると噂で聞いたことは確かにあったが、当時は初心者プレイヤーの笑い話として話されていた。
そして家名で俺のことを呼ぶのは何か警戒している事があるのだろうか・・そういえばケビンさんと話していた時も訳ありな視線を寄こしていたし、俺にはさっぱり分からん。
「そういった理由から森の中を正確に調査されるのがよろしいかと思います」
「こんな事は初めてで何をすればいいのか・・」
「まずは直属の領主の方に相談されるのが良いかと」
「領主様ですか・・」
村長さんが先程から歯に物が詰まっているような、釈然としない表情で考え込んでいる。
領主と聞いた時に村長さんは戸惑ったような感じを出していた、この辺りを治める領主にもしかしたら何か問題があるのかもしれない。
「それならば私達は侯都ワンダーランドへ向かう旅の途中です、一緒に侯都に向かわれてどうでしょうか?」
「そう言われましても・・・」
「こちらにいるウッドさんはワンダー侯爵様とも面識がありますので話も聞かずに門前払いされるということはないと思いますよ」
「え・・・侯爵様と面識が・・」
え・・・俺も村長さんと同じくらいビックリしちゃってるんだけど、俺達ってワンダーランドに向かってたの?ていうかワンダーランドってどこだよ!不思議の国か!そんなとこ目指して旅してるとかってヤバい新興宗教みたいだろ!
それと俺がワンダー侯爵っていう人と面識があることになってるけど、本当に大丈夫か?当たり前だけどこの世界に転移してきたばかりで知り合いなんているわけないぞ!
ん?ワンダー?俺の脳の海馬が何か引っ掛かりを訴えてきてるぞ。
ワンダー・・・ワンダー・・・・ワンダー・・・・・・・アリス・ワンダー!
ハンゾーが言ってるワンダー侯爵はアリス・ワンダーのことか!
アリス・ワンダーっていうのはハンゾーと同じように俺が作った従者NPCのことだ。
「分かりました、魔物が現れる可能性がある現状では私が村を離れるわけにはいきませんので、息子のハキムを皆さんの旅に同行させたいと思います」
「かしこまりました」
空気を読んで俺も頷いておく。
俺達のワンダーランドへの旅路に村長の息子さんが同行することに決まったようだ。
ハンゾーと村長さんの会話の内容から察するにここはゲームの中の世界だとある程度確信してよさそうだ。
俺には覚えがなかったが二人にはワンダーランドという地名に心当たりがあるようだし、ハンゾーはこの辺りの土地勘も持ち合わせているようだ。
「ハキムは森の偵察に出ておりますので戻り次第、お二方に挨拶をさせようと思います」
「分かりました、よろしくお願いします」
話もひと段落したところで、コップに残った余りおいしくない薬茶を一気飲みする。
この苦味が癖になってくるのか、俺には無理だ。
何か切実にジュースが飲みたくなってきた・・・それも炭酸系のシュワっとしたやつ・・・こんなちょっとした事でホームシックを感じるとは・・・
「ただいまー」
俺の後方からドアが開く音と少し幼さの残る男性の声が、部屋中に響いた。