First episode
やや小太りな男性が、家畜や小さいロバが引くような牛車の中にガタガタと震えながら隠れている少女を守りながら、異形の者たちと必死の攻防を繰り広げていた。
「なぜ?こんな森の浅いところにオークやゴブリンが」
どす黒い緑色の肌に醜悪な顔、ゴブリンにしてはやや小柄な体格、動物の皮から作られた腰布と小さなナイフを持ったゴブリンとかれこれ15分間は戦い続けている。
長い持久戦に気が緩んで呟いてしまったせいなのかどうか、足元にもぐり込んだゴブリンに気づくのが遅れてしまった。
ゴブリンは血が付き錆びついたナイフを男性に向かって突き刺した。
「クッ」
「お父さん!」
自身の父親の命の危機に我慢しきれなかった幼い少女が、牛車の外に身を乗り出すようにして足に傷を負った父親の姿を見つめていた。
「隠れていなさい!メアリー!」
咄嗟に娘に対し口を出したが、状況は時間とともに悪くなる一方だ。
このまま状況を変えることができなければ、足を負傷してしまった私と娘もいずれこの魔物たちにやられてしまうだろう。
傭兵を二人雇ってはいたが、魔物に気づかれた時点でおとりとなるために茂みの奥に走っていった。
しばらくは剣戟の音が聞こえていたのだが、今はいったいどうなっているのか・・やられてしまったのか・・
足を負傷した私ではおそらく魔物から逃げきることはできない、何とかこの包囲網を突破して娘を逃がすことを最優先にしなければ・・。
不幸中の幸いか牛車を引く馬はいまだ健在だ、魔物に囲まれているこの状況でパニックになることなく、落ち着いているようにさえ見える。
突破口さえ切り開くことができたならば、娘だけでも助けてやれることができるかもしれない。
私に傷を負わせたゴブリンをキッと睨みつけ、踏ん張りの利かなくなった左足を庇いながら、私は右足を軸に湾曲した剣シミターを振り下ろす。
「ギャア!」
やや大げさに叫びながらゴブリンは後方に吹き飛んだ。
手応えはさほどでもないのにあの吹き飛びよう、自ら後方に飛ぶことで傷を浅くしたのか・・・この身のこなし、本当にただの小柄なゴブリンなのか・・傭兵の不自然な動き、これまでの状況、いろんな疑惑が頭を埋め尽くしていく。
今度は吹き飛んだゴブリンを援護するためか、私とゴブリンの戦いをまるで観察するように眺めていたでっぷりと太ったオークが、姿勢を低くしながら全速力で私の後方から体当たりを仕掛けようとしていた。
それに気づいた私は入れ替わるように回避するため、振り返りながら体の向きを調整しようとしたが、負傷した左足の影響で満足な反応を示すことができなかった。
後方からオークのタックルをまともに受けてしまい、オークもろとも私は地面に倒れこんでしまう。
このままではまずいと思いすぐに立ち上がろうとしたが、胸に浅く傷を負った先ほどのゴブリンが私の左足にある刺された傷を踏みつけにしてきた。
「うっ」
あまりの痛みに思わずうめいてしまう、そして周囲からざわざわと何かが集まってきているような気配があった。
痛みをこらえ何とかゴブリンを押しのけて立ち上がろうとしたが、一緒に倒れこんだオークに頭と剣を持った手を押さえつけられてしまう。
空いた手でオークを殴りつけようとしたが、腕に力が入らなくなっていた、同時に意識が遠のいているのを感じる。
どうやらナイフに睡眠系の毒が塗られていたようだ。
娘の安否が気になり牛車の方へ目をやると、馬が牛車の周りで暴れて魔物たちを近づけないようにしているようだ。
なんと主人に忠実な馬なんだろうかもっとかわいがってやれば良かったな、だがおそらく長くは持たないだろう・・・・・遠のいていく意識の中でこれまでの人生が走馬灯のように流れていく・・・・私は卑しい身分の生まれのせいか今まで生きてこの方、自分の人生は自らの力で切り開いていくと心に誓っていた、いるかどうかも分からない神になど祈ったことがなかったのだ・・・そんな私でもこの状況では祈らざるを得なかった・・どうか、どうか娘だけでもお救いください・
薄れゆく意識の最後の瞬間に見た光景が、ゴブリンが私の胸にナイフを突き立てようとしているところだった。
「神さ・・ま・」
こうして私は――