カレーライスが裏切る時
「もし一生これしか食うなと言われたら何にする?」という設問自体、カレーに対する前振りであると言わざるを得ない。二位は多分ラーメンで三位は寿司だろうが、今はそのことについて論ずるべきではない。
私が言いたいのは、カレーが最強だということである。さいきょうでもさいつよでもいいのだが、ありとあらゆる食品の中でトップクラスの戦闘力を持っていると声を大にして言いたい。
もし食品擬人化のソシャゲがあったら、攻略wikiのリセマラ即終了のところにカレーの三文字が躍り出ること間違いなし。味、値段、満足感ともにカレーは誕生以来日本の食生活のオールラウンダーとして活躍してきた。
つまりカレーを食べるということは正義の執行である。どんなシチュエーションであれ、カレーを注文するという行為は勝利への特急券だ。
困ったらカレー、迷ったらカレー。庶民の味方カレーライスよ永遠なれ。
――そう思っていました。
これは私の身に起きたまぎれもないノンフィクションである。
ある日、私はカレーを食べた。もちろん大好きなカレーライスだ。何も問題の無い幸せな生活。だがそれは音を立てて崩れていった。
お腹が苦しい。そう、食べ過ぎたのである。
こいつ馬鹿か? と読者諸君は思っているだろうが待って欲しい。悪いのは私ではなく店にあるのだ。
そう、ここは焼肉とか寿司とか食べ放題系の店。そこでカレーを食べたのだ。これは、あまりにも悲しい不正解ではないのか。
別にカレーを食べにきた訳じゃない。でもカレーがあるから食べる。人間として当然の行為をしたのにも関わらず、お腹が膨れてしまう。いや、もっと正確に言うのであれば、カレーのせいで焼肉とか寿司が入らなくなっているのである。
つまり、罠である。陰謀と言ってもいいのかも知れない。食べ放題に設置されているだいたい不味いことが多いカレーは、店側が利益を出す為の罠なのだ。きっと防犯カメラか何かで私が満面の笑みでカレーを装っているところを監視してゲラゲラ笑っていたのかもしれない。私が信じていたカレーライスの正義は、ひどく限定的に悪になってしまったのだ。
私は悲しい。カレーのカレーによるカレーのためのカレーの正しさの信奉者たる私にとって、食べ放題のカレーを食べると言う行為が悪辣極まるトラップであるという事実がとにかく辛い。激辛である。カレーだけに。
さて日を改めて、別の食べ放題の店に行った私は、カレーライスを発見した。馬鹿めその手にはもう乗らないぞと、ステーキとかパスタとかメロンとか食べた。会計を済ませた私は喫煙所で満腹の腹をさすりながらタバコに火をつけたのだが、心に残っていたのは「あのカレー、どんな味がしたのだろうか」という後悔だった。
だからいつだってカレーライスを食べるのは、正しいのだと私は言いたい。




