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社畜もなかなか悪くない  作者: ふくろう
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第3章 上司はとりあえずうざい

「すごいなぁ安藤は。500万だぞ、500万。やっぱり彼は採用して良かったよな。私の目に狂いはなかったよ」


 おれの前で満足そうに話しているのは、伊澤支店長だ。彼は座り心地のいかにもよさげ なイスに深く腰を下ろして、満足そうにその肘掛を叩いている。


「ええ、本当に良かったです」


 先ほどの安藤にかかってきた電話は、例の500万の案件が入った連絡だった。彼と喜びあったのもつかの間、おれはすぐにこの支店長室に呼び出された。


 うちの東京の東京営業所は、雑居ビルの3階を貸しきって いる。狭いながらも事務室の他に、会議室、支店長室の3部屋がある。


 支店長室のヌシである伊澤支店長は、入社して20年以上のベテランだが、入社したのはバブル崩壊が始まった時期。つまり、おれ以上に就職困難な時期だった。誰でも知っているような有名大学を卒業したにも関わらず、中小企業しか選択肢がなかったことは、安藤にも似たような不満を内に抱えていたことだろう。現在の胸の内はわからないが、少なくとも仕事に対して誇りだとかそういう大層なものを垣間見ることはできない。


 というか、それどころではない。


「新人の安藤は頑張って東京支店全体の営業成績を底上げしてくれている。けどなぁ?お前はどうなんだ?向田係長。今月の売り上げ、先月よりかなり落ちてるじゃないか!」


 これだ。伊澤支店長は、どの会社にも一人はいるであろう「ウザイ上司」そのもの。自分は大して働かない代わりに部下の仕事のチェックだけは豆 で、少しのミスも見逃さない。重箱の隅をつつくように、どころではなく、重箱の隙をバズーカでぶっ壊してくるようなタイプだ。


「おい、杉原重工の見積もりみたぞ。なんでこんなに値を吊り上げて出してんだよ!受注入ってないじゃないか!他の安く出したとこに取られたんだろう。それにこれも、これも、これも!」


 伊澤支店長は、おれが出した見積もり書をバンバンと机に叩きながら並べてくる。一日50前後も作る見積書の中で、よくもこれだけ発注につながっていない見積もり 書を見つける暇があるものだ。


「これ全部、注文落としてるよな!どういうことなんだよ!安藤にでも教えてもらったらどうだ?」

「しかし、あまりにも売値を下げすぎてしまえば、輸送コストや現場の労力を考えると赤字に…」

「違うだろ!」


 伊澤支店長は、見積書をおれに投げつける。書類は派手な音を立てながら床に落ちた。


「仕事取れなければそんなことを考えることもできねぇだろ!まずは取れ!そんなことも分からねぇのか!」

「…すみません」


 おれは湧き起こるイライラに耐えながら頭を下げる。


 自己防衛 のために言わせてもらえば、他に出した見積もりの8割は受注につながっている。また、どんなにお得な見積もりを出しても、客先の都合が変わったなどの事情もあるのだから全てが注文にはつながるわけではない。しかし、     


「そのことは、支店長も重々承知 のはずですが…」


 とは口が裂けても言えない。それが社畜というものだ。こういうとき、ノマドに憧れる安藤の気持ちも分かってしまう。


「向田、お前は営業何年もやってるんだから、正攻法以外のことも考えられんのか?例えば客先ごとに、まとめ買いしてくれたら数%割引するって案内を作るとか」

「…割引、ですか」


 おれは目が丸くなってあきれた表情になりそうなところを、何とか取り繕った。


 この業界、まとめ買いを促すことほど無意味なことはない。どの会社も景気は良くないのだから、必要最低限の商品しか抱え込もうとしていないのは、足を使って客先を回ればおのずと分かるはずだ。伊澤支店長が外出せず、毎日この部屋でふんぞり返っている様子が目に浮かぶ。


「…それは考えつきませんでした」

「ったく、何のために係長なんて椅子に座っているんだよ。売り上げを出すために考えろ、動け!」

「はい」

「すぐに企画書を作って客先に提案するんだぞ。今日中だ。分かったな?」


 おれは一礼して支店長室から出た。


 ドアを閉めたことを確認してから、何かに当たり散らしたい衝動にかられたが、側には何もなかった。仕方なく自販機でコーヒーを買って一気飲みし、ゴミ箱に投げ捨てた。


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