ノックス伯爵邸
麦畑の中にぽつんとたたずむデリーウッド駅に汽車が着き、またそこから馬車を走らせて、ノックス伯爵邸に着いたのはお昼過ぎのことでした。
ノックス伯爵邸は大変に大きなお屋敷ですが、新聞記者が数人、門前に座り込んでいるだけで、他は馬鹿のように静かなのです。
「やあ、警部のお帰りですな。どうですか、捜査は進展しましたか」
狸の汚くなったような新聞記者のひとりが、こう尋ねました。
「馬鹿なこと言っちゃいかんよ。そんな一時間やそこらで捜査が進展するわけないじゃないか」
ダンプ警部は不機嫌そうに言うと、記者をしっしと追い払ってから門を開いて、ノックス伯爵邸に入ってゆきました。
ロップは伯爵邸に入ると、この古めかしいお屋敷が大そうお気に召したらしく、木の香りを嗅いでいましたが、狐のノックス伯爵がコツコツと階段を降りてくると、姿勢を正しました。
「警部さん、どちらにいらっしゃったのですかな」
「へぇ、ローリエントに行きまして、こちらのロップ探偵に捜査を依頼したのです」
「そうですか。ロップ探偵。聞いたことがありませんな。あまり有名な探偵さんとも思えませんが」
ロップはつくづくこの狐というものが嫌いでした。その上から目線な発言にかちんときたものですから、イエローダイヤモンドなんぞ、見つけてやるものかという気持ちで一杯になりました。
ダンプ警部はノックス伯爵にお辞儀をして、
「しかし、伯爵。ここは一つ、このうさぎめに事件のことを一からお話しくださいませ」
と馬鹿丁寧にお願いするので、ようやくノックス伯爵も頷いたのでした。
「良かろうと存じる。それでは、そこのロップさん、二階へ上がってきてください」
ロップは腹の立つのを抑えて、二階に上がると、その短い廊下の一番奥の木製の扉というのが開けっ放しになっていました。そして、その室内に入ってゆくと、そこは小さな正方形の部屋となっていて、正面の窓ガラスが打ち破られていて、金庫が半開きになっているのです。そして、その金庫の中には何も入っていないのでした。
「どうも、犯人はこの金庫の番号を知っていたらしいですな」
ダンプ警部は忌々しそうにそう言いました。
「確かにこの金庫はプロの泥棒でも開けられるものではありませんな。して見ると、犯人は伯爵と近しい人物だったように思えるのですが」
ロップが虫眼鏡で金庫をまじまじと見つめながら言うと、ノックス伯爵は慌てたように、
「冗談言っちゃいけませんよ。私が知り合いに金庫の番号なんて喋るはずがないじゃありませんか」
と自分を弁護するのでした。
「何かメモがおありでしょう」
そう言われるとノックス伯爵はぎくりとしました。
「確かに自室の机の中に……」
三人は一階にあるノックス伯爵の部屋に入り、机を見ました。そして、一枚の紙を取り出しました。
「これですね」
ロップは解説を始めました。
「さて、おそらく犯人はこれを見て、金庫の番号を知ったのですから、ノックス伯爵がこの寝室に寝ていた時間よりも前から、犯人はこの屋敷に浸入していたことになる」
得意げにロップは耳をぴょんと弾いた。
「なるほど」
「しかし、犯人はなんだって窓ガラスを破ったのでしょうね」
ダッチはずっと前から気になっていたことを口に出しました。
「それはね、ダッチ。極めて重要な指摘だよ。おそらく、そのことが事件解決の最大のヒントになると思うのだが……」
ダンプ警部は何をそんなに不思議がっているのかという目で二人を見て、
「何となく、じゃないですか?」
と尋ねたのでした。