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汽車

 コツコツとドアがノックされ、山高帽としみったれたトレンチコートを羽織って、ビーフジャーキーを咥えたブルドッグがもそもそと入ってきました。


「どっちがロップさんでぇ」


 と田舎訛りの強い口調でダンプ警部は言いました。


「私ですが」


 とロップが答えると、ダンプ警部は納得したように頷き、勝手に目の前のソファに座り込みました。


「確かに耳が垂れている方がロップさんでしょうなぁ。そんなことは分かってたんだが、つい……。まあ、そんなことはどうでもいい。お話というのはですな」


「ノックス伯爵邸の窃盗事件のことでしょう」


「ご存知でしたか。いやはや、大したもんだ。そうです。ノックス伯爵邸でイエローダイヤモンドが盗まれたものでね。このイエローダイヤモンドというのは、世界で指折りの宝石の一つでさぁ。そいつが盗まれたと言うんで、初めは持ち主を疑って、絨毯の裏にでも落ちてないかと見ていたんですが、どうもこいつは本当に盗られたものらしいと分かりましてね」


「捜査は難航しているそうですな」


 ロップが得意げにそう言うと、そうそうとダンプ警部は頷き、ビーフジャーキーをひとかじりした。


「他の探偵事務所にも相談したのですがねぇ、猫の探偵事務所はからっきし駄目ですなぁ。入ると瞑想中らしく、ソファに丸まって、まるで話を聞いてくれないんでさぁ」


「猫にはそういうところがございますよ。うさぎはその点、退屈しておりますから、是非とも事件解決に寄与したいものですな」


「ただねぇ、うさぎというのはどうも、あまり知的な印象がないものでしてね。いや、不安ですよ」


 ダンプ警部が耳をかきながらそんなことを言うので、ロップは不服らしく、押し黙ってしまった。


「まあ、うさぎでも良いかと思いましたんで、参ったわけですが、どうです、これからデリーウッドのノックス伯爵邸に一緒においで願えますか」


「無論行きましょう。ただ、うさぎでも良いかというのは我々にとっては失礼極まりない話ですな」


「ああ私、また失言しましたか。よくするんです、失言。気になさらんでください。いつものことなので」


 ロップはそれを聞いても無言で、おずおずと立ち上がると掛けてあったコートを羽織り、鳥打帽を被ると、パイプの煙草をもくもくと燻らせながら、いつも使っている探偵の七つ道具を小さな鞄にしまいます。


 助手のダッチも鞄に商売道具の注射器などを入れました。というのは、ダッチの本業はお医者さんなのです。


 ダンプ警部は、ロップとダッチの二人を連れて、馬車に乗り込み、馬に「駅まで」と伝えました。馬は疲れていたらしく、三人も乗ることをさも腹立たしそうに、ぐずぐずと小言を言っていましたが、しばらくして仕方ないと思ったのか、近くのロングストン駅まで車を引きました。


 ロングストン駅は大変混み合っておりました。辻馬車が所狭しと街道に立ち並び、車を止まるところもありません。往来する者は皆、パイプや煙草を吸っているで、白い煙がもくもくとあたり一面を包んでいるのでした。しかし三人は、そのゴミのような人だかりの中を割り込んで、中へ中へと入って行って、すぐに受付でデリーウッドまでの切符を三枚買いました。


 その時、ちょうどいい塩梅に汽車がプラットホームに入ってきましたので、ダンプ警部は車内にいる者どもを車外に押し出して、三人は汽車に乗り込みました。そして、向かい合った木造りの椅子に座っていた三匹の山羊を無理矢理にどかして、ダンプ警部とロップとダッチは無事に椅子に座ることができました。


「ずいぶん強引な手を使うのだね」


 ロップは呆れた声でダンプ警部に言いました。


「警察というものは皆こんなもんでさぁ。どうせ、次のペディントン駅で皆降りるんですから、我々が座った方が良い訳ですわ」


 確かにダンプ警部の言う通り、次のペディントン駅に着くと、そこは高いビルの立ち並ぶ商業都市と言った感じですから、多くの乗客は雪崩を打って下車していきました。


 そこから汽車はどんどん田舎へと走って行ったのです。まわりは段々畑のある丘を越えて、まっさらな農地を汽笛を鳴らしながら、駆け抜けてゆきました。


「あの騒がしいローリエントやペディントンの雑踏から離れるとずいぶんと空気が良いものだね。僕が金持ちの貴族であったなら、こんなところに隠居したいものだ」


 ロップはまじまじと流れる緑色の景色を見つめながら言いました。


「ロップさん、事件の話も少ししておきたいものですが……」


「そうですね。どうぞ」


 ダンプ警部はコホンと咳をしました。


「あれはつい昨晩のことになりますが、ノックス伯爵がベッドで寝ていると、突然、二階の窓ガラスが打ち破られた音がしましたので、ノックス伯爵が二階に駆け上がりますと、金庫にしまっていたはずのイエローダイヤモンドが跡形も無くなっていたとこういう訳なんです」


「ガラスが破られたということですか。それはそれは、ずいぶんと騒がしい犯人ですねぇ」


 嬉しそうにロップは言いました。


「それで私、そのお屋敷一帯の聞き込みなんかも全て終えましたが、大した情報もありゃせんのです」


「まことに結構」


 ロップは少し考えると次のように質問しました。


「それでノックス伯爵とは何者ですかな」


「狐です」


「なに狐、好かん動物だな」


 ロップはまた不機嫌そうに言ったのでした。

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