煌めきだす日々-another side-
涼汰との教室でのやり取りが終わり、教室に一人取り残された私。先ほどまでの明るく響く声の余韻が、徐々に薄れていき、再び静まり返っている。私こと燐那はは、足早に教室を後にした。
階段を下りていくと、クラスメイトの志乃と出会った。
「お疲れ志乃!部活終わり?」
「まぁね~。一緒に帰る?」
「うん!帰る!」
私の元気な返事に、少し呆れたような笑みをこぼすと、並んで階段を下り始めた。
志乃は中学の頃はバレー部で、結構活躍していたのもあって、入学当初からバレー部員に注目されていた。私も同じチームでプレーしていたから、すごいことはよくわかっている。
「バレー部って大変でしょ~尊敬」
「何よいきなり。まぁ、私の場合は兼部もしてるしね~」
「えっ?そーなの?!」
志乃の口から出た言葉に、思わず声が裏返ってしまった。笑いをこらえきれなくなった志乃は、手で口を覆い吹き出すように笑い始めた。あまりの恥ずかしさに、今すぐにこの場を去りたいという衝動に駆られていた。
「言ってなかったっけ?イラスト部との兼部だって…」
「き、聞いてない…」
ようやっと笑いが収まったようで、会話が再開された。しかし、思い出し笑いで吹き出した志乃を見ると、一瞬ではあるが不機嫌になった。そして、そっぽを向いた。
「そんな顔しないでよ~ごめんってば~」
「もう平気だし。んで、優先はどっちなのよ」
「そりゃあバレーよ。部活がオフの日にイラスト描いてるぐらい」
再び、いつも通りの二人に戻った会話。まだバレーが好きなことに少しの安心感を覚えた。それにしても、兼部とは初耳だった。先輩には結構いたらしいが、私たちの学年では兼部生などほとんどいない。多く見積もっても、この学年に十数人ぐらいなはずだ。
「そういうあんたは、復帰しないの?バレー部」
「居場所がなくなって辞めたんだから、今更戻んないよ」
私がそう答えると、志乃の顔から笑みが少し消えた。同じ部活で活動していたのだから、間近で見ていたのだから。私が辞める場面そのものを。
「教室から出てきたってことは、また涼汰と?」
「まぁね。部活の時間までだったけどね~」
重くしてしまった空気を何とか取り戻そうと、志乃は話題を変えてきた。こういう気配りができるから、選手としてもうまくやっていけているのだと、私は確信していた。
「で、言ったのですか?君の想いは」
「はぁ?!どういうことよ!」
意地悪に笑顔を投げつけて質問する志乃。急な質問に戸惑ってしまうが、顔だけは素直に反応して赤く染まった。こんな時によくも変わってくれたなと内心でつぶやいた。
「いうわけないじゃん。ってか、言えないよ。そんなの」
「まぁ、今のところいい感じだもんね~。うらやましいわぁ」
言い返そうにも思うように言葉が見当たらない。発された言葉は事実であり、いい感じの部分も否定はできない。頭を縦に振ってしまいそうで怖いが、何とか耐えている…はずだ。
「涼汰、あー見えてモテるもんね。あと真弥も。バスケ部のツートップはモテモテで噂だもんねぇ」
「だよねぇ…余計自信なくしてきたし…何してくれるのよ~」
わかっているから敢えて触れなかった事実に触れられ、不安しか残らなくなってしまった。志乃もそこは察しているようで、何気なく申し訳ないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「そうとわかれば、告白しかないよ!燐那!」
「ちっ!こんな時に志乃の好きな人わかれば、言い返してるのにな!!」
「私は噂になりにくいからねぇ。余程の情報網じゃなきゃ勝てんよ」
どう考えたらその案が出てくるのか教えてほしい衝動に駆られているが、とりあえず反論をしてみる。会話をしていると、レベルの高い魔王に戦いを挑んでいるような気分になる。でも、こうやってふざけていられる志乃との関係が、私としては大好きだ。中学の頃からずっと思ってることである。
「まぁ、私も協力してあげるから、頑張りなさいよ」
「うん…」
「どうしたの?やりたくないって?」
「そーじゃなくて、本人は…。本人はどう想ってるのかなってさ…」
告白はいずれしなくてはいけないのは分かっている。ただ、告白によってこの関係が壊れてしまったら、取り返しがつくなんて保証がない。だから、余計に怖いのだ。
「ひとつ教えてあげる」
「えっ?」
私の思考を遮るように志乃は唐突に発言した。大丈夫だよ、なんて声をかけてくれるのだろうか。なんて考えてはみたものの、全然わからないのでまたしても考え込んでしまう。
「聞きたいの?聞きたくないの?」
「聞きたい!教えて!」
「よしよし!それでいいんです」
考えすぎて、志乃の質問に答えに返事を忘れていた。やや怒っていた志乃だったが、私の素直な意見を聞くと、いつもの明るいキャラが戻っていた。そして、少し間をとってから、その答えを発した。
「細かいこと気にしないほうがいいよ。絶対」
そして訪れる静寂。でも、嫌な感じのものではない。意味を聞き返そうとしたものの、それをしていいかわからず、結果やめてしまった。この時の、いつもより明るさの増した志乃の笑顔は、多分忘れないんだろうな、なんて思っていた。
「じゃあ、また明日ね~」
いつもの分かれ道まで来て、志乃と別れる。先ほどの志乃の言葉に、少なからず勇気と自信をもらった気がする。志乃の後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立ちつくしたままだった。
そして、気持ちに区切りがつくと、独り言のようにぽつりと言葉を発し、自宅へ向けて歩き出した。
「ありがとう志乃。私、頑張るよ」