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くじらの夜

 盗掘艇(コバンザメ)は忌み嫌われる職業だ。

 旧世紀の話で言えば強盗殺人のようなものだから当たり前なのだが、こと深海底では取り締まってくれる者などいるはずもない。当然、自衛の手段として深海底には多少の武装は存在する。とはいえ深海で金属をかき集め、ケージをぶら下げて、海洋都市国家(おか)から深海までを行き来するのだ。

 大量の武装を用意することは難しい。

 さらに、うちの峯岸に言わせれば、


「ピザに掛けるタバスコは少しだから美味しい。ドプドプ掛けるのは冒涜」


 とのことで相変わらず意味不明だったが武装は少ないほうが良いと言いたいらしかった。

 もちろん、峯岸の美学のために盗掘艇の犠牲になることを石坂さんが許すはずもなく、峯岸と俺と石坂さんで話し合った結果、武装どころかいらないものを限界まで削ることで三十六計逃げるに如かずを地で行く機体の完成となった。わずかに存在する兵装は閃光弾と衝角、そして新兵器……というか装飾の音響兵器のみ。羊? しつじ? どっちだったか忘れたが、そんな陸の生き物の巻角に似た形が峯岸の美的センスにマッチしたからというクソみたいな理由でついているものだ。

 重さがほとんどない代わりに攻撃力もほとんどない。

 せいぜいがソナーのかく乱に使うか、広域に助けを呼ぶのに使うくらいのものだ。接触した状態で使えばもしかしたら相手の計器をオシャカにできるかも知れないけど接触する前にオシャカにされて終わりだろう。

 ちなみにもっと致命的な理由もあって開発段階(・・・・)で放り出された品らしく、俺も峯岸から説明されるまでは知らなかった。

 深海艇の中では世界でもトップクラスの速度で航行できる、といえば聞こえはいいが、要するに「危険だからやめとこう」と他の奴らが考えるところまで足を突っ込んでいるだけであって、全速を出すことはないに越したことはない。

 とはいえ、だ。


「今回ばかりは助かった」


 狭い深海艇内。

 軽く首を回すとこきこきと骨が鳴る。

 それ以外は低く唸るモーターの音が聞こえているのが常なのだが、現在聞こえているのは遠くから響いてくるこおん、というソナー音だ。

 二時間ほど前に遭遇してしまった盗掘艇(コバンザメ)の野郎が獲物()を探している音に違いない。

 峰岸のスピード特化チューンのおかげか、海底から拾い上げた金属入りの籠を捨てることなく盗掘艇を振り切れた、というのはかなりすごいことなのではないだろうか。

 真っ暗闇の中で胸ポケットをまさぐり、潰れたタバコとオイルライター、そして携帯灰皿を取り出す。流石に灰を落としたりシートを焦がしたりすると峯岸が怖い。もちろん匂いだけでもうるさいんだが。

 取り出した一本を軽く伸ばしてから咥え、火を付ける。

 一服。

 至福の時間だ。

 紫煙を吐き出すと同時にこおん、とソナー音が再び聞こえた。

 先程よりは近い。しかしまだまだ目視できる距離だとは思えないし、最低限の循環系以外はすべて止めた状態の深海艇は海獣とほとんど見分けがつかない。

 それは盗掘艇の待ち伏せに使われるものでもあるのだが、こうして逃げる時のカモフラージュにも使えるのでお相子だろう。

 海獣には攻撃的な種も多いし、そうでなくとも深海艇より大きな生物が興味本位で小突いて来ようものならば、ダメージが入るのは少ないことではない。

 特にハッチやスクリューなんぞをやられた日にはそのまま死亡待ったなしである。

 よって盗掘艇も海獣に見えるようなら敬遠する。

 深呼吸によって活性化した脳細胞は最高にキレキレだぜ。

 なんておどけてみてもあまり良い状況ではない。海獣を敬遠するのは本当だが、盗掘艇はその存在が知られれば国家海洋安全局が出張ってきて殲滅することになる存在だ。

 すなわち、危険を覚悟で近づいてくる可能性は十分にあった。


「さて。通信系は深すぎてまだまだつながらないし陸まで全速ってのはさすがに厳しい」


 もっとも、本日の収穫を放棄すれば帰れるのは帰れるだろうが、峰岸と石坂さんのお説教を聞きながら給与ゼロで夕飯抜きなんてのは御免であった。命あっての物種というが、ここの所レアメタルはほとんど拾えず、干上がりそうなのも事実だ。

 どうしたものか、と思案していると、三度目のソナー音が響いた。

 それは明らかに近づいているものであり、


「……デスヨネー」


 盗掘艇との望まぬ再会であった。

 イグニッションキーを回すと速攻でスロットルを開けていく。地力ではこちらが速いのだ。籠を後ろに引きずるような形で急発進した俺に気付いたのか、かくんと向きを変えた盗掘艇が目視代わりのメインモニターに相対表示される。

 峰岸が中身を書き換えたソフトウェアは狂気のマニアックぶりをいかんなく発揮し、盗掘艇のベースとなっているであろう深海艇を側面のサブモニターに表示する。

 衝角付き、ステルス機にも似た平べったい三角の機体は、


「骨董品だな、こりゃ」


 10年以上前に廃版が決まった深海艇だった。もちろん相手も棺桶に乗って潜るつもりはないだろうし、中身はいろいろいじられているだろうが、原型をとどめないほどの改造を施すのは気密性の問題からかなり難しい。

 峰岸に無限の資金を与えればやるだろうが、一介の盗掘業者にはちっとばっかり荷が重いだろう、というのが俺の見解だ。

 とりあえず逃げる。

 最悪は籠を切り捨てれば生きて帰れる。とりあえず籠を引きずったままでどこまでいけるかやってみますかね、とごちるとギアを切り替えて速度を上げていく。

 上昇角度は50°に近い。

 これ以上は急激な圧力の変化で深海艇がオシャカになる可能性があるので、相手のミサイルにロックされないように不規則蛇行しながら逃げていく。


「あークソッ、煙草くらいゆっくり吸わせろや!」


 だがしかし現実は無常。悪態をかき消すように室内に警報が鳴り響いた。

 それはつまりミサイルが発射されたことを示すもので、少なくともNFG-128(こいつ)の軌道計算だと当たると予測されているということだ。

 慌てて全力の回避行動を取るが、間に合う気がしない。いくら骨董品の盗掘艇だとはいえ、ミサイルの追尾システムが半世紀も前のものであると楽観できる度胸は俺にはない。


「最悪だーっ!!!」


 俺は雄たけびと共に資源の入った籠をパージした。

 暗黒の海に籠が解き放たれる。それはつまり、今まで深海艇の足を引っ張っていた重石がなくなったことを意味する。


「……っ!!!」


 強烈な加速のGを受けながら、水の抵抗によってギシギシと鳴る機体を無視して奥歯を噛みしめる。これで今回の潜航は完全な赤字だ。ミサイルの軌道から完全に外れたことで警報音が鳴りやむ。

 このまま地上(うえ)まで駆け抜けてやろうか、とレバーを握りなおしたところで、今度はソナーに異変。


「増援!? 回り込んでやがったか!?」


 それは俺を取り囲むように現れた、所属不明の深海艇(コバンザメ)の群れだった。

 完全に追い込まれた。諦めとともに灰だけになった煙草のフィルターを捨て、もう一本を取り出す。

 せめて沈没前に落ち着いて一服しようとライターに火をともす。


「……短波通信?」


 ジジジ、と煙草が焼ける音とともに見えたのは、盗掘艇からの通信を告げるものだった。


『こちらは君を包囲しているものだ。聞こえるかね?』

「聞こえてるよクソ野郎。さっさと退け」


 虚勢交じりの返答に通信相手はくく、と笑った。年季の入ったレコーダーみたいな声をしているのは、声紋を取られることを恐れてのことだろう。


『藻屑になりたくなければ大人しく言うこと聞くんだな』

「へいへい。何が望みだ? 代金もらえりゃピザくらいならデリバリーしてやるぞ」

『端的に言おう。君の機体が欲しい』


 告げる声は、下種な笑みを浮かべていることを連想させるウキウキ感満載だ。


「それで? 俺はどうなる?」

『目隠しはさせてもらうが、救命ボートに乗せて海上で放してやろう』


 そしてNFG-128はここに並ぶ盗掘艇の一隻となるわけか。まぁ金積めば裏ルートから仕入れることも可能とはいえ、ただでさえ馬鹿高い潜水艇だ。タダで手に入るならこの程度の交渉は厭わないってところか。

 もちろん、海上で俺を放すなんてのは嘘だろう。良くて苦しまないように銃殺。最悪そのまま海に放り出されて溺死だろう。いや、大差ないが。

 とりあえず、計器を操作しながら時間を稼ぐために話題を出す。


「降伏するとして、食料は?」

『中々話が分かるじゃないか。素直な人間にはサービスをやろう。飲み水と固形食糧を1日分』

「いやいや、流石に1日はないだろう。どうせ救難信号も出させてもらえないんだろう?」

『当たり前だ。だがまぁ、(おか)からそれなりに近いところで放してやる。どんなに運が悪くても3日以内には見つかるだろうよ』

「じゃあ3日分くれよ。(ふね)一隻買うのに比べりゃ誤差みてぇなもんだろ」

『違いないな。良いだろう。飲み水と固形食糧を3日分。あとはお前の命ってことで』


 通信相手がそう告げるとともに警報が鳴りだす。


『妙な真似すんなよ。今、複数の船でお前のことをロックした。武装を完全解除して、エンジンを切れ。あとは俺たちが曳航してやる』

「ありがたいサービスで。とりあえず閃光弾出す。そのあと、音響? よく分かんねぇけどビーって音がするだろうけど、間違ってミサイル撃ち込んでくんなよ?」

『了解だ』


 ブツリ、と無線が切れたことを確認し、俺はマズルから閃光弾をすべて射出する。不発のまま沈んていく単価1万2000円の球体たち。

 続いて、充電(チャージ)を続けていた音響兵器を起動させる。


 ――――ッッッ


 音というよりも振動の塊。

 それが放たれると同時、もう一度無線通信が入る。


『今のが音響か? どういう兵器だ?』

「ウチの技師が船バカなんだよ。ソナーをかく乱するとか何とか言ってたが、正直分からん」

『そうか。エンジンを切れ』


 言われた通りにエンジンを切ると、盗掘艇からワイヤーが伸ばされる。海中でゆらりと傾ぐそれが取り付けられる。エンジンを切っているので俺はアームを使うことすらできない。

 暇なのでもう一服、と煙草に手を伸ばした。

 それに応じるかのように、NFG-128が軋みを上げた。

 そら来た(・・・・)

 俺はエンジンをいつでも掛けられる状態にして動向を探る。何しろ動力源はゼロ。予備電源まで切っているので本当に何の音もしない。


 瞬間。


 轟、と水が荒ぶった。

 音響兵器の鳴き声(・・・)を20Hzにしたことで、勘違いした大型の海獣が殺到しているのだ。

 ある海獣にとっては天敵。

 ある海獣にとっては仲間。

 ある海獣にとっては餌。

 それに殺到する海獣だが、その近くに盗掘艇のエンジン音(正体不明の何か)があれば、簡単に意識を向けてくれる。

 海獣にとっては気になって小突いた、という程度でも、型落ちの盗掘艇ならば中破・大破という結果になる可能性は十分にある。

 エンジンを切ってるので無線で慌てる盗掘者たちを楽しむこともできないが、少なくとも異常に気付いたらしい盗掘艇が俺をパージして逃げ出す。


「バーカ。エンジン噴かすなんぞ、アピールにしかなんねぇんだよ」


 せせら笑う俺の声がダメ押しになったのか、暗い海中に光が生まれた。

 海獣の接近に耐えきれず、ミサイルか閃光弾か、その辺りを使ったのだろう。これも悪手だ。知性ある海獣に攻撃を仕掛けること、それはすなわち、敵として認定されることに他ならないのだ。


「さあ死ねほら死ねすぐに死ね」


 けけ、と笑いながら煙草の灰を落とした。

 それから、海獣の作る水の流れに任せて揺蕩う。

 がん、ごん、と海獣だか盗掘艇の残骸だかが船体に当たる音がする。俺だっていつ死ぬかは分からないが、少なくとも盗掘者に身をゆだねるよりはいくらかマシだろう。何せ海獣たちには国籍も立場も関係ないのだから。


「しっかし、石坂さんにどう説明したもんかね……」


 暗い海の中、洗濯機のように乱回転を繰り返しながら俺は必死に言い訳を考えていた。

 エンジンを掛けたのは、それから7分後――何となくきりもみ回転がなくなり、塗りつぶすような静けさが戻ってからのことであった。


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