二日目 ???
「全く困ったものですね。あの方も」
島の西部の森の入り口に当たる場所で、アスタロトは一人溜め息をついていた。
彼の頭の中は、儀式に参加するべきでない一人の青年の事についてで埋め尽くされていた。
なぜあの者がこの島の、この儀式に介入してきているのか。
アスタロトは直立不動のまま、朝日を受けて考える。
「なーに思い悩んでるんだか」
そんな時、横合いから拍子抜けするくらい甲高い声が聞こえてきた。
アスタロトが顔をそちらへ向けると、そこには一人の女らしきものが立っていた。
グラマラスな女性らしい体型と、長く乱れた髪は持ってはいるが、アスタロトは対照的な赤黒い色に全身が染まっていた。毒々しいほどの紅蓮を持つその女らしきものは、楽しそうに腰を振りながら近づいてくる。
「ネビロス、あなたは儀式場内での待機の筈ですが?」
「いやー今回はなんかいつもと違う感じじゃん? だから命令に従順なあんたがどんな顔をしているのか見に来たんだけど、案の定困ってるみたいだし」
「当然です。儀式中に、参加者以外で人間が立ち入るなど、前代未聞なのですから」
溜め息混じりにアスタロトは答える。
「そもそもなんで止められなかったのよ。関係者以外は寄せ付けないよう、結界張ってるんでしょ?」
「だからこそ、こうして困っているのですよ。今儀式内にいる、本来いるべきでない人間は、結界を突破出来る力があるという事です」
「……マジで言ってる? ぷっ」
ネビロスと呼ばれた女は、少し堪えるようにした後、腹を抱えて大声で笑い出した。
「ないない! ありえないから! ただの人間が、仮にも私達の上官が仕掛けた結界を突破出来る訳ないじゃない!」
馬鹿馬鹿しいといった感じで笑うネビロスに対し、アスタロトの表情はいたって真剣かつ、深刻なものだった。
「実際突破してるではないですか。つまり、彼はただの人間ではないという事ですよ」
「ははははは……へぇー」
唐突に笑いを止め、今度はにやりと不敵に口元を緩めるネビロス。
「じゃあ、どんな人間だっていうの?」
「……私の推測の域を出ませんが、彼はおそらく、王の血を引いています」
ネビロスは僅かに表情を強張らせる。
「何言ってんのよ。王の血を引いた奴ならもういるでしょ? いるからこそこの儀式が行われてるんじゃない」
「私が言っているのは、この儀式の王候補ではなく、あくまで王の血を引いた人間だという事です。お忘れですか? 王の血は時代が流れるにつれ拡散していくのですよ」
「……あっそ。そこまであんたが言うなら、確かめてやってもいいかもねー」
ネビロスは長い髪を翻し、元来た道を戻りだす。
「何をするつもりです」
背後から呼び止めたアスタロトの声には、微かに焦りに近いものが混じっていた。
しかしネビロスは飄々とした態度を崩さず、片手だけ振って答える。
「お仕事の準備だし。今日はあのサルガタナスちゃんが頑張るみたいだから、それの観戦も兼ねてね」
そう言った直後、全身紅蓮に染まった女ネビロスの姿は、フッと虚空に消え去った。
再び一人となったアスタロトは、また大きな溜め息をついて、愚痴をこぼす。
「早く脱出したいと願って欲しいものですね。でないと報告で上官の機嫌を損ねてしまいますので」
そうしてアスタロトは森の入り口を塞ぐ銅像のように、直立不動の姿勢のまま、固く口を閉ざした。