二日目 午前七時~ 3
「なんかまずくない? タダヨシ」
ルナが一眼レフのレンズを覗き込みながら、怪訝そうに呟いた。
「あぁ、そうだな」
と、タダヨシが返事をしたその時、屈強な体付きの人型のなにかがこちらへと体の向きを変えた。
「……っ」
息を呑み、拳銃に手をかけるタダヨシ。
興味を示したように、ゆっくりながらも足を進めだす奴の体が、近づいてくるにつれて外からの光を受けてはっきりと見えてきた。
頭は麻袋のようなものに丸い目が二つ描かれたような単純なものだったが、首より下は岩と見間違えるほど隆起した筋肉の塊で作られた巨体だ。そして両腕両足、そして背中にあるものを装備してある。
「ルナ、何を身に付けてるか分かるか?」
タダヨシが声量を下げて尋ねると、ルナは一眼レフのレンズを再度覗き込む。
そして声を震わせるようにして答えた。
「右手にギロチン、左手に縄、背中に背負ってるのは岩と……樽? 後腰の両側に針みたいなのが何本もついてるし……」
「ちょっと待て、今なんて言った?」
物騒な単語が幾つも聞こえてきたような気がして、タダヨシが思わず聞き返す。
それとほぼ同じタイミングで、その物騒な道具を背負った大男が、右手を背中へと動かした。
(確か背中には岩があるとかルナは言っていたな……ん?)
不吉な予感に、タダヨシはゆっくりと腰を上げ、手を掴んでいた金髪女に立つように促す。
さすがに危険な空気を感じ取ったのか、金髪女も今ばかりは大人しく命令に従って、綺麗な金髪を揺らしながら立ち上がってくれた。
「え、ちょっと、まずいまずい……!」
ルナが見る見る顔を青ざめながら、焦った様子で体を振るわせる。
「どうした?」
「あいつ、岩に手を伸ばしてる……」
それを聞いて、タダヨシはいよいよ悪い予感が的中した事を悟った。
「岩、すごい大きい岩掴んで、あ、振りかぶってる……!?」
「っ、走れ! 逃げろ!」
タダヨシの声を待たず、大男は次の瞬間物凄い勢いで腕を振り下ろし、砲丸の如き速度で岩石をタダヨシ達めがけて投げつけてきた。
それはタダヨシ達の手前の足場に直撃し、轟音と共に粉砕された岩の破片が四方八方に飛び散った。
「ぐっ!」
「きゃあああ!」
エアガンのショットガンを至近距離でも喰らったかのように、散弾と化した破片がタダヨシ達に降り注ぐ。
ルナとアナは後ろに半ば倒れこむようにし、タダヨシは身を屈めてなんとか直撃は免れた。
「っ、あの女は!」
岩の爆散が止んで顔を上げると、タダヨシ達のいる場所から少し洞窟の入り口に戻った辺りのところに、金髪女が倒れているが目に入った。
着ている服の一部が破れ、点々と赤い鮮血が滲んでいる。破片を直に喰らったようで、起き上がろうとしているが体を震わせるだけで苦しんでいる。
「くそっ!」
タダヨシは立ち上がって金髪女に駆け寄る。
「しっかりしろ、おい!」
体を揺らすと、金髪女は歯を食いしばりながらゆっくりと体を起こした。幸い頭部に怪我をしている様子はない。
「く、ぅ……っ!」
と、立ち上がろうとしたところで彼女が顔を露骨に歪め、背中を押さえた。
背中には計三つの破片の直撃による傷が出来ていた。怪我自体は大きくないが、破片が突き刺さった痛みは相当な筈だ。
「タダヨシ、危ない!」
「!」
ルナの叫びに、タダヨシはハッとして振り返る。
その瞬間、彼の視界には、自分と金髪女に向かって飛来してくる、一際大きな岩石が映った。
「しっ……!」
間に合わない、タダヨシはそう直感して金髪女の上に覆いかぶさって岩から守ろうとする。
だがそれよりも速く、洞窟内に岩石が着弾する爆音が響き渡った。
「タダヨシ!」
悲鳴に近いルナの声も掻き消しながら、砕けた岩の破片の雨が、再び周囲に猛威を振るう。