二日目 午前七時~ 2
「これ以上好き勝手はさせない、大人しくしろ」
「くっ……」
組み伏せられた金髪女は、尚も敵意ある視線をタダヨシにぶつけてくる。
(さっきアナが聞いた音は、この女が近づいてきた音だったのか?)
おそらく歩いている際に落ちていた小石が当たって深みに落ちた音だったのだろう。
「タダヨシ!」
その様子を傍で見ていたルナが駆け寄ってくる。
「この女……!」
自分を攻撃してきた女を見て、ルナの表情に怒りに近いものがこみ上げる。
ルナと奥にいるアナに気付き、金髪女は顔をしかめる。また攻撃しようとしたのだろうが、右手をタダヨシによって押さえられ、手の平は洞窟の天井へと向けられている。仮にここであの見えない衝撃を撃っても、彼女自身が怪我をしてしまうため、使うのを渋っているのだろう。
(まずいな、俺だってそうだが、ルナ達はこの女にいい印象は持ってない。この女が錯乱して暴れられたらさらに困る。気に障らないよう、上手く説得しないと……)
この至近距離であの見えない衝撃を喰らえば、致命傷は免れない。
今後のためにも、この金髪女はなんとしても落ち着かせて、仲間にしたい。
タダヨシは一度大きく深呼吸をしてから、金髪女の目を覗き込むようにして見つめる。
「な、何よ」
「前も言ったが、俺は島から脱出するつもりだ。儀式に巻き込まれたお前や、他の女達も助けてな」
「無理に決まってんでしょ! こんなとこに誘拐して連れてくるような奴等なのよ!? まともじゃない! 変な犬女だってどこかにいるし、あいつ等に言われた通り、自分以外の人間を殺さないと島の外に出る事なんか出来ないのよ!」
彼女はアスタロトの言った事に従おうとしている。島を脱出したいという気持ちはルナ達と同じだが、そのために取ろうとする手段が違うのだ。それは儀式を仕掛けた人間達に逆らうより、素直に他の女達を殺した方が自分のためになると、彼女がこの異様な状況の中で出した結論なのだろう。
「……仕方なくやってんのか?」
「当たり前でしょ!」
「そうか、島を出るためなんだな。安心した」
「は?」
「殺したくて殺そうとした訳じゃないって事に安心したって言ったんだよ」
タダヨシの言葉に、金髪女は一瞬顔をきょとんとする。
「殺す気、だったに決まってんでしょ!」
「それも仕方なくだろ? この島から出るための」
「……っ、えぇ」
「なら俺達と目的は同じな筈だ、だったら協力してくれないよ」
「そんな事して、確実に島から出られる訳じゃないのよ!?」
必死な形相で叫ぶ金髪女。彼女は確実に島を出られる方法を優先したいのだろう。だから成功するか分からない他人との協力より、他人を殺して儀式を仕掛けた人間に島から出して貰う事を選んだのだ。
「……じゃあ聞くが、お前を誘拐した奴等をお前は信じるのか?」
「え?」
右腕を引っ張り、彼女の体を引き寄せるタダヨシ。
鼻と鼻が触れるぐらいの距離まで顔が近づき、金髪女のみならず隣で見ていたルナまで慌てた表情を見せる。
タダヨシはそんな事いざ知らず、真剣な眼差しで金髪女に語りかける。
「お前が他の女を殺して最後に残って、お前を助けてくれるって保証があるのか?」
「ないわよ! でも、それ以外に方法が……」
「だから探すんだよ。当てにならない奴等に頼るぐらいなら、自分で確実に脱出出来る方法を探した方がいいとは思わないか?」
「そんなの、無理よ。私一人じゃ……」
「だったら、俺達と探せばいい。俺は儀式に参加させられた女全員助けるつもりって言っただろ? だからお前も助ける。ほとんど初対面で言うのもなんだが、お前を誘拐した人間より俺の方を信じてくれ」
タダヨシの切実な願いに、金髪女は威勢良く言い返しもせず、息を呑む。
「とりあえず、名前だけでも教えてくれよ。俺はサエダタダヨシだ」
金髪女の目から敵意は消えないが、先日のような明確な殺意はほとんど失われていた。
どう答えようか悩むように、きょろきょろと目を忙しく動かした後、金髪女はタダヨシから顔を逸らし、目だけを彼の方へ向けて、ゆっくりと口を開く。
「あ、アサ……」
と、その時だった。
ごりっという、何か硬いものを踏み潰すような音がタダヨシの鼓膜を震わせたのだ。
「っ!?」
タダヨシは咄嗟に顔を上げ、辺りに視界を向ける。
ごりっ、ごりっ、とその音は断続的に、だんだん大きくなっている。
「た、タダヨシさ、ン!」
そんな中、アナが何かを指差すようにして、珍しく大きな声で叫んだ。
「どうした?」
釣られるように、タダヨシやアナ、金髪女もアナが指差した方へ顔を向ける。
そこには幾つもの段差を挟んだ、タダヨシ達がいる位置とは反対側、数メートル下の場所に人影が見えた。
否、人というにはあまりに屈強な体付きだった。腕、胴体、脚といった、頭以外の部分が全て丸太のように、張り裂けそうなほどの太さを誇っていた。三食ステロイドを摂取したとしても、あそこまで筋骨隆々になるのだろうか。
その装甲のような筋肉の上には無数の何らかの道具が装備されていて、物々しい雰囲気を放っている。距離が遠くても、その威圧感が肌で感じ取れる。
そしてそれはのっそりと歩いており、足を出す度に岩の地面がそれの重みに耐え切れず砕ける音が洞窟内に響き渡っていた。
「なんだ、あいつ……」
明らかに女ではない、儀式のために連れてこられた人間とは到底思えない。人型をした何か別の生き物にさえ見える。
その人のような何かは、遠くにいるタダヨシ達の存在に気付き、顔をゆっくりとこちらへ向けてきた。
マジックで塗りつぶされたような、大きく単純な丸い二つの目が、ぎろりと赤く輝いた。