二日目 午前七時~
その辺に生えた口に出来る野草の貧相な朝食を終えた後、タダヨシはルナやアナを引き連れて、昨日見つけた洞窟の中に足を踏み入れていた。
ゴツゴツと硬く突起物の多い地面は歩くのだけでも一苦労で、中々距離を進める事が出来ない。左手には数メートルの落差のある段差が出来ていて、踏み外せば怪我してもおかしくない危険な場所であった。幸いタダヨシ達の歩いている場所は右手には岩の壁があり、歩ける幅も広いため、転落する危険性は低いのだが。
睡眠で幾分体力を回復したとはいえ、ルナやアナも歩くのに苦戦しており、予想以上に洞窟探索に時間がかかってしまっている。
三十分ほど歩いてから、タダヨシは滴る汗を拭って足を止め、周囲を見渡す。
「それにしても、広いな……」
自然に作られたものなのだろうが、かなり広大な空間だった。所々段差もあり、それが隆起してデコボコな地形のせいで近づくまで気付きにくく、一歩踏み外せば数メートル下に落下といった危険な場所も多くある。
「立派なもんね」
ルナが驚きと若干の好奇心を目に宿しながら、カメラを構える。
その後ろからアナがきょろきょろと辺りを見回しながらついてきている。
「大丈夫か? 少し休むか?」
「私は平気よ」
「大丈夫、でス。まだ……」
とはいえ、二人の顔には多くの汗が浮かび、早くも疲労が見られる。
まだ出口も見えない、となると道のりは決して短くない。
ここは時間をかけて、適度に休みを取って体にかかる疲労を少しでも減らした方が、後々のためにもいいだろう。
「?」
と、アナが足を止めた。
「どうした?」
「何か、音が、しませンでした?」
アナに言われ、タダヨシとルナは耳を澄ますが、
「いや、俺は聞こえない。ルナはどうだ?」
「私も。どんな音?」
「……ごりっ、ってかん、ジ」
何か嫌な予感を思わせるような音の表現だった。
「石でも落ちたのかな」
ルナが若干声量を弱めて言う。彼女もまた不穏な空気を読み取ったのだろう。
「……さぁな」
タダヨシは周囲に目を凝らすが、音の原因らしきものは見当たらない。
「分からないな。まぁ気にしてたらきりがない、とりあえず注意して進むぞ」
そう言って三人は再び足を動かす。
「外からの光も小さくなってきたな。結構な長さがありそうだ」
「ちゃんと出口あるのか、心配になってきたかも」
「風が吹いてきてるから、大丈夫だとは思うがな」
確信もないが、とタダヨシは付け加える。
「わっ」
と、アナが凸凹した地面を踏みつけ、バランスを崩した。
それを見たタダヨシが、素早く体を動かして彼女が倒れるのを防ぐ。
「あ、ごめ、ン……」
「無理すんなよ。とりあえず座って休め。左腕がまともに使えないんだからな」
手当てしているものの、アナの左腕の怪我は酷く、動かすだけでも痛みが出るようで、実質アナは右手しか使えない。無理して歩かせて転倒すれば、さらなる怪我を招きかねない。
「分かっ、タ」
アナは静かに頷いて、その場に腰を下ろそうとするが、
「……いや待て」
そのアナの右腕を掴んで、動きを止める。
「どうかしたの?」
端からそれを見ていたルナが、首を傾げて尋ねてくると、タダヨシは返事代わりにアナを引き起こして、
「……あそこで休もう。岩陰で日差しも遮っていて、涼しいだろうからな」
そう言って数メートル先にある進路の一部に張り出た岩肌を指差す。
「別にいいけど、どうして?」
「ん、そういう気分なんだよ。行くぞ」
ややぎこちなく返事をし、タダヨシはルナ達を急かして早歩きで進む。
回り込んで岩陰に二人を座らせると、タダヨシは目の色をキッと変えて、硬い岩肌に背をつける。
「どうかしたの?」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったか、ルナが不安そうに尋ねてくる。
それをタダヨシは口元に指を立てて、静かにするようにジェスチャーをして返す。
そして岩陰から僅かに顔を出し、自分達がやってきた道の方を覗き込む。
「……今度こそ」
タダヨシは視界に映るあるものに対しそう声を漏らし、強く拳を握り締める。
そのあるものは徐々にこちらへと近づき、後一メートルほどという位置にまで近づいてきた。その間タダヨシは一言も言葉を発さず、息を潜めていた。
ゴクリと唾を飲み込み、次の瞬間、タダヨシは勢いよく岩陰から飛び出す。
「えっ!?」
と声を漏らしたのは、近づいてきたあるものであった。
タダヨシは怯んだあるものの腕を掴むと、そのまま流れるような動きで地面に組み伏せる。
「くっ……!」
「悪いな、気付いてたんだ」
そう声を発するタダヨシを、硬い地面の上に倒されながらも強い敵意を持ってあるものは睨みつけてきた。
「今度は大人しくしやがれよ」
「……うるさいわね」
それは昨日タダヨシとルナを、右手から放たれる見えない衝撃で奇襲してきた、ウェーブのかかった金髪を持つ女であった。