一日目 午後5時~ 2
数十分後、アナの着ている服を上下共に不完全ながらも乾かし終わり、ルナに呼ばれてタダヨシは木の陰から腰を上げ、二人と合流する。
「じゃあ状況整理といくか」
そう言ったタダヨシの態度はどこかぎこちなく、礼儀正しく正座をしているアナはもじもじとしてなぜか若干頬を赤らめていた。
それを見たルナが、軽く溜め息をついて口を開く。
「謝ったら?」
「ん? なんでだよ」
「少女の裸を見たんだから、当然でしょ?」
ルナの正論にぐっ、と言葉を詰まらすタダヨシ。
池に戻ってきた時、ちょうどアナは服を乾かすために脱いでおり、上半身裸の状態であった。
事故的にもタダヨシはそれを目撃してしまい、とりあえずアナが服を着るまで木陰に隠れ、今に至る。
タダヨシがアナへ目を向けると、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……悪い」
短く謝罪すると、アナは軽く頷く。
それを横でルナはにやにやと見つめていた。
「なんだよ」
「いい画だなって」
ルナはそう言うとカメラを構えてシャッターに指を掛けようとする。
「おいやめろ、こんなのまで撮るな」
レンズを手の平で覆ってカメラを下ろさせようとすると、ルナは両手を上げてそれを避けた。
「分かったって。冗談だよ」
くすくす笑うルナ。
その様子を見てタダヨシは少しだけ不安感を覚えた。
恐怖に押しつぶされるよりはいいが、あまり緊張感がないのもどうかと思う。もしかすると孤立していた状態からタダヨシとアナという行動を共にする人間が出来て少し安心感がルナの中に沸いているのかもしれない。
そしてそれはアナも一緒かもしれない。適度に気持ちが落ち着くのは構わないが、油断を持つとこの島では何が起きるか分からない。急に襲ってくる金髪女だって、まだ近くにいるのかもしれないのだから。
ここが異様な場所だと再確認させるために、タダヨシは表情を強張らせて話題を切り替える。
「で、本題に入るが」
その雰囲気の変化を感じ取ったか、ルナとアナの顔も自然と引き締まった。
「辺りを散策してたら、大きい洞窟を見つけた。風が吹き抜けてきてたから、どこかに繋がってる可能性が高い。この辺はもう森しかないみたいだし、思い切って洞窟の中を進んで残りの儀式の参加者を探したいと俺は思うんだが、お前等はどうだ?」
「んー、でも金髪の女はいいの? 置いて行っちゃう形になるけど」
「そうなんだが、島がどんなのか把握したいってのもある。でも一緒に行動する以上、俺の一存じゃ決められないからな。だからお前等の意見を聞きたい」
そうね、とルナは顎に手を当てて考える。
アナを見ると相変わらずもじもじとしている。
まだ会って数時間も経っていないのだから、そういう態度になっても無理はないか。
「アナ、お前はこれからどうしたいか言ってくれ。全部受け入れる事は出来ないかもしれないが、意見に沿った行動指針を取りたい」
「あ、え、……」
「言葉が難しかったか?」
「はい……コウドウシシ……?」
「要はこれからどうするかって事だ。お前もこの島から脱出したいだろ?」
「はい……」
「それは俺達だってそうだ。ただ、儀式によると一人しか助かれないらしい。俺は自分から島に来て巻き込まれたからよく分からんがな。俺は儀式なんて無視して、巻き込まれた人間全員と合流してこの島から脱出するつもりだ。アナ、お前はどうしたい?」
私は、と呟いて、アナは顔を俯ける。
それに代わるように、ルナがタダヨシの肩を小さく叩いてから、意見を述べた。
「私はタダヨシについていくわ。他にどうしようもないし、殺し合いなんてしたくないからね」
「そうか」
「でも」
と言葉を区切って、ルナは目の色を変える。
「あの金髪女とは、あまり一緒にいたくない。私やタダヨシを殺そうとしてきたのよ? そんな奴を助けるっていうのは……」
不機嫌さを顔に露にするルナ。
その考えもしょうがないか、とタダヨシは顔をしかめる。
金髪女が儀式に参加させられた人間だとしても、彼女がタダヨシやルナに対し明確な殺意を抱いていたのは確かだ。目的は不明だが、彼女は錯乱していた。
(あの女が俺達を殺そうとしたのは、島から助かるためか?)
儀式は最後に生き残った女だけが島から脱出出来るらしい。なら彼女は自分が助かるために仕方なく、必死に他の誰かを殺そうとしているのかもしれない。それ以外に初対面のタダヨシ達に殺意を抱く理由が見つからない。
そうだとしたら、そんな彼女を見捨ててもいいのだろうかという疑問が、彼の頭の中に浮かぶ。
しかしルナが金髪女に対し警戒心を持つのも当然だ。自分を殺そうとした人間と行動を共にするなど、居心地がいい訳がない。
「アナも……」
と、アナが珍しく自分から口を開いた。
「アナも、そんな人とは、あまり、一緒に、いたくな、イ」
「……そうか」
二人がそう言うなら仕方ない。
タダヨシは一度息を深くついて、結論を下す。
「ならとりあえず俺達だけで、明日洞窟に入る。危険かもしれないが、俺はペンライトを持ってるから少しは安心だろう。それにもし敵対する人間が出てきても、森の中より隠れられる場所もあるだろうしな」
「それが一番妥当だと思うよ。他にいい案もないし」
「それで、いい、でス」
「……よし、そうするか」
二人の承諾を得ると、タダヨシは立ち上がり、集めてきた薪代わりの木の枝を地面に撒く。
「今日はここで野宿するぞ。どうせ安全な場所も無い、ここには食える野草も自生してるみたいだし、夜は俺が見張りをする、それでいいな?」
「見張りって、あんたいつ寝るのよ」
「しょうがないだろ、お前等の方が傷ついてんだから」
ルナは右腕、アナは左腕にそれぞれ深い怪我を負っている。出来れば寝れる時に寝させて、少しでも体力を回復させて貰った方がありがたいとタダヨシは考えていた。
「俺は、まぁ、ハードワークには慣れてんだよ」
本当は睡魔がそろそろやってくる頃だと薄々不安に感じているのだが、自分以上につらいであろう彼女達にそんな事を伝えて気遣ってもらいたくはない。彼なりのプライドのようなものだ。
だが、
「駄目よ、そんなの」
ルナはあっさりと彼の意地を拒否した。
「あんたに倒れられたら私、不安でしょうがない。また敵が来た時、まともに戦えるのはあんただけだし、私もアナも怪我してるから、せめてあんたには怪我して欲しくないの」
「……また無茶言ってくれるな」
この島を傷一つ無く脱出出来るなどタダヨシは思ってはいない。なるべく大怪我しないようにとは心がけているのだが。
「アナはどう思うの?」
ルナに振られて怯むアナだったが、彼女もまたタダヨシの方へ顔を向けて、
「ルナさんと、同じ思いでス。私助けてくれたタダヨシさん倒れたら、つらイ」
ぎこちない言葉でも、その言葉にはアナの思いがちゃんと込められていた。
真剣な眼差しで見上げてくる二人に対し、タダヨシは言葉を詰まらせる。彼女達の言葉に甘えていいものかと。
「でもなぁ……」
「とにかく、見張りは何時間置きかで交代すればいいでしょ?」
「……」
肉体的にも精神的にもキツイ状態のくせに、よくそこまで頑張ろうとする事が出来るな、とタダヨシは半ば呆れるように溜め息をついた。
そして、
「……しょうがない、そうしよう。ただし俺は三時間でいい、睡眠しすぎると逆に後でしんどいからな」
「分かったわよ」
ルナの顔に笑みが戻る。アナも安堵したかのように肩を撫で下ろした。
「んじゃ焚き火の準備だ。火があれば少しはビビらせる事は出来ると思う」
それに拳銃も切り札として持っている、常に気を張っていれば、奇襲されてもなんとか迎撃出来るだろう。
今後の方針等々を決め終えた三人は、無事夜を越すための準備を開始し出す。
彼等の中には相変わらずこの島と儀式に対する不安と、自分達を襲う者達への恐怖とが漂い続けていたが、それを和らげる連帯感に似たものが、微かにだが生まれ始めていた。