一日目 午後5時~ 1
話によると、アナは東南アジアの小国から出稼ぎでやってきた少女らしい。年下かと思ったが実はタダヨシと同い年であった。本土の工場で安い賃金で労働しており、久しぶりの休みで出かけた際に誘拐されこの島に連れてこられたという。
これで儀式の参加者、または参加者の可能性がある女は全部で四人、ヤヨイ、ルナ、アナ、そしてタダヨシ達に敵意剥き出しで攻撃してきた金髪女。
ヤヨイと金髪女、そしてまだ出会っていない残り三人の女は行方知れずだが、ひとまず新たに共に行動する人間が出来ただけでも良い傾向だろう。
池のほとりで濡れたアナの体が乾くまで待機していたが、ルナもアナも疲労が酷く、日射の元これ以上歩かせるのは危険だと判断し、タダヨシは池に二人を休ませ、彼一人で周辺の探索をしていた。
とはいえ四方が木に囲まれている森の中よりは視界が広く安全とはいえ、手負いの女二人が武器を持たないままというのは危険だと思い、ほとんど遠くまで探し回る事は出来なかった。
「くっそ、そろそろ夕方か……どっちを向いても木しかねぇし」
この調子だと野宿する事になるだろう、タダヨシは薪用に地面に落ちた木々の枝を集めながら、さらに足を進めていく。
「ん」
と、行く手に突然大きな岩肌が見えてきた。葉のついた枝に隠れて近づくまで視界で捉える事が出来なかったのだろう。
その岩肌には穴が開いており、暗闇に包まれた奥へと続いているようだ。洞窟はかなり大規模なもののようで、もしかすると山の反対側にまで続いているかもしれない。
「どっちにしろ、このまま同じ景色を見続けるよりマシか?」
といっても、金髪の女もこの辺りにいると考えた方がいい。彼女も儀式の被害者だ、なら放っておく気にはなれない。
だが洞窟の向こう側にも、他の儀式の犠牲者がいるというのもありえる。この島を把握するためには、洞窟を捜索した方がいい。
「どうするか……」
タダヨシは冷たい風が吹き出てくる洞窟の入り口の前に立ち、腰に手を当てて悩む。
その時、近くで落ち葉が不自然に発生した風によって舞い上げられた。
音を聞き即座に体をそちらへ向けるタダヨシは、渦を巻く風に周囲の落ち葉が寄せ集められていくのを目の当たりにし、息を呑む。
そして一発弾の減った拳銃を取り出し、警戒心を強める。
「誰だ」
落ち葉は集まって人のような形になったかと思うと、直後内側から破裂し四方に粉々になって飛び散っていく。
その渦中に、数秒前までなかった筈の人影が、タダヨシにとって見覚えのある人間の姿があった。
「アスタロト……!」
タダヨシがその名を呼ぶと、全身青の異様な容姿と氷のように冷たく感情の感じられない顔を持つ、タダヨシが最初にこの島で出会った男は背筋を張って姿勢良く立った状態で、静かに口を開く。
「儀式の一部を体験していただけましたか?」
「何が儀式だ、ただ女を連れてきて殺し合いさせてるだけだろうが。下衆が」
「私は管理者のためなんとも言えませんが、少なくともあなたはこの儀式に参加する必要もなければ、参加してもらう訳にもならない人間です。今からでも、お望みならば島から出して差し上げますが」
ロボットのように冷たい彼の言葉に、タダヨシは眉をしかめて、
「じゃあ儀式に参加させられてる女達もみんな脱出させろ」
「それは無理です。あなたは特例として脱出する機会が与えられているだけであって、本来ならこうして私が儀式のエリア内にいる人間と話す事自体ありえない話なのです」
予想はしていたがつまらない回答に舌打ちをするタダヨシ。
「なら出てくんじゃねぇよ。俺一人でこの島を脱出する気は毛頭ない。このふざけた儀式を仕掛けたお前等の思い通りにはならねぇぞ」
「……困ったお方ですね。無知は怖いものです」
アスタロトはやれやれ、と溜め息をつく。
「ではご健闘を祈ります。あなただけならいつでも脱出させて差し上げますので、気が変わったらお呼びください」
「おい、待て! まだお前には聞きたい事があるんだよ! 儀式についてとか、他の女の居場所とか……!」
タダヨシが叫ぶも、突如辺りに発生した突風によって声は掻き消され、その最中アスタロト自身の影も巻き上げられた葉や土によって姿が隠され、治まった頃には目の前から消えていた。
「チッ、なにしに来たんだあの野郎」
冷やかしともとれる行動だったが、アスタロトはタダヨシだけならいつでも島から出してくれると言っていた。
本来儀式に関係のない人間だからという理由で、助けてくれるというのだろうか。
(いや、こんな場所用意して他人に殺し合いをさせる奴等が、そんな良心を持っているとは思えない)
タダヨシは拳銃を懐にしまい、洞窟を一瞥してから元来た道なき道を歩いて戻っていく。
結局今やるべき事は何も変わっていない。
儀式に参加させられた人間を助けながら、儀式を仕掛けた奴等を出し抜いてこの島から脱出する。そして後々本土の警察に奴等を捕らえてもらう。
改めて確認し、タダヨシはルナ達の待つ濁った池のほとりへと辿り着く。
「あ」
「ん?」
不意に聞こえてきたルナの声に、やや視線を落としていたタダヨシが何気なく顔を上げると、
「っ」
アナの濡れた服を絞って乾かすルナと、一時的に服を脱いで上半身を露にしてちょこんと正座をしていた穴の姿があった。