鼠花火のプロローグ
「僕はね、都会に行くんだ!」
ネズミは飛び跳ねながら言いました。
「あんなとこ行かない方がいいよ」
山猫はつまらそうに答えました。すると、ネズミは少しシュンとしてしまいました。
「どうして行きたいんだい?」
溜め息をつきながら、山猫はネズミに質問をしました。
「都会に行けば、安全でおいしい食べ物が食べられると、前に教えてもらったんだ!」
ネズミは顔を上げて、興奮した面持ちで言いました
「誰にだい?」
「キツネさんさ!」
山猫はキツネが嘘が得意なことを知っていました。
「それは騙されているんじゃないかい?」
「そんなことないさ! キツネさんはいいやつだからね!」
ネズミは楽しそうにその場をクルクル走り回ります。
「落ち着きなさいな」
山猫は大きな溜め息をつきました。
「じゃあ、都会に行くネズミさんに一つだけ大切なことを教えるよ」
「なになに?」
「『ニンゲン』には気をつけるんだよ」
「ニンゲン?」
「そう、ニンゲン。二本足で歩く大きな生物だよ」
「どうして、その『ニンゲン』に気をつけなきゃいけないんだい?」
「彼らは私たちみたいな生き物が嫌いなのだよ。出会ったらここには帰って来れないと思うんだよ」
山猫の言葉に、ネズミは大きく頷きました。
ネズミは夏の暑さが弱まる夕方に住んでいる森を出発しました。
セミの鳴き声が聞こえる暗い森を全力で走ります。
すると、ネズミの目にぼんやりとした白い大きな光が映りました
「あの場所だ!」
ネズミは飛ぶように街へと向かいました。
ネズミがついた街の通りには何もいませんでした。
道の左側には空き地、右側には灰色の大きな棒が白い光を照らしていました。
その灯りに照らされた黒い袋がありました。
ネズミは臭いをかぎます。これまでに嗅いだことの無い臭いです。
ここに山猫が言っていた「ニンゲン」がいるのか?
ネズミは恐る恐る袋の中に顔を入れると、そこには色々なものが入っていました。
しかし、そこには二本足で歩く大きな生物はいませんでした。
ネズミは少し安心して、適当なものを前足で触ってからかぶりつきました。
おいしい! 今まで食べたことがない!
ネズミは夢中になって、時間も忘れてお腹いっぱい食べました。
ネズミが目を覚ますと、袋の中には日差しが差し込んでいました。
昨日はご馳走を食べ過ぎて寝てしまったんだ。
ネズミは満足げに太陽にあいさつをします。
そしてネズミは、少し重たいお腹を気にしつつも、袋から飛び降りました。
「熱い!」
ネズミは飛び上がりました。なんと地面がとても熱いのです!
この道を行かないと、住んでいたあの場所までたどり着くことができません。
何度も足をつけますが、その熱さにネズミはすぐに飛び上がってしまいます。
熱い! 熱い!
ネズミはその場を走り回っていました。
同じ場所をぐるぐる、ぐるぐると。
そこでネズミは大きな影を見つけました。さっきまで無かった場所に。
ネズミは回りながらその影を見ると、どうやら二本足で立っているのです。
そこで山猫の話を思い出します。
『ニンゲン』だ!
大きな影はネズミに近づきます。ネズミは逃げることもできません。
そして『ニンゲン』はネズミを手の平の上に乗せました。
もう駄目だと諦めたネズミに、『ニンゲン』は何かを言いました。
しかしネズミにはその言葉の内容が分かりませんでした。
そして、『ニンゲン』は街の入り口にネズミを置いて、どこかへ走り去っていきました。
「よく帰ってこれたね」
山猫は驚いた表情でネズミを見ました。
「でも、あのときニンゲンはどうして僕を助けてくれたんだろう?」
「私にはわからんよ」
山猫は素っ気無く答えます。
「僕、確かめたいよ!」
「また都会に行くのかい? 違う『ニンゲン』に出会ったら今度こそ帰って来れないかもしれないよ」
山猫の話を聞いて、ネズミは黙り込んでしまいました。
それからというもの、ネズミは夜も眠れず、ご飯も喉を通らない日々が続きました。
そして、ある日の昼下がり。
「やっぱり気になる・・・!」
ネズミは住まいから離れ、もう一度都会に行くことを決めました。
「大丈夫! 今度もうまくいくさ!」
ネズミが寝床を出ると、そこには山猫がいました。
「やっぱりいくんだね」
「うん!」
「そうかい。ならば私も着いていくかね」
「本当に!」
「そんな『ニンゲン』がいるなら見てみたいものさ」
こうしてネズミと山猫は一緒に都会へと向かいました。
都会に着いたとき、日はもう落ちかけていた。
ネズミと山猫は『ニンゲン』に遭遇しないように、細くて暗い道を中心に歩きました。
途中、塀の上を二匹が歩いていると、小さい空き地がありました。
そこでは小さな『ニンゲン』たちが何かから逃げ回っています。
そしてその傍には、それを笑って見ている背の高い『ニンゲン』がいました。
「あいつだ! 僕を逃がしてくれたのは!」
「ふーん」
興奮しているネズミをよそに、山猫はその『ニンゲン』たちを観察していました。
少し時間が経つと、小さな『ニンゲン』が背の高い『ニンゲン』から何かを受け取りました。
そして、もらったものにマッチで火をつけました。
すると、『ニンゲン』はそれを地面に投げました。
まもなく、その物体は地面の上をクルクルと回り始め、好き勝手に動き回りました。
「あの地面のもの、君みたいだな」
「え? 何か言った?」
「いいや、何も」
山猫は少し笑って、ネズミと一緒に『ニンゲン』たちの様子を眺めていました。
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