表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ちーちゃんシリーズ

私とちーちゃん先輩とドッペルゲンガー

目の前に私がいる。

鏡ではない。

本当に私がいる。

いつも洗面台で目にする顔をして彼女は歩いている。

それを見て私が思い浮かべたのは「ドッペルゲンガー」だった。

ドッペルゲンガーは自分と同じ姿をしている分身のことを言う。

都市伝説によると、ドッペルゲンガーと出会ってしまった本物は、数日後に亡くなってしまうという。

私は数日後亡くなってしまう……

そう考えると、私の体が震え始めた。

私は思った。

彼女を消さなければならないと。

私は思った。

そうしなければ私が死んでしまうと。

私は思った。

だって、生き残るべきは「本物」なのだから。


「どうぞお茶です」

「どうも……」

先輩、ちーちゃん先輩はお客である私に熱い缶の緑茶を出した。

落ち着きたい私は、プルタブを開けて、ずずっと、それを飲んだ。

先輩は、長方形の机の私の向かいに座り、私が飲み終わるタイミングで話し始めた。

「で、僕に、このオカルト研究部にご相談とは一体どういう件なの?」

私は、彼女に会った次の日に、このオカルト研究部の部室を訪れた。(オカルト研究部なのに、部室が理科実験室なのは何故だろう?)

オカルト研究部は部員が先輩一人で現在は同好会扱いだ。

このちーちゃん先輩は、学校では有名で、「悩みごとならちーちゃん先輩におまかせ」と言われている。

特に、怪奇現象については、と。

その噂は、五月に転校してきた私の耳にも入る程広まっている。

聞いた当初は嘘だと思っていたが、今では逆にそうであって欲しいと願っている。

だって、死ぬのかもしれないのだから。

「実は……昨日、帰宅をしている最中に、その……私を、もう一人の私を目撃してしまったんです」

「なるほど。それは君の見間違いや、ただのそっくりさんである可能性は……」

「ないと思います」

彼は「なるほど」と腕を組み始める。

「君は、佐久間さんは、一体彼女のことを何だと思っているんだい?」

「私は、彼女を……ドッペルゲンガー、だと思っています」

不安している私はおどおどと返答する。

「そうだね。話を聞く限りはドッペルゲンガーなんじゃないかと僕も思ってる」

「やっぱり! そうなんですね!」

思わず私は立ち上がる。

それに対して先輩は「まだ分からないよ。慌てないで落ち着きな」と言い、私を椅子に座らせる。

「じゃあ……もしそれがドッペルゲンガーだとして、私は、生きるためにどうすればいいですか?」

「ドッペルゲンガーの被害者が生きたるためには、ドッペルゲンガーを殺す必要がある。つまり、彼女が本当にドッペルゲンガーなら、あなたは数日後に死ぬ。でも、彼女を殺せばそれを防ぐことができる」

私の中で、誰かが言う。

殺せと。殺して生き延びろと。

彼女を殺したい。そうしなければ、私は死んでしまう。

こうやって相談している間も、私の死期がどんどん近づいているのかもしれない。

早くしないと。

早くしないと、早くしないと。

早くしないと!

「佐久間さん、落ち着いて、目が血走ってるよ」

「え?」と我に帰ると、私は膝に乗せた両手でスカートを強く掴み、体を強張らせていた。

「すみません。ちょっと、我を失ってました」

「まあ、気持ちは分かるかもね。自分が死んでしまうことは、世の中で最も怖いことだしね」

先輩はそう言ってから、手元の缶コーヒーを飲む。飲んだ後に「そうだねぇ」とつぶやき、腕を組んだまま机に乗せ、机に向かって遠い目をする。

「そういえば、廊下で話しかけてくれたとき、転校初日から僕のことを聞いたって言ってたけど、君いつ転校して来たの?」

「ゴールデンウイーク明けに転校して来ました」

「ゴールデンウイーク明けか……」

そう言ってから先輩は頭の後ろに手を組み、斜め上を見つめる。

その後に、今度は、私のことをジッと見つめ始めた。

「それがどうかしたんですか?」

私は不安になって聞くと「なんでもない」と先輩は返した。

「佐久間さんって、もしかしてスポーツやってる?」

「え? スポーツですか? まあ、よく部活の助っ人を頼まれたりしますけど……」

「スポーツ女子なんだね。運動神経あるって、羨ましいなぁ」

「でも、なんでいきなり……?」

「君の手に、豆があるからさ」

私は自分の両手を見る。

そこには確かに豆があった。

ソフトボール部や剣道部に助っ人しに行ったときにできたものだ。

「今まで、どんな部活の助っ人をやったの?」

「ソフトボール、バスケ、テニス、バドミントン、卓球、剣道、フェンシング、ラクロスとかですね。あとサッカーですかね」

「本当に万能なんだねぇ」

先輩は腕を組み、頭を上下に振りながら、大げさに関心の態度を示している。

「ところで、勉学のほうはどうなの?」

「うっ!」

それはあまり聞かれたくなかった……

私は勉強がとても苦手なのだ。

「苦手……ですね……」

「へー、そうなんだ。意外だね」

「え? 意外って?」

「いや、君ってとても賢そうな顔をしているからさ」

そうかな? そんなこと言われたこと無かったが……

というか、話が本題からずれている。

私がここに来たのは、ドッペルゲンガーのことについて聞こうと思ったからだ。

「すみません。話戻していいですか?」

「ああ、ごめん。何か思い詰めてる感じだったから、気分を楽にさせようと思ってさ」

そうだったのか。

確かに、先輩もさっきから、何かを考えながら、話している様子だった。

先輩も先輩で色々と考えてくれているのかと思うとなんだか嬉しいという感情が引き起こされる。

「じゃあ、まず私、ドッペルゲンガーについて何も知らないので、説明お願いします」

「確かに、誰だか分からない人のせいで死ぬかもしれないのは嫌だもんね。分かった説明するよ。」

彼は缶コーヒーを飲んで、喉を潤してから話し始めた。

「ドッペルゲンガーは、実際にいる人の分身またはもう一人の自分が現れる現象を言うんだよ。

「『ドッペル』っていうのは、ドイツ語で『写し』って意味なんだ。

「 ドッペルゲンガーは様々な小説に登場して、主人公を困らせるのがお決まりの展開なんだ。

「君みたいにね。

「じゃあ、現実世界ではどのようなことをするのか。

「実は、江戸時代にドッペルゲンガーを目撃した人が突然病にかかって死んでしまった事件があったらしいんだ。

「これを江戸時代の人達は『影のやまい』と呼んで恐れていたんだよ。

「その他にも、アメリカ大統領のリンカンや、小説家の芥川龍之介も自分のドッペルゲンガーを目撃しているらしい。

「その後、リンカンは暗殺、芥川龍之介は自殺と、死ぬのに良い悪いがあるかどうか分からないけど、あるとしたら悪い死に方をしているね。

「でも、必ず死ぬってわけじゃない。ドッペルゲンガーを目撃したけど生きている人だっている。だから、早まって彼女を殺すのは間違っている。それは分かって欲しい」

先輩はジッと私の目を見つめる。

目で私に「殺人をするな」と訴えかけてくる。

なるほどさっきから私は彼女を殺すことばかり考えていた。でも、彼女がドッペルゲンガーだという証拠は無いし、彼女がドッペルゲンガーだとして、私が必ず死ぬ確証は無い。

そう、冷静になって考えてみると、私は殺人という人が最もやってはいけないことを平気で行おうとしていたのだ。

我ながら、気が狂っているとしか言いようがない。

先輩は切羽詰まった私を落ち着かせるためにお茶を出したり、話をそらしたりしてくれたのだ。

冷静になった私は先輩の訴えに応える。

「分かりました。私、冷静さを失っていました」

「分かってくれてありがとう」

彼は、胸を右手で抑えて、「ほっ」と息を漏らした。

やっと、冷静になった私を見て、安心したのだろう。

すると、

「キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン」

と、タイミング良くチャイムが鳴る。

「すみません。ご相談に乗ってもらって」

「いいえ、いいえ。そういう相談しかこの部活の活動が無いから大丈夫だよ」

「そういう怪異現象の相談ってよくされるんですか?」

「まあね。でも、結局ただの勘違いっていうのが多いけど」

「そうなんですか。それじゃあ、本当にありがとうございました」

そう言って、私が扉をガラガラと開けて帰ろうとすると、先輩は「そうだ」と呟いて私を見た。

それに反応して私も彼を見る。

「帰り道に気をつけてね。女の子が一人で帰るのは危ないからさ」

先輩は笑顔で言う。

それに私は「はい。分かりました」と言って、扉を閉める。

廊下はオレンジ色に照らされて、神秘的なものを感じた。

私が歩く度に、タッタッタッと、上履きの音が誰もいない廊下に響き渡る。

外からは部活をしている人達の声が聞こえてくる。

開いている窓から風が入ってきて、壁に貼っている紙がなびいている。

その中で私の教室の廊下側の壁に貼ってある紙が、今にも飛ばされそうで、心配した私は教室にあるセロハンテープを使って止めようと思った。

教室に入り、セロハンテープを探す。

先生の机を漁ると、様々なものが出てきた。

その中に、ゴールデンウィーク前に撮られたクラスの写真があった。

私の周りにいる女の子は皆可愛くて羨ましい。

おっと、今はセロハンテープだった。

すぐにセロハンテープを見つけ、それを持って廊下に出た。

そして、剥がれそうな紙を壁にくっつける。

その紙は半紙で、綺麗な文字が書いてあった。

その文字で、彼女の、この文字を書いた人の勤勉さや頭の良さが伝わってくる。

頭の悪い私とは正反対だな。

一度、どんか人なのか、顔を見てみたいな。

セロハンテープを教室の先生の机の上に戻し、私は昇降口に向かう。

その途中、職員室を通ると、中にちーちゃん先輩がいた。

ちーちゃん先輩は私のクラス担任の先生と話していた。

何の話をしてるのだろう?

気になったが、早く帰らないと先生に怒られるので、私は小走りに昇降口に行き、靴を変えて昇降口を出た。

昇降口の近くの駐輪場に知り合いの陸上部の男子がいた。

「よう」と言うと、「よう」と返してくれて、「今日の体育ありがとな! お前が助っ人で来ると助かるんだよ」と言ってきた。

それから軽く雑談を交わして、「じゃあまた明日」と言って手を振った。

彼も自転車に乗りながら器用に手を振って校門を出て行く。

彼が見えなくなってから、手を振るのを止め、私もスキップしながら校門に向かう。

いつものように校門を出て右に曲がり、西日に向かって進む。

今年も、異常気象で、梅雨入りしたのに午前中は猛暑で、それはクーラーの効いた教室内にいなければ、死ぬかもしれない程だった。

午後になると雲が出てきて、空を灰色に染め上げていった。

だから、今、この街の真上は灰色に覆われていて、西の向こう側だけオレンジの空が見える。

暑苦しかった太陽も落ち着いてきたおかげで、今はちょうどいい暖かさだ。

そんなことを感じていると、目の前に、おばあさんが杖をつきながら、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。

その途端、おばあさんの後ろから自転車がやって来て、おばあさんの隣を通過する。

その拍子に、おばあさんと自転車が軽い接触を起こしたらしく、おばあさんが倒れる。

私はすぐに駆けつけて「大丈夫ですか?」と声をかける。

「大丈夫ですよ」と応えるおばあちゃんには、大した怪我も無さそうだ。

ホッとした私の顔を見ておばあさんは言った。

「さっきもありがとうね」

と。

え? さっき?

何だか分からなかったが、話に合わせて「いえ、いえ」と私は返した。

まあ、おばあさんにとって、若い人は全員同じように見えるのかもしれない。たぶん人違いだろう。

そう思い、私はおばあさんを立たせて、「では、気をつけて」と言ってから、歩き始める。

やはり、良いことをすると気分が良くなる。

心が、天気とは逆に、どんどん晴れていくのを感じる。

そうとは限らないと分かっていても、「今日は、何か良いことが起こるんじゃかいか?」と考えてしまう。

そんなことを考えながら、私は斜め上を見て、口元を緩めながら家路を急ぐ。

私はこのときとても無防備だったように思える。

良いことがあると皆そうだろう。

中学生のとき、夏休み前に先生が「帰り道、気をつけるように」とよく言っていた。

そう言うのは、夏休みであることに浮かれて事故に遭うことが多いからだそうだ。

今の私はまさにそうだ。

完全に油断していた。

周りがよく見えていない状態で、何の危機感も無く、私は真っ直ぐ歩道を小走りで通行した。

そして、潰れてしまったタバコ屋がある十字路を右折する……と。


ブスッッッッッッッッッッッッッ!!!!!


と大きな音がした。

なんだろう?

自分の胸元を見る。

そこには、包丁があった。

包丁が……

私の胸に……

刺さっている……

その包丁を握っている、私の目の前にいるフードを被った人の顔を見る。

その人は私と瓜二つの顔をしていた。

まるで、それは鏡のようだった。

彼女のフードが濡れ出す。

ついに、雨が降り始めてしまった。

降り始める前に帰宅するつもりだったのに。

制服が濡れちゃった。

でも、今はそれどころじゃないか。

制服に大きな、大きな赤いシミができちゃったんだから。

天気と同じく、私の心にも雨が降り始めた。

心臓に至っては、血の大洪水だ。

今頃になって気づく、異変に。

そうか。何かおかしいと思ってたけど、そういうことか。

そりゃ、彼女も私のように殺さなきゃいけないと思ってしまうだろうな。

だって……彼女は……私の……





時は遡ること数十分前。

ちーちゃん先輩は、部室を軽く掃除してから、職員室に向かった。


「失礼します。オカルト研究部の佐久間です。顧問の先生に用があり来ました」

「はいはーい。ここですよー」

陽気な声が彼の耳に入る。

彼女の声には不思議な性質があり、聴き心地がとても良いのだ。

「どうしたんですかー? 私に用なんて」

「雪宮先生にお話したいことがあるんですよ」

彼の真剣な眼差しに、彼女の幼い顔も少し大人びた雰囲気をかもしだした。

「実は、うちの部に相談者が来まして」

「相談者……もしかして一年二組の佐久間さんですか?」

驚くべきことに、いきなり、何のヒントも無しに、相談者が誰だか彼女は当てた。

しかし、ちーちゃん先輩の顔に変化はなく、全く驚いてもいない、それどころか当てて当然と思っているようだった。

「やっぱり、薄々気づいていたんですね。彼女のこと」

「ええ。転校してきてから予感はしてきましたよ。オカルトマニアとしてですが」

「すみません。あまり周りに興味がないので、気づくことができませんでした。気づいていたら早めに対処していたのですが……」

「いいえ。彼女のことを伝えなかった私にも責任はあります。私もいくらか対策を考えていたのですが、上手いこといかなかったので」

彼女は、引け目を感じているらしく、ちーちゃん先輩からずらした視線はどこかおぼろげだった。

「で、彼女が相談者来たということは会ってしまったんですね……」

「はい、そうです」

「相談に来たとき、彼女はどんな感じでした?」

「ちょっとしたパニック状態になっていました。自分が死んでしまうのではないかと心配だったらしいです」

「まあ、普通はそうなりますよね……」

彼女は右手の指と左手の指を交差させ、うつむいてそれを見つめる。

自分の担当している生徒がこんな目に遭っているんだから、心配するのは当然なのかもしれない。

話が長くなると思った彼は、「お茶いれてきますか?」と提案した。

雪宮先生は「私がいれます」と言ったが、ちーちゃん先輩は「大丈夫ですよ」と言ってお茶をいれにいった。

彼女の150cmも満たない身長でお茶くむことは難しいと思った(つまり、子供扱いした)からだ。

職員室のすぐ隣にある給湯室に行き、彼はお茶を作り始めた。

彼にとって、お茶をいれるのは久々のことだった。というのも、今まではオカルト研究部によく顔を出していた後輩がやってくれたからだ。

でも、最近、彼は彼女と会っていない。

いつも会ってた子といきなり会わなくなるのは、彼にとって寂しいことだった。

やかんがボーッっと大きな音を立てる。

ちーちゃん先輩は火を止め、お湯をお茶っ葉の入った急須に注いだ。

そして、できたお茶を茶椀に注ぐ。

それらを乗せたお盆を持ち、職員室に戻る。

「はい、どうぞ」

「あー、ありがとー」

彼女は無邪気に微笑んだ。

さっきまで思いつめた顔をしていたので、彼はその笑顔を見て安心した。

「そういえば、なおちゃんってどうなりました?」

「うーん、彼女も結構深刻なんですよー。精神的な問題らしいですからねー」

精神的……か。

「あの子、真面目だから、思いつめやすいのかもしれませんし……だから、こんな事態を招いちゃったのかもしれません」

「もう一ヶ月ですか。なおちゃんが不登校になってから」

「ええ。何度も連絡を取っているんですけど、学校のことを話すと言葉を濁すというか、あまり、学校についての言葉を出したくないというか……」

「元気ではいるんですか?」

「話す限りいつもと変わらないですよ」

「なら良かった」とちーちゃん先輩は胸を撫で下ろす。

大型連休明けに、いきなり不登校になり、連絡も取れなくなった後輩がどうしているのか、彼はとても心配していたのだ。

「すみません。彼女の住所を教えてくれませんか? 会いに行きたいんです」

「いいですよー。プライバシーがどうたらこうたら言われるかもしれませんが、今回は特例です」

「ありがとうございます」

そう、今回は、「特例」なのだ。

こんな緊急事態なのだから。

雪宮先生は、生徒の名簿を開き、なおの住所をメモする。

「はい、これがなおちゃんの住所です」

「本当にありがとうございます。では、早速行ってきます」

彼は踵を返し、職員室の扉に手をかけたところで、「そういえば」と切り出す。

「先生のクラス、一年二組は今どんな雰囲気ですか」

「非常に明るいですよー。特に、佐久間さんがゴールデンウィーク明けに転校してからは」

「そう……ですか……」

「でも、良かった」

彼女は溜めてから、こう言った。

「なおちゃんを覚えててくれる人がいてくれて」

「忘れるはずありませんよ。なおちゃんの……佐久間なおのことはね」




あれ?

雨やら血やらでずぶ濡れになっている私は、そっと体を起こす。

なんで、生きてんの?

さっき私は刺されたはずじゃ……

自分の胸元を見る。

確かにそこには、大量の血が付着していた。

しかし、傷はもう無かった。

いきなりのことで驚いたが、私はすぐに冷静になった。

そう自分がこんなことがあってもおかしくない存在なのだ。

「おはよう」

私の後ろから男の人の声が聞こえる。

振り向くと、そこにはちーちゃん先輩がいた。

「もう分かったか? 自分が何なのか?」

傘をさして、左手をズボンのポケットに入れながら彼は聞いた。

彼はすでに気づいていたらしい。

いや、今まで気づかなかった私が馬鹿すぎたのだ。

いくらでも気づく機会はあった。

さっきもそうだ。

だって、なんで、ゴールデンウィーク後に転校してきた私が、ゴールデンウィーク前の写真に載っているんだ?

「はい、分かりました」

分かった。全て、分かった。

あの写真に載っていたのは私じゃない。彼女だったのだ。。

つまり、それが示すことは、私が……

「私がドッペルゲンガーだったんですね」




「どうぞ」

彼女は、佐久間なおは私とちーちゃん先輩にお茶を出した。

喉が渇いていた私は、それを飲むと、あまりの美味しさについ「おいしい」と口に出してしまった。

「あ、すみません」

「大丈夫ですよ。自分が入れたお茶を美味しいと言ってもらえると嬉しいですから」

彼女は、そう言ってから、お茶を口にする。

彼女も喉が渇いていたらしい。

あの後、私たちは彼女、佐久間なおの家を訪れた。なおさんは現在マンションで一人暮らしをしているそうだ。そこは最近できた街と同化していない高層マンションだ。

なんで、私たちがここにきたのか。 私たちが訪れた目的は話し合いだ。

彼女は殺人という危険で野蛮な対処を行ったわけだが、今度は、安全で健全な対処をしてもらおうということだ。

訪れる前、家に私たち(特に私)を警戒して家に入れてくれないかもしれないと心配していたが、いざ訪れてみると、簡単に家の中に入れてくれた。しかも、こうしてお茶まで振舞ってくれている。

ちーちゃん先輩がここに来た目的を話していたとき、彼女は前向きに彼の話を聞いていた。

「さて、じゃあ、話し合いに入ろうか」

切り出したのはちーちゃん先輩だ。

「まず、なおちゃんに聞きたいことがある。佐久間さんが何なのかある程度予想はついてるけど、それを確信にしたいからね。医者が患者の症状を聞くのと同じだよ」

なおさんは「分かりました」とうなずいた。

さっきまで、あんなことがあったのに、冷静だっのが私には驚きだった。

まあ、そういう私も、刺されて一度死んで、蘇っているという経験をしたばかりなのに、冷静なのだが。

「じゃあ、なおちゃん。なんでいきなり学校に来なくなったの?」

「ゴールデンウィークに悪夢を見たんです。その悪夢を見た後、体調不良が続いて、それが治らなかったので学校を休みました」

「なるほど。その悪夢っていうのは、どんなのだった?」

「わたしの嫌いなわたしの部分が全て現れる夢でした。例えば、運動が苦手なことを、あらゆるスポーツで失敗しているわたしの映像が流れるという風に表現されていました」

「そうか……で、体調不良と言ってたけど、今のなおちゃんは体調が良さそうに思える。いつ頃治ったの?」

「一昨日、彼女に会ってからです」

なおさんは私の方をみる。

「一昨日、気分転換のために久々に外に出たんです。そしたら、彼女に会って……驚きました。だって、自分と瓜二つの人がいるんですよ。しかも、わたしと同じ学校の制服を着ている。昨日は、学校に行きました。そしたら、私の嫌な部分がなくなった理想的な私がそこにいたんです。周りの人たちは皆笑顔でいる。それを見て思いました。もう私の居場所なんてないと。私なんて、いなくていいって!」

ドンッ、と彼女は机を叩く。今まで表に出さなかった怒りを我慢することができなかったのだろう。ハァハァと息も漏れている。

「ごめんなさい。いきなり……」

「大丈夫。気にしてないよ」

ちーちゃん先輩は一貫して冷静だった。

「なおちゃんの気持ちは分からなくないよ。僕だって、目の前に理想的な自分がいたら、嫉妬しちゃうからね」

少し間、三人とも口を閉じ、静かな空気が流れる。

この空気を壊したのは私だった。

「すみません。それで、なおさんに何が起こったのか……私が何者なのか分かったんですか?」

「ああ、分かったよ」

少し溜めて先輩は言う

「君は間違いなくドッペルゲンガーだ。だけど、普通のドッペルゲンガーとは違う。まあインフルエンザのA型、B型のようなものだよ。つまり、君はドッペルゲンガーB型だ」

先輩はそんなことを言ったが私には少し違和感があった。

「B型って……怪奇現象をそんな科学的に言っていいんですか?」

すると彼は「そうだった」と何かうっかりして伝えてなかったことを示唆した。

「言ってなかったね。実は、この世のことは全て科学で証明できるんだ。今、怪奇現象と呼ばれるものは「現在の」科学では証明できないだけで、「未来の」科学で証明できるんだよ。科学の進歩には限度があって、それは時代ごとに違うんだ。二十世紀のように大幅に進歩できる時代があれば、全く進歩できない時代もあるんだよ。だから、ドッペルゲンガーも今の科学で明かすことはできないけど、未来の科学で明かすことができる。だから、科学的にドッペルゲンガーを表現しても大丈夫なのさ」

それでも私には疑問が残っていた。

「でも、なんでそんなこと、ちーちゃん先輩に分かるんですか? 時代ごとに科学に限度があるとかそんなの現時代の人に分かるわけないじゃないですか」

私の反論に先輩は驚いた表情をする。

私だってそれくらいの頭はありますよ……

「いや、そんな顔しないで。そうだね……実は僕の知り合いでこれを解き明かした人がいるんだよ。まあ、お偉いさんとかは認めなかったけどね。たしかに、僕には理解できないことさ。でも、僕はその人を信じたいんだよ」

先輩はとても深慮な顔をした。その顔からはどこか寂しさも匂わせていた。

なるほど、私も先輩を信じたいから、理解できなくても、そうだと納得するしかない。

そうか。だからオカルト研究部の部室が理科実験室なのか。

「それでそのドッペルゲンガーB型とは何なんですか?」

なおさんはちーちゃん先輩に聞く。

「ドッペルゲンガーB型はA型より厄介だ。本当にインフルエンザみたいだね。B型の症状は君の体験した通りさ。まず初めに悪夢を見る。その悪夢っていうのは感染者自身直したいと思う部分を引き出すんだ。そして、それらを直してできた感染者の偽物……といより感染者にとっての完全体を作り出すんだよ。でも、ドッペルゲンガー自身、自分がそういう存在であることを自覚していない。ドッペルゲンガーはただ普通に生活しているつもりだけど、その間に乗っ取りが進行しているんだよ。感染者が死ねばドッペルゲンガーは感染者に取って代わることができる。だから、ゴールデンウィークの後に体調不良になったのもその一つだね。もしそれが治った場合、ドッペルゲンガーは君を殺しに来る。いや、これは感染者に代わりたいからドッペルゲンガーが殺しに来るというより、ドッペルゲンガーは感染者を殺すように誘導されていると言ったほうが正しいかな」

「じゃあ、そこにいる彼女が私を殺そうとする可能性も……」

彼女は鋭い眼光で私を見てくる。恐怖に対する威嚇である。

「ないとは言えない。でも、ある程度潰しておいたから安心してほしい」

たしかに私は彼女を殺そうと思った。しかし、その衝動はちーちゃん先輩によって抑制された。今の私は彼女に対する殺意など持ち合わせてはいない。

「そう言うんだったら、安心しておきます」

彼女の眼光は穏やかなものとなり、彼女の肩の力が抜けていくのが分かる。

「じゃあ、もう一つ聞きたいことがあるんでが……」

「なんだい?」

「私は彼女がドッペルゲンガー……先輩がいうにはドッペルゲンガーA型だと思い、殺そうとしたのですが、彼女はこの通り生きています。これは何でですか?」

「それは……」

言葉がつまり、先輩は唾を飲んだ。

あまり聞かれたくなかったことらしい。

「実は……ドッペルゲンガーB型の場合、感染者自身を殺さないとドッペルゲンガーは消えてくれないんだ」

「つまり、それって感染者を殺しに来るドッペルゲンガーは、感染者が生きてる間不死身ってことですよね」

「そう……だね」

「それって、感染者に……本物に死ねと言っているようなものですよね。死ぬべきは偽物なのに」

「やめなさい!」

ちーちゃん先輩は激昂し、立ち上がった。

「偽物だから死ななきゃいけないなんて考えはよせ! この子だって、自分という存在が偽りだと言われてどう思ったと思う? 絶対に傷ついたはずだ! この子だって被害者なんだ!」

私は「もう良いです。なおさんが言ってることは正しいので」と言ってちーちゃん先輩の袖を掴むが先輩は

「言い訳あるか!」

と叫んだ。

「人の存在を偽りと言って、存在価値が無いように言うことが許されてたまるか!」

そうやって先輩は全てを吐き出した。

息切れながら、ゆっくりと座る。

「ごめん。冷静じゃなくなってた」

「いいえ。わたしも冷静じゃなくなってました。ごめんなさい。佐久間さんの気も悪くしちゃってごめんなさい」

なおさんはそう言って頭を下げる。

私は「いいえ。大丈夫です」と言葉で返す。

飲んだお茶はとても冷たかった。

窓の外は真っ暗で、光を求めた甲虫がさっきくら窓に激突している。

時計を見るともう八時になろうとしていた。 「じゃあ」とちーちゃん先輩は切り出す。

「今日はこれまでにしよう。お互い冷静になりきれないようだしね」

そう言って、先輩は、立ち上がり、貰ったお茶を飲み干す。「久々のお茶美味しかったよ」と言ってから、椅子を机に入れて、玄関に向かう。

私も「美味しかったです。今日はありがとうございます」と言ってから先輩に続く。

なおさんは、玄関まで見送りに来てくれて、「今日はごめんなさい」と言った。

「気にすることはないよ。じゃあ、お邪魔しました」

「お邪魔しました」

そう言ってから私たちは扉を開け、外に出た。




彼らを見送った後、わたしは彼らに出したお茶の入れ物を洗った。

そして、軽く全ての部屋の掃除をした。

最後くらい、綺麗にしておきたかったのだ。

掃除が終わると、わたしは自分の部屋に戻った。

机やベッド、本棚以外何もない部屋。

本棚の中には、参考書や今まで使ってきた復習用のノートばかりある。

小さい頃からお受験、お受験とうるさかったわたしの母は、「勉強しなければあなたに価値は無いのよ」と言い続けて来た。

わたしは怖かった。母に捨てられることが。母の期待を裏切ることが。

そして、何より嫌だった。強制的に勉強させられることが。そんなの全然楽しくなかった。

だからわたしは中学卒業を機に、この街にやってきた。母親から解放されたかったから。

母に初めて反抗したとき、母は涙を流した。まるでわたしが悪いことをしているかのように。それを見てるとわたしは無くていいはずの罪悪感が生まれた。

それは今もまだある。なんでだろう?

親というのは呪いだ。子どもに一番、悪影響を与え、「あなたのため」なんて恩着せがましいことを言う。しかも、子どもがそれから解放されたくて、反抗しても、それらに罪悪感を感じてしまう。

子どもは親から本当の意味で解放されないのだ。

だから親なんていうのは子どもに忌み嫌われる存在なんだ。

親の言うことなんか信じちゃいけないのだ。

だけど、わたしも子どもだ。少しでも母が言ったことが本当なのではないかと考えてしまう。

母の言った通り、この街に来て、勉強しなくなったから、わたしの存在価値がなくなり、ドッペルゲンガーという「病気」にかかってしまったのではないかと。

そう今のわたしに存在価値は無いのだ。

だって、あんな完璧な存在がいるのだから。

ベランダに出る。

昼と違い、夜はとても涼しい風が吹く。

夜空には綺麗な星が瞬いている。

星の光というのは何万年もの月日をかけて地球に届いているものらしい。もしかしたら、この光を届けている星は今もないのかもしれない。だけど、消えた後でも、自分が生きた証を光として地球に残しているのだ。

でも、いつかあの光も消えてしまう。

あんなに綺麗な光もいつしか見れなくなるかもしれない。

でも、わたしには関係なくなることだ。

だって……



わたしの命は今ここで亡くなってしまうのだから。

わたしはベランダから飛び降りた。



ものすごいスピードでわたしの体は落下していく。スカイダイビングもこんな感じなのだろうか?

空気の束がわたしにぶつかる。

目もまともに開けてられない。

足から飛び降りたが、腰が真下になる。

視界が地面から星空に変わる。

綺麗な星たちに看取られて、わたしは死ぬ。

いや、死にたくない。

今頃になってそんなことを思い始めた。

嫌だ……嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

本当はもっと生きたい。

何か劣っていても、欠点ばかりでもそれでも生きたい。

わたしはもっと生きたい!

でも、もう手遅れであ……

「なおちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

誰か女性の声が聞こえた。

どうやらわたしの名を呼んでいる。

そろそろ地面に激突する頃だ。

ドーーーーーーーーーーーーーンッ!!


あれ……? わたし、生きてる?

なんでだろう? さっき間違いなく地面に激突したはずだ。大きな音も聞こえたし。

「痛た……」

わたしの下から声が聞こえるので見てみると……そこには佐久間さんがいた。

「大丈夫。平気?」

彼女はそんなことを聞いてくる。

私を受け止めたあなたのほうが大丈夫じゃないはずなのに。

「わたしは大丈夫……それより! あなたは!?」

「大丈夫……私、不死身だから」

彼女は笑顔で言った。

無邪気な、敵意のない笑顔で。

ばか。

「ばか! ばかばかばかばか!! 何やってるの私が死んだらあなたが得するのよ! 私が死んだほうがあなたにとっていいはずでしょ! なんで助けたの!?」

わたしは叫ぶ。

「何言っているの? なおちゃんがいた方が得するんだよ」

「え?」

「私、馬鹿だし、字が下手だし、ダメなところばかりだよ。だから、なおちゃんに勉強教えて欲しいし、字も教えて欲しい」

彼女は虚ろな目で私を見ながら言う。

「私ね。あのなおちゃんが書いた習字を見たときに感動したんだ。あんな綺麗な字を書ける人がいるなんてびっくりしたんだよ。この子と仲良くなりたいなってずっと思ってたんだよ」

「そんな……」

「なおちゃんは、私を理想の人って言ってたけど、私にとってはなおちゃんが理想の人なんだよ。だから、自信持っていいだよ。『わたしも誰かの理想なんだ』って……」

わたしの頬に、光るものがつたった。

この空のように光るものが溢れ出してきた。

「ありがとうっ。うぐっ。本当にありがとうっ。助けてくれてありがとうっ。そして、ごめんねっ。さっきまで本当にごめんねっ」

「良いんだよ。私もごめんね。私もさっきのあなたと同じこと考えちゃったの。ごめんねっ……消えるべきは、私なぁのにぃ……」

彼女の両目にも涙が流れる。

私たちは互いを抱きしめる。強く、強く。

「そんなことないよっ。どっちも消えちゃいけないんだよ。どっちも生きてていいんだよ!」

「うんっ! そうだね。ありがとう。私となおちゃんでこれからも生きて行こう」

わたしから彼女へさっきまでの恐怖の震えが、彼女からわたしへ温もりが伝わってくる。

そうわたしたちはわたしたちだ。

本物も偽物もない。

これからも一人の、唯一の存在として生きて行こう。私たちはそう決意した。

それからしばらくの間、わたしたちは抱きしめあい、共に涙を流しあった。



「名前がない?」

翌日、私はまた理科実験室に訪れた。

そこでいきなりこう言われたのだ。

「うん。名前がない。佐久間さんの名簿を見たんだけど、『佐久間』とは書いてあるけど、下の名前は書いてないんだよ。たぶん、乗っ取りが不十分だったからだと思うけど」

「そういえば、私自身、自分の下の名前が何なのか分からないような」

自分の名前の記憶が曖昧なんて……どれだけ私は頭が悪いのだろうか……

「いや、仕方ないよ。皆も気づいてないようだしね。それでも大丈夫なようにどこかで何かが辻褄を合わせてるんだろうね」

「なるほど……」

「だから、名前を決めちゃおう」

「そうですね……」

「とりあえず、うーん、まなかとかは」

「まなかか〜。まなかって感じじゃないと思うんで」

「じゃあ、かなこ」

「かなこですか〜。まだいまいちですね」

「じゃあ、やすこ」

「スケバンみたいですね」

「いもこ」

「遣隋使みたいですね……」

というか、だんだんネーミングセンスが無くなってきている……

そういうやりとりをしていたら、ガラガラと扉が開く。そこにいたのは……

「あー、なおちゃん」

そう佐久間なおである。

昨日の出来事を機に、再び登校するようにしたのだ。

久々の登校で、クラスの皆は心配そうに声をかけていた。それを見て、なおちゃんはとても嬉しいそうに「大丈夫だよ。もう治ったから」と言っていた。

そういえば、私やちーちゃん先輩、雪宮先生から見たら私たちは瓜二つなのに、クラスの人たちには全くそんな風には見えないらしい。これも、私の名前と同じ現象が起こっているのだろう。

「一体、どうしたんですか?」

「いや、佐久間さんの下の名前が無いってことに気づいて、今、名前をつけてあげようと思って」

なおちゃんは「そういえばそうですね」と言ってから、腕を組んで考え始めた。

そして

「『りか』っていうのはどうでしょう?」

それを聞くと、ちーちゃん先輩は

「いや、りかって……どこかの人形じゃないんだよ」

「りか。いいね! それもらった!」

「あ、いいんだ……」

りか。いい名前だ。流石、私の分身ネーミングセンスばっちりだ。

「じゃあ、改めまして、ちーちゃん先輩、なおちゃん、私の名前は佐久間りかです。これからよろしくお願いします」

パチパチと拍手が起こる。

「じゃあ、早速名前が決まったので」

と言って、私はカバンの中をあさる。

「はい」

と私はある紙を出した。

「これは……入部届け」

「そうです。私、佐久間りかはオカルト研究部に入部します」

「おー。部員一人で寂しかったんだよ。ありがとう」

「待ってください」

となおちゃんが言った。

彼女もカバンをあさりだし、紙を出した。

それも入部届けだった。

「わたしも入部します」

「おー! 一気に二人も、ありがとう。ありがとう」

と先輩は大げさに私たちと握手した。

「じゃあ、早速出してくるね」

と言って、先輩は早歩きで職員室に向かった。

教室には私となおちゃんだけが残る。

先輩を見送ってから私たちは互いを見つめる。

「りかちゃん。昨日はありがとう。あなたのおかげで今は結構幸せな気分」

「私も、なおちゃんと会えて良かったと思ってる。なおちゃんみたいにちゃんと親友って呼べる相手いなかったし」

「わたしも」

と言って互いに笑い合う。

「ねぇ」

と私は言う。

「なおちゃんって、ちーちゃん先輩のこと好きなんでしょ?」

そう私は疑問に思っていた。なんで、なおちゃんの理想形である私が勉強ができなくて、字が下手なのか……そうでなけば、ちーちゃん先輩から色々と教わることができないからだ。

なおちゃんもちーちゃん先輩も文化面に関しては完璧だから、互いに教えることができない。

だから、なおちゃんは自分が文化面でちーちゃん先輩に劣っていれば、ちーちゃん先輩から色々と教わることができ、一緒にいる時間が増えると考えたのだ。

なおちゃんは「ふふ」と微笑んでからこう言った。

「それはりかちゃんもでしょ?」

あー、やっぱりバレてたか。

また私たちは互いに笑い合う。

同じときに同じことで笑い合える友達がいるのは最高だと私は思った。

「あれ? どうしたの?」

職員室から帰ってきたちーちゃん先輩が不思議そうに聞く。

「「なんでもないです」」

「なんだよー。僕にも教えてくれよ」

この日からずっと笑い合える、そんな素晴らしい部活が始まる予感がした。

























































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ドッペルゲンガーを題材にした作品として、主人公の正体が意外だったり、最後どちらも死ななかったり、斬新だなぁと思いました。 ドッペルゲンガーってこんな事考えてるのかもしれないなぁ、と思わせる作…
[一言] ストーリーの辻褄が合ってないようで合っている、ドッペルゲンガーもよくは知らないので不思議な感覚で読めて面白かったです。あと、ネーミングのやり取り楽しかったです。
2015/08/02 09:47 退会済み
管理
[一言] とても良い作品でした。主人公が本物という認識で読み進めていたのですが、中盤で主人公が…という認識を変える表現はとても面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ