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本当のタイムマシン

 友人のKから連絡があった。本当のタイムマシンを手に入れたの

で見に来い、と言う。

Kは滅多に冗談を言う奴ではないが、遊び心もある奴だ。

 一体どういう事だろう? 俺は興味津々、半信半疑で早速Kの家

を訪れる事にした。


 その土曜日の午後、Kはにこやかに俺を迎え入れると、早速その

タイムマシンとやらを俺に自慢し始めた。

「これな、アンプはWE300Aのタマを使った真空管アンプだ。

手に入れるのに随分と手間と時間、金も使ってしまったが…」

「む?」

「それからスピーカー。これは自作で20センチ一発のバックロー

デットホーン。長岡式のな。ツイーターも追加してあるがな。勿論

工作にも自信があるぞ」

「……」

「それからプレイヤーだが…」

「ちょっと待て! お前、これはステレオの装置じゃないか。それ

とも何か? これがタイムマシンだとでも言うのか?」


 そう言った俺にKはニヤリと笑うとこう返したのだ。

「一見は、いや、一聴は百聞に如かず、とも言うではないか。とり

あえず体験してみてくれ」

 一聴は…という諺は聞いた事が無いけどな! という突っ込みを

かろうじて飲み込んだ俺は、Kの言う通りに体験してみる事にした。

Kの目がいつに無く真剣だったからだ。


 部屋を暗くしてからKはアンプに火を点し、CDプレイヤーのト

レイに一枚のCDを入れ、再生ボタンを押した。


 と、大きなスピーカーから聞いたことのあるメロディが流れ始め

た。これは確か…ビル・エヴァンストリオのマイ・フーリッシュ・

ハートか? 小さく咳をする観客、グラスの触れ合う音、観客同士

のささやき声もする。

「今俺達は1961年、六月二十五日、ニューヨークのヴィレッジ・

ヴァンガードに居るんだぜ? 時と、距離を越えてな」

 曲がワルツ・フォー・デビィに変わったところで俺も気がついた。

このアルバムはビル・エヴァンストリオの有名なライブ音源の【ワ

ルツ・フォー・デビィ】だ。


 曲が終わる度に観客が拍手をする。俺達もつられて拍手をする。

今や俺達もビレッジヴァンガードの一観客となって、彼らのプレイ

に熱中していた。


 

 次のアルバムも同じ日時、会場の音源【サンデイ・アット・ザ・

ヴィレッジ・ヴァンガード】だった。


 その間、俺達は確かに五十四年前のニューヨークにタイムトラベ

ルしていたのだ。

「な? これが本当のタイムマシンだろ?  装置に拘ると、目の前

でまさに…という具合にだな…」

 そう言って微笑むKはまるで子供の様だと俺は思った。


 家に帰る途中、考えた。俺もタイムマシンが欲しくなった。女房

の奴は嫌がるかも知れんが、俺もオーディオに凝ってみようか? 

いや、タイムマシンに。そうしたら学生時代に好きだったレイ・ブ

ライアントを聞いてみたい。

 いいや、1972年六月二十三日、スイスのモントルー・ジャズ

フェスティバルにタイムトラベルしてみようと思うのだ。

【アローン・アット・モントルー】で。

お金をかけなくても良質なオーディオはタイムマシンになります。さて、貴方はどこにタイムトラベルしますか?


(注)ビル・エヴァンス・トリオは、1961年当時、ライブハウスの「ヴィレッジ・ヴァンガード」でのライブをしばしば行っていた。1961年6月にも連続ライブが行われ、最終日に当たる6月25日のライブは、リバーサイド・レコードによって特にライブ録音されていた。

しかし、それから11日後の7月6日、ビルにとって片腕とも言えるベーシスト、スコット・ラファロが交通事故で他界し、リバーサイドのライブ録音は、スコット・ラファロの生涯で最後の公式な録音となった。リバーサイド・レコードは、この日の演奏のうち、スコットのベース・プレイが目立っているものを『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』という追悼盤として先行発売し、残りのテイクを『ワルツ・フォー・デビィ』に収録したとされている。


(注)レイ・ブライアント(Ray Bryant, 1931年12月24日 - 2011年6月2日)は、アメリカ合衆国 のジャズ・ピアニストで作曲家。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。本名はラファエル・ホーマー・ブライアント(Raphael Homer Bryant)。『アローン・アット・モントルー』は72年のモントルー・ジャズスイスにおけるライヴ演奏を収録したソロ・ピアノ作品である。

実はこのときのモントルー・ジャズ祭出演は、オスカー・ピーターソンの代役だった。これが急な話だったので、仕方なくソロ・ピアノで出演したのだ。ところがその圧倒的な演奏が評判となり、ブライアントは世界的に再認識された。ブライアントの音楽キャリアのなかで、ターニング・ポイントとなった記念碑的作品だ。

曲は、<1><3><8>に代表される自身のオリジナルが中心。演奏はスケールが大きく、躍動感に満ち、強烈なゴスペル&ブルース色に彩られている。


1. ガッタ・トラヴェル・オン 3. クバノ・チャント 8. リトル・スージー

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめまして。鈴木 りんと申します。 樹里さんの割烹から、飛んできました。 ますは、趣味がしぶいですね。ライブ盤をタイムマシンと云ってしまうあたり、センスも素晴らしいです。 私も、ジャ…
[一言] はじめまして。 オーディオでタイムスリップ。 とても素敵ですね。 先日、『ハイレゾ』を体感してきましたが、まさに譜面をめくる音や息遣いまでが聴こえ、ホールで、その場で聴いているような感覚で…
2015/05/29 14:36 退会済み
管理
[一言] 素敵! 構成が綺麗、かつ端的にまとまっている。その上、おしゃれ~♪ 黒猫さん、良い趣味をお持ちのようで。そういうセンス、ちょっと羨ましいなぁ……
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