98 攻撃は最大の防御
その少し後から、アヤちゃんの行動が変わった。
下校はいつも私と一緒、桃太郎の散歩も一緒、私がバイトの日は欠かさずドッグランに顔を出す。そんな調子だった彼女が、
『ごめん、今日は用事があるから』
と別行動をするようになったのだ。
何があったのか。私も興味があったが、ミキちゃんがエキサイトして問い詰めてくれた。
「実は……」
アヤちゃんは困った顔で答えた。
「桃太郎をドッグショーに出そうと思って。それで練習とか、美容院とか、行くところがいっぱいあって……」
「何だ犬か、オトコじゃないのか」
とミキちゃんは期待外れな顔をしていたが、私はピンときた。
「もしかして、ハヤテちゃんも一緒に出るの? 中村さんに誘われた?」
二人になったときにこっそり聞くと、アヤちゃんは頬を赤らめた。
「うん」
よっしゃ! やるな中村。おそらく桃太郎が浮気(?)をしたときの、ハヤテちゃんの落胆した様子を見て決めたのだろう。ヤツの行動は犬に支配されているからな。
しかしそれは想定内、むしろよくやった中村。それこそが、私がずっと期待していた展開なのよ。
「で、でも誤解しないでねサキ。これは桃太郎のためで……。私も桃太郎とハヤテちゃんには仲良くしてほしいから。それだけで」
必死に言うアヤちゃん。しかしそれを私がとがめだてすることがあろうか、いやない。(反語表現)
「わかってるよ。ドッグショーは桃太郎にもいい経験になるんじゃないかな。がんばってね、応援してる」
笑顔で言うと、アヤちゃんはちょっと安心したような顔になった。
「うん……。私ひとりじゃ、そんなところに連れて行く度胸はないから。誘ってもらってちょっと興味が出たの」
うむうむ。ぜひ行ってくれ。アンジェリカは犬種が違うから、一緒にエントリーすることは出来ないし。それにあの性格がドッグショー向きではないと新米飼い主のアヤちゃんにさえわかるのか、誘ってくる気配もない。
アンジェリカ、グッジョブ。あの性格で生まれてきてくれてありがとう。普段は大変だけど、今だけは感謝する。
そうして、この周回が始まって以来ずっと一緒だったアヤちゃんと別行動の日々が来る。
バイトをしていても、アヤちゃんは来ない。中村も来ない。ということは、小林も来ない。
……平和なんだけど、なんだか乙女ゲームをしている感じが一気になくなったな。これだとただ、学校とバイト先を往復して犬の世話をするだけのゲームになり下がるんだけど。いいのか?
中村さんとアヤちゃんが仲良くなっていっている手ごたえはあるから、攻略的にはたぶん問題ないはずなんだけど。自分がカヤの外すぎて不安になってくる。
いやいや、アヤちゃんがこのルートの表ヒロインだとしても、私は真・ヒロイン。今は黒子に徹しても、最後には輝くスポットライトが当たるはず。そう信じて毎日を生きなくては。
学校ではアヤちゃんの好感度を維持するようにがんばり、バイト先では生活費を稼ぐためにがんばり……。
乙女ゲーヒロインというよりただの苦学生な気もしてきたが、大丈夫、そんなのはいつものこと。臥薪嘗胆こそがこのゲームを攻略するための座右の銘よ、がんばるのよ私。
そんな日々を過ごしていた十一月下旬(ゲーム内時間)、事件は起こった。
日が落ちるのもだんだん早くなり、バイトが終わって中の清掃も終え帰るころには外は真っ暗。ドッグランはゲームの舞台になっている町のはずれ、運動公園や総合体育館がある近くに位置している。
大通りに出るまでの道には、薄暗い街灯がぽつんぽつんと設置されているだけだ。でも大丈夫、私にはアンジェリカという心強い相棒が……。
いや、頼りになるかい。チワワだぞ。
ガッツだけは人並み以上にあるアンジェリカだが、小型犬であるという事実は動かしがたい。いざとなったら私が身を挺して守らなくてはならないだろう。
というわけで夜道に人がいないのをいいことに、かつての周回で身につけたボクシングの技を思い出すべくシャドーボクシングをしながら進む私であった。
あやしい? 不審者? それで痴漢が逃げ去ってくれれば好都合である。
来たら殴るぞ。かつて佐藤ゲス人……は殴りそこなったが、リアルで晴を葬った私の竜巻のごときアッパー(誇張あり)を見よ。恐れるがいい!
とか思っていたら、街灯の光の向こう側で何やら黒い影が動いた。
同時に激しく吠え始めるアンジェリカ。
嘘、本当に痴漢? ヤバい。どうする、自分。
考えるより早く体が動いた。
勝利への道、それはたったひとつ。殺られる前に殺れ……じゃない、『殴られる前に殴れ。そして沈めろ』。それが全て!
私はお財布その他の入ったバッグを放り捨て、アンジェリカの入ったキャリーバッグをそっと地面に置く。そして出来るだけ身を低くしてダッシュした。
アーンド、闇にうごめく黒い影に有無も言わせずラッシュ! 殴れ殴れ殴れ、ついでに蹴っとけ!
ラッシュラッシュキーック、ラッシュアンドキーック、とどめにアッパー!
「ぐわっ」
うめき声をあげて崩れ落ちる人影。ふっ、かつて身にまとった気 だけで佐藤ゲス人を屈服させた私の敵ではなかったわね。
いや、そんなことを考えている暇はない。私は急いでカバンとアンジェリカを回収し、相手がうずくまっているうちに走り去ろうとした。
ひとりで犬の散歩に出るようになってから、いざというときに備えて走り込みもしておいて本当に良かった……。
と、そのとき。
「ま……待って……。山、田さん……」
あれ? どこかから私を呼ぶ声が?
ちょっと待て私。もしかして、もしかしてなんだけど。
さっきの不審者じゃない? 私の名前を呼んだの。
「俺……。小林……。驚かせて、ごめん……」
私こと、アバター・山田サキ、高校一年生。
後に『攻略対象タコ殴り事件』と呼ばれる出来事が勃発した瞬間であった。




