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97 潮の変わり目

 後日、学校でアヤちゃんから聞いたところによると、あのとき桃太郎が走り出したのはドッグランで仲良くなったお友だち、ゴールデンディアナバルバロッサフロイラインリァーモちゃん(ラプラドールレトリーバー・メス・三歳)、通称ディアちゃんのにおいを嗅ぎつけたからだったらしい。


 およそ百メートル、一本向こうのとおりにいたディアちゃんのところまで桃太郎は爆走。アヤちゃんを振り切らんばかりの勢いでとても怖かったらしい。

 そしてディアちゃんを見つけてぴょんぴょん跳ねて喜んでいるところに、中村さんとハヤテちゃんが合流。ディアちゃんの飼い主さんと世間話をしているうちに雨が降り出した。


 ディアちゃんのお宅が近所だったため、お招きされて雨宿りをさせてもらっていたそうだ。

「ごめんね。サキのことも気になっていたんだけれど、ゆっくり携帯を見ていられる雰囲気じゃなくて……」

 アヤちゃんは陳謝した。


 だがそういうことなら無理もない。あの飼い主さんはドッグランのプラチナ会員だ。ディアちゃんを連れて遊びにおいでになるときも、高級外車でいらっしゃる。つまりセレブリティ。

 アヤちゃんたちが招かれたというおうちも、さぞかしご立派なものであったのだろう。人見知りなアヤちゃんは萎縮したに違いない。


「なのに桃太郎ったら、図々しくディアちゃんにじゃれついて……。私、どうしていいのかわからなくて、あやまってばっかりだったよ」

 深い吐息をつくアヤちゃん。わかる。すごくわかる。私もジョンのときとかそうだった。

 お気楽なオス犬を飼うと、飼い主は気苦労するよね。


「ん? 待って、ハヤテちゃんはどうしていたの?」

 いつも一緒に遊んでいる、桃太郎の一番の仲良しはハヤテちゃんのはずなのでは。

「おとなしくしていたよ。あの子は落ち着いているからいいよね。桃太郎のこと、呆れちゃったんじゃないかなあ」


 待って待って待って。それじゃあ、桃太郎とハヤテちゃんのカップルを成立させて、更にアヤちゃんと中村さんをハッピーエンドに導く私の計画はどうなるの?

 桃太郎、貴様は年上好きなのか。それともセレブが好きなのか。

 物静かで落ち着いた幼なじみをさしおいて、突然現れたセレブな高飛車系お嬢さまに心を奪われるのか。


 何で犬の恋路にライバルが現れるんだよ。そして、その三角関係に『口うるさくて文句ばっかり言っているけど実は小心者で寂しがりやな幼なじみ2(アンジェリカ)』を加えたら、ちょっとしたハーレムじゃないですか? 何で犬がハーレムを築いてるんだよ。このゲームは何を目指しているんだよ。


「あのう、ハヤテちゃんはおとなしいから自己主張できないだけで、本当は桃太郎と一緒に遊びたかったんだと思うよ。置き去りにされて寂しかったかも……」

 控えめにハヤテちゃんのフォローをしておく。桃太郎-ハヤテラインは、この攻略の要なのだ。崩れられたら困る。


「中村さんにもそう言われた」

 アヤちゃんはうなずいて、ちょっと自分の爪先に視線を落とした。

「……ハヤテちゃんは桃太郎のことが大好きだから、これからも仲良くしてほしいって」

「うんうん。ディアちゃんも別に悪い子じゃないけど、ほら、住む世界が違うっていうかアレだし」

 全力で桃太郎とディアちゃんの中を割こうとする私。百合の波動におののきつつも、アヤちゃんの好感度を上げておいて良かった。きっと私の言葉はアヤちゃんに影響するはずだ。


「そう、だよね……」

 アヤちゃんはまた自分の爪先をじっと見る。きれいな桜色なんだけど、何か気になることでもあるのかな?

「桃太郎は、私と違っていろいろなお友だちと遊ぶのが好きだから……。ディアちゃんと、思わぬところで会えたのが嬉しかったんだと思う。でも、あの日も遊んでいるうちに飽きちゃったんだよ。毎日会っても飽きないのは、ハヤテちゃんと……あと、アンジェリカなんだと思う」


「そこは気を遣わなくてもいいから」

 アンジェリカがいるところでは桃太郎とハヤテちゃんは気を遣って大変そうだから。たぶん、いないほうが気楽なんじゃないかな。二匹とも。


「うん、でも……。桃太郎もアンジェリカのことを大事なお友だちだと思っているよ。それは私にもわかる」

「まあね……」

 ある程度の友情というか仲間意識というか、何かそういうものがないと付き合ってはくれないと思う。うちの女王様(犬)ときたら本当にアレだから。

「それは本当に助かってるよ。桃太郎にも、ありがとうって言っておいて」


「うん」

 アヤちゃんはもう一度うなずいてから、急に私の手をギュッと握った。

「サキ」

「な、なに、アヤちゃん」


 ど、どうした。また、百合展開? 最近はそんなに、アヤちゃんとの好感度が上がるようなイベントはなかったと思うんだけれど。


「私も、同じだよ。サキのこと、大事に思ってる。それは忘れないで」

「う、うん。別に、疑ってないけど……」

 私を見るちょっと熱っぽいうるんだ目を見れば、好感度がMAX 振り切っていることは感じ取れるのだ。他のルートでのアヤちゃんは、こんな顔はしなかった。

 友情が別の感情に変わっている気もするが、それには気付かないフリでいこう、うん。


「お願いね。サキに誤解されたら、私、悲しいから……」

 アヤちゃんはそう言ってから、名残惜しそうに私の手を離した。

 その時はわけがわからなかったけれど。


 振り返ってみれば、それが潮の変わり目だったのだ。



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