96 雨宿りのひととき
「気になるって、どういうことですか?」
私はできるだけ不思議そうな顔を作って、そう言った。
もし小林が、中村さんとアヤちゃんを遠ざけようと持ちかけてきたら、意味がわからないフリをして切り抜けよう。二人の距離が縮まり始めたことに気づいてから、ひそかにそう思ってきた。
「ん……」
小林は気が進まない様子で、雨を眺めながらアンジェリカをモフっている。
「そのう、もし、さ。あの二人が付き合うとか言い出したら、山田さんは気にはならない?」
良かろう。ほぼ想定どおりの質問である。想定よりちょっとだけ直球ではあるが、おおよそ予想の範囲内である。
ただ、そのほんのわずかな想定外の直球さが、私の返事をためらわせた。
何を言ってるのかわからないフリをしてごまかすには、その質問はあまりにもはっきりしすぎている。
ここまで直截に聞かれてしまっているのでは、こちらもある程度、カードをさらさざるを得ない。
「別に、気にはならないですよ?」
本当のところ、そのラブゲームを仕掛けているのは私なんだけどね。そういうことは口には出さずに、出来るだけなんでもない調子で私は答える。
「アヤちゃんに好きな人が出来たなら、応援したいですし。二人、けっこうお似合いじゃないですか?」
にっこりと、笑顔で締める。ほらほら、JK の笑顔だぞ。ありがたがれ。
「そう……。山田さんは、気にしないんだ……」
しかし小林の表情はやっぱり曇ったままだった。考えてみると、コイツも私に対する扱いが雑だよね。お調子者なんだから、JK と仲良くなれたらもっと有頂天になっても良さそうな気がするんだけど、そういう気配はほとんどない。
中村さんが私に対する好感度を上げてきたときのみ、対抗するようにかまってくるようになるけれど、いざ告白すると『友達のままでいたい』と言い出したりする。
あれ、よくよく考えると、コイツってかなり謎なキャラじゃない? 付き合いはかなり長いのに、本当のところ何を考えているのかよくわからない。とりあえず犬と遊ぶのが好きってことしか知らない。
こんなやつの好感度はアンジェリカさえモフらせておけば勝手に上がると思って、ここまではアヤちゃんの好感度管理をメインに進めてきたが。
それだけで良かったのだろうか。急に不安になった。
「あの。小林さんは、気にするんですか」
非常に貴重な二人きりのシチュエーション。これを利用しない手はあるまい。
向こうが直球で来るなら、こっちも直球で応えてやる。
「……俺?」
小林はゆっくりと私のほうを見た。
ちょうどそのとき、空がピカッと光って一瞬あたりが明るくなる。
あ。平凡な顔だとずっと思っていたけれど、案外こいつ、まつ毛が長い……。
ゴロゴロと空が鳴った。小林の腕の中で、アンジェリカが『きゅーん』となさけない鳴き声を上げる。
「あ。よしよし、こっちへおいで、アンジェリカ。小林さん、ありがとうございました」
「ああ。このまま俺が抱っこしていてもいいけど」
「でも、怖がっているので」
そんなやり取りの間にもまた稲妻が光り、雷鳴が響く。私のところに戻ってきたアンジェリカは震えながら毛布の中にもぐりこんだ。おい、お嬢さん(犬)。いつもの強気はどこへ行った。
「ほらほらアンジェリカ。怖くないよ」
と言っても、どんどん雷鳴が大きくなっているから無理か。
「山田さんは、雷は大丈夫なの?」
「ええ、まあ」
ゲームの中だってわかっているしね。いくらこのゲームが理不尽でも、さすがに落雷で死亡するエンドはないと思う。思いたい。
「私がおたおたしたら、アンジェリカも安心できないと思いますし」
「そうか。そうだよね。山田さんって、しっかりしているね」
実年齢は二十八歳だからね。『いや~ん、雷、こわ~い』なんていう年齢でもないのだ。
ん? しかし……恋愛ゲーム内で『しっかりしている』っていうのは、プラス評価なのか?
そんな私の自問自答を知る由もなく、小林は、
「ちょっと寒いね」
腕をさすりながら笑ってそう言った。確かにね。雨が降り出してから急に涼しくなってきて、半袖のシャツから出た腕がスースーする。私はアンジェリカを抱っこしているからそうでもないけれど、毛玉を手放してしまった小林は寒いのだろう。
「……みんなが山田さんみたいだったら、もめごとも起こらないのかなあ」
つぶやくような声が聞こえた。
「え?」
改めて小林の顔を見る。小林は慌てたようにまた笑顔を作った。
「なんでもない。さっきの話だけど、俺は今のままのみんなの関係が好きなんだ。だから最近の中村を見ていると不安になっちゃって、山田さんはどう思ってるのかなって知りたくなった。変なことを聞いて、ごめんね」
「いえ……。別に、いいんですけど……」
私は適当な返事をしながら、小林の顔をじっと見る。小林はやっぱり降り続ける雨を見ていて、『いつになったらやむんだろうなあ』なんて言っている。
こんなに長く一緒にいるのに、私はこいつのことを全然知らなかったのかもしれない。
そんな気がした。
そのまま私たちは、雨が止むまで並んでそこに突っ立っていた。




