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95 篠突く雨

 友だちです、そういうのじゃないんです……と言い張って、なんとかギヨーム三世の飼い主さんご夫婦をやり過ごした。固まってしまった小林と、ムキになった私を見比べて、ママさんはかなり怪訝そうだったが。


 幸いご主人のほうが何かを察してくれたのか、奥さんとギヨーム三世を促してまた歩き出してくれた。

 その後ろ姿が見えなくなっても、小林はまだ固まったままでいた。


「小林さん」

 無言。

「小林さん?」

 返答なし。

「小林、さん!」


「えっ、あ、ああ、うん」

 やっと反応してくれたよ。

「あのう。そろそろ私たちも行きませんか? アヤちゃんたちも心配ですし」

 携帯を確認したが、何の連絡も来ていない。いったいどうなってしまったんだろう。


「あ、うん、そうか、そうだね。中村と尾瀬沼さん……」

「はい。小林さんのほうには、何か連絡は来ていませんか?」

「えっ……。あ、そうか。SNS……」

 あわててあちこちのポケットを叩いて携帯を探す小林。気もそぞろになりすぎだろう、恋愛体質でないのは察していたが。あれくらいで動揺しすぎだ。


 ところが小林があたふたしているうちに、曇り気味だった空がみるみるうちに暗くなり、やつがようやく携帯を引っ張り出したところで大粒の雨が降ってきた。

「うわ、まずい」

 またたくまにシャワーのような大雨に。

「と、とりあえず、あそこに行きましょう」

 アンジェリカを抱き上げ、道路の向こうにあるシャッターの閉まったタバコ屋を指さす。


 軒先に雨宿りさせてもらったときには、もうかなりぬれてしまっていた。

 とりあえずトートバックからタオルを出して、アンジェリカだけはよく拭いてやる。

 いつの間にか自分もナチュラルに『犬 >>> 人間』な行動をとっていることに愕然とするが、風邪でもひかせたら医療費がとんでもないことになる。いつもより世話もかかることになるし、バイトも休まなくちゃいけなくなるし。被保護者がいるといろいろと大変なのだ。


 しっかりと毛皮から水気を拭いたあとはしっかりと毛布でくるむ。

 そこでようやく、小林に。

「びっくりしましたね。すごい雨」

「そうだね。そういえば、台風が来るとかテレビで言っていたかも」

「そうでしたっけ」

 さすがにゲーム内の天気予報までいちいちチェックしていない。


 沈黙が落ちる。雨は、すぐやみそうにない。

「小林さん」

「……うん」

「あの、中村さんから連絡は」

「あ、ああ、そうか」 

 小林は手に持った携帯を慌てて見る。


「……連絡、来てないみたいだ」

「こちらからは連絡できませんか?」

 アンジェリカを抱っこしているから、手が使えないんだよな、私は。


「あ、そうか。そうだよね。今、電話してみる」

 使えない男ぶりを発揮しまくっている小林は、私に言われてようやくそう言う。

 中村さんの番号を表示して、コールする。が……。

「出ないなあ。どうしたんだろう」


「電話には出られない状況なのかも」

 犬がびしょぬれでとかね。今の私がそうだもんね。

「SNS はどうですか?」

 せめて既読でも付けば、後から連絡が来ると思えるんだけれど。


「うーん……。中村は、俺からのメッセージは面倒くさがってすぐには見てくれないんだよなあ……」

 出たよ。中村さんは案外、小林の扱いが雑なんだよなあ。

 私はため息をついた。

「わかりました。私がアヤちゃんに連絡してみます。ちょっと、アンジェリカを抱っこしていてもらえますか」

「ごめん……」


 と言いつつ、アンジェリカを抱っこした小林はいつもどおり嬉しそうだった。アンジェリカはいつもどおり小林を威嚇しているが。

 そんな様子を眺めつつ、私はアヤちゃんにメッセージを送る。

 調整しようと努力しているとはいえ、まだまだ『好感度値が上限を振り切っているのでは』と心配になるレベルで私に好意的なアヤちゃん。


 SNS のレスも秒で返ってくるはず……はず……はず……。あれ?

「返事、来ないですね……」

 既読すらつかない。

「尾瀬沼さんも? どうしたんだろう」

 電話もしてみる。やっぱり出ない。


 そして、そんなときに遠くで聞こえる救急車のサイレン。いやいやいや。いやいやいやいやいや。このゲームは電波で不条理で理解不能だが、鬱展開はないはず。ないはず。ないよね、梨佳?

 ときめき的なものではないドキドキを感じ始めたところで、ピコーンと通知音が鳴った。あ、アヤちゃん。


『ごめん、今ちょっとたてこんでて』

『後で連絡します』

『中村さんと一緒です』


 あ、良かった。無事みたい。一瞬だったけど、本気で心配しちゃったよ。何ごともなくてホッとした。

 小林にも画面を見せて、

「よくわからないけど、大丈夫みたいです」

 と言う。小林はうなずいたが、表情はむしろ曇った気がした。


「小林さん? 何か、心配なことでもあるんですか」

「ん、いや、別にそういうことじゃないんだけど」

 小林はそう言って、抱っこしたアンジェリカの毛皮のにおいをフンフンと嗅ぐ。動物か、お前は。


「……山田さんはさ、尾瀬沼さんと仲いいよね。気にならない?」

「はい?」

 何が?

「……中村と尾瀬沼さん、最近すごく仲がいいって気がするんだ」


 来たー! この問題に、小林のほうから切り込んできた!

 これは攻略展開的に、吉なのか凶なのか。

 わからないまま、私の体には緊張が走った。




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