93 事態好転
期末試験は相変わらずのガチ難易度だった。本当にもう、このゲームは。
猛勉強の末になんとかクリア。高校を卒業して十年近く経つのに、またこんな勉強をさせられるとは。
数学。化学。滅べ!(文系人間の八つ当たり)
それはともかく。アンジェリカを丸くしようと予定より早めにドッグランのアルバイトを始めたところ、意外な効果があった。
このバイトを始めると中村・小林との散歩の時間が減ってしまう。好感度が低いと遭遇率が大幅に下がり、攻略に支障をきたすので開始は大事を取って秋以降にするつもりだったのだが。
今回はその部分はクリアしていたらしい。中村さんはハヤテちゃんを連れて、毎日のようにドッグランに来てくれるようになった。(当然、小林もついてくる)
そして広い場所でリードから放たれて遊ぶことになると。
アンジェリカは、ハヤテちゃんと桃太郎についていけない。
うちの、無駄に気の強いお嬢さま(犬)が短い脚をどんなに必死に動かしても、生まれ持った体格の差は覆しがたい。
二匹はいちおうアンジェリカに気を遣って一緒にいてくれることもあるのだが、やわらかな芝生の魅力にいつまでも対抗できるものではない。片方がパッと駆けだすと、もう片方もそれに続く。そしてあっという間に敷地の端まで行ってしまう。
そして飼い主であるアヤちゃんと中村さんもそれについて走ることに。
ここで中村さんが意外にも、
『尾瀬沼さん。行こう』
とナチュラルにアヤちゃんを誘ってくれる。いや、ただ犬が行っちゃうからその飼い主に声をかけているだけなんだろうけど、それでも傍目にはいい感じに見えるのよ、ちょっとだけど。
桃太郎が行ってしまったのに私の傍に残っているわけにもいかず、アヤちゃんも中村さんと一緒に走る。
さらにアンジェリカは、よく吠える犬にありがちな『口だけ番長』だということがここで露見した。
飼い主である私からある程度以上離れることが出来ないのである。なので、行ってしまったハヤテちゃんと桃太郎の後ろ姿にキャンキャンと力なく吠えたあとは、すごすごと私の元に戻ってくる。
もし、二匹のダッシュについていけるくらい体格が近かったら結果は違ったかもしれないけれど。(それくらいの親密度は、中村さんがアンジェリカとの間に既に築いている) 前述のとおり、リーチの差がそれを許してくれない。
はじめて飼い犬にチワワを選んだ甲斐があったと思えた。グッジョブ、過去の私!
アヤちゃんと中村さんがお客さまであるのに対し、私はスタッフだしね。二匹が行ってしまっても、追いかけて持ち場を離れるわけにはいかない。
さらにさらに、桃太郎・ハヤテちゃんとアンジェリカが二手に分かれてしまった場合、小林が一瞬悩むのだ。どちらに行くべきかと。
そこで私が悪魔のささやき……いやいや天使のほほえみでこう声をかける。
『小林さん。アンジェリカ、寂しそうなので、良かったらかまってあげてくださいね』
かくして中村・小林の分断にも成功。
アヤちゃんと中村さん『だけ』の親密度を上げるという、難問と思われたミッションが解決したのである。
ヤバい……うまくいきすぎてヤバい……。何かどんでん返しがあるんじゃないかと疑ってしまうくらいに調子がいい。
しかしバイトをしながら夏休みを過ごすうちに、ハヤテちゃんと桃太郎の親密度はぐんぐん上がった。それに従って、中村さんとアヤちゃんの親密度も上がった。
四人で会うと中村さんはまず桃太郎にあいさつしながら、
『桃太郎、今日もご機嫌だね』
とアヤちゃんにいい笑顔を浮かべる。
するとアヤちゃんも、
『はい、ハヤテちゃんと会えるのが楽しみみたいで』
と、はにかんだ笑顔で答える。最初、あんなに警戒していたのが嘘みたいにほぐれてきた。
そしてハヤテちゃんと桃太郎は常に一緒に遊びたがる。アンジェリカは完全にカヤの外なので、小林を威嚇し、他のお客さまの連れてくる小型犬を相手に番を張って(いるフリをする)ことでプライドを保っていた。
そんな様子を、予想どおり小林はちょっと複雑そうな表情で眺めていた。しかし他のお客さまから、
『アンジェリカちゃんのお兄ちゃんですよね、こんにちは!』
と声をかけられると割と嬉しそうである。あまりにもいつもアンジェリカと遊んでいるので、完全に飼い主と勘違いされていた。
そしてアンジェリカと小林の親密度もぐんぐん上がった。
すごい……何だこれ……。全てが私の望んだとおりに進んでいく。うまくいきすぎて怖い。
だが考えてみると今までが苦難の道のりすぎたのだ。こんな展開があってもおつりがくるくらいに。
であれば、我が世の春(ゲームの中は夏だけど)を楽しもう。わっはっは!




