92 アヤちゃん攻略 どこまでも限りなく
このままではアヤちゃんと甘々のハッピーエンドを迎えることになる。
その可能性に私は震えた。
梨佳はやる。あの女なら、そのくらいのことは笑顔で仕かけてくる。ドン鈴木のときの衝撃を私は忘れていないよ。
いや、私だってかわいい女の子を攻略したくなるときもある。美少女ゲームだってやったことはあるし。あれはあれで良いものだ、攻略してるときは自分の性別なんて忘れて女の子キャラのいろいろな表情を楽しむしね。
ただし、それは二次元に限る。
VR で百合展開はキツい。大丈夫な人もいるかもしれないが、私は厳しい。というかいい加減にイケメンとまともな恋愛をさせろや、梨佳。
アヤちゃんエンドがあるなら(かなりの確率でありそうな気がしてきた)、いずれは回収しなくてはならないが、出来れば今は避けたい。今はとにかく小林エンドをパパっと回収して、とりあえずこの犬ワールドから離れたいのだ。これ以上メンタルに古傷を増やすのは避けたいのだ、今は。とにかく今は。
積極的な攻略から逃げているなあというのは自覚しているが、人生には休息も必要なのだ。そしてこのゲームでは割とそれが必要になる。
なので百合エンド回収というアグレッシブな仕事は後回しにして、小林エンドを回収することに今までどおり全力を注ごうと思う。
しかし、問題はそれがけっこう難しそうなところだ。正直、アヤちゃんエンドのほうが回収しやそう。ホント、小林のエンドを回収するのどこまで難度が高いんだよ。
真面目にこの先のイベントを考えてみる。中村・小林に狙いをつける場合、節目になるイベントは三回。まずは先ほど消化した海デート。それからクリスマスパーティ。最後がバレンタインでの告白だ。中村ルートと小林ルートが同じ流れで進行する前提だが。
すると、今のまま漫然と攻略を続けていたらクリスマスもアヤちゃんとイチャイチャし、最終的にバレンタインでくっつくという流れになりかねない。
それを防ぐためにはどうすればいい?
アヤちゃんと中村さんの距離を縮める。それしかないだろう。
ここからクリスマスまでの約半年(ゲーム内)の期間は、それに全振りする。
ヒロインであることを諦め、黒子に徹する。そうして二人がいい雰囲気でクリスマスを迎えられるようにするのだ。そうしなければ私を待っているのは女どうしの甘くて熱い聖夜である。
しかし人見知りのアヤちゃんと、犬にしか興味のない中村さんをどうやって近づければ良いんだ。アヤちゃんも、人見知りというより男性恐怖症っぽい感じもしてきたものね。
小林に協力してもらえればという案も一瞬浮かんだが、却下する。それが可能なら小林との距離も縮めることが出来て一石二鳥なのだが、私は過去の周回で一度ヤツに振られているのだ。『このままの関係でいたい』という理由で。
それを踏まえると、アヤちゃん-中村さん間の好感度が上昇する前に小林に相談をするのはリスクが高いのではないだろうか。めくるめく恋愛関係よりゆるい友人関係を選んで、ヤツが邪魔をしてくる可能性もある。
中村-小林は、好感度もリンクしているくらいだから癒着度は高い。小林の反対を感じ取ったら、もともと人より犬が好きな中村さんも絶対に引く。そしてアヤちゃんへの好感度は上がらなくなる。
ダメだ、この作戦はひとりで遂行するしかない。
幸い、道はある。犬だ。もう思い浮かべることもうんざりしてきたが、犬だ。
二人の共通項は『ラプラドールレトリーバーを飼っていること』である。そしてハヤテちゃんとオスのラプラドールレトリーバーの恋は、中村さんを恋愛モードにするための唯一の鍵だ。それってどうなのと思うが、そういう設定だから仕方がない。
そもそもアヤちゃんを引き込んだのも、ハヤテちゃんの恋の相手の飼い主になってもらうためだからなのであって。
つまり、私の希望は桃太郎にかかっている。私は一緒に散歩している灰色の子犬に熱い視線を送った。桃太郎、イケメンに育てよ。そしてハヤテちゃんを落とすのだ。
「どうしたの、サキ。今日はあまり話さないね」
そんな私をアヤちゃんがいぶかしんだ。彼女に負担をかけすぎないよう、中村・小林と合流するのはウィークデーに一日おきにしている。
「私、何か気に障ることを言った……?」
不安そうな顔をするアヤちゃん。微妙に彼女っぽいものいいなのだが、気にしない方向で。気にしない方向で!
「ううん、何でもない。ちょっと考え事をしていただけで。桃太郎、大きくなったねえ」
アンジェリカが豆にしか見えない。それでもこいつは気丈に桃太郎にタメを張ろうとするのだが。
こういう環境がアンジェリカの好戦的な性格に拍車をかけているのかもしれない。早めにドッグランのバイトに応募して、小型犬の友だちも作ってあげよう。
「ごめんね、付き合ってもらって長い距離を歩かせちゃって」
体力の差があるので、桃太郎とアンジェリカの散歩の適正距離はけっこう違う。私は半分くらいはアンジェリカをだっこして歩いている。
「いいの、いいの。家にいてもアンジェリカも退屈するし、外に出さないと」
「ありがとう」
アヤちゃんは微笑む。路上土下座のころを思えば、優しくなったものだよね。いや、もともとは優しくかわいいNPC なんだけど。好感度システムが起動した途端にアレだから、まったくこのゲームは油断がならない。
「ねえ、サキ。気になっていたことって、もしかして……」
お。私の恋の行方を気にしてくれたかな。
アヤちゃんのほうから言い出してくれれば、犬男たちとの散歩回数を増やして、彼女と中村さんの距離を縮めるきっかけも探しやすくなるんだけれど。
「期末試験のこと?」
違った。しまった、それもあったか。忘れてた。
「わかるよ。子犬がいると、なかなか落ち着いて勉強できないもんね。私も親に『成績を落としちゃダメよ』って厳しく言われてて」
少し憂鬱そうになるアヤちゃん。けれど、ちょっと待って、サラッととんでもないことを言わなかった?
「え……。もしかして、また全教科九十五点以上取らないとダメとか」
「そうなのよ。イヤになっちゃう、うるさくて。サキはひとり暮らしでうらやましいなあ」
アヤちゃんは笑顔で言うが、私の表情は凍った。
アンジェリカがいて、攻略も中盤に足を踏み入れつつあるこの状態で、またあの地獄の勉強をやれとおっしゃいますか。もしかして、アヤちゃんを攻略に絡めている間はずっとこれ?
二学期の中間も期末も、あの成績をキープしろとおっしゃる?
このルート、高難度すぎる。
先行きを思って暗澹たる気持ちになる私であった。




