91 アヤちゃん攻略 ひと夏の思い出
私との海デート()がよほど楽しかったのだろうか。アヤちゃんのほうから『もう一回海に行こう、小林さんたちと一緒でもいい』と言ってきてくれた。
ただ車に乗るのは抵抗があるということなので、現地集合・現地解散を選択。
私たちは電車で海に行き、浜辺で中村・小林と合流するという段取りになった。車のほうが楽なんだけどな、アンジェリカをキャリーバッグに突っ込まなくてもいいし。
しかしこの攻略法ではアヤちゃんの意志が最優先。彼女がそうしたいと言うなら従わざるを得ない。
アヤちゃんのほうが大変だと思うんだけどね、桃太郎は大きいし。
ということで、本番の海デート。……は、これということもなくいつもどおりに進む。
犬と遊ぶのがメインなので、私とアヤちゃんもシャツにジーンズ、パーカーという服装。
『よっしゃ来い!』
というテンションで走り回る三匹の犬たちと存分にたわむれ、その後はバーベキューでたらふく食べる。そこにロマンティックはない。運動して食う、ただそれだけである。
そして私はアンジェリカとの信頼関係をしっかり構築しつつ、アヤちゃんの好感度アップに努め、かつ好感度が上がりすぎて百合展開が発動しないよう怯え、中村・小林ともいい感じの距離を保ち続けるという高度な好感度管理を強いられるのであった。
イベント内容がさっぱりしているのに、要求される努力が釣り合わない気がする。もっとロマンスを、糖分をよこせ。私が求めているのはこんな健康的な休日ではない。現実にはないような甘く美しい恋愛なのだ。
アヤちゃんは楽しいのかな、とちらりと見る。彼女は『料理、好きだから』と言って中村さんと一緒にバーベキューの準備をしていた。人見知り気味の彼女だが、料理の手順を確認したりして話すことはある様子で、それなりになごやかにやっている様子だった。
ちなみにその間に、私が小林と親睦を深められたのかは謎である。小林が桃太郎やアンジェリカと親睦を深めたことは確かだが。
浜辺にいいにおいが漂ってくるとみんなで昼食。犬たちにも焼肉(味付けなし)を与える。
このイベントをデートと呼ぶのはちょっと納得がいかない私だが、まあ、潮風を感じながら食べるバーベキューは悪くないよね。
ビールも欲しいけど。このアバターは女子高生だから飲酒できないんだけど。
「サキ。これ、好きだったよね」
アヤちゃんが紙皿に載せたのは、どことなく見覚えのある肉と野菜の炒めもの。あ、あれだ、アヤちゃんのお弁当に入ってて、食べさせてもらったことのあるヤツだ。
鶏肉と、彩りに入れたパプリカがいい感じに華やかで、バジル風味の味付けもオシャレでおいしいやつ。
「え、わざわざ作ってくれたの?」
「うん」
恥ずかしそうにうなずくアヤちゃん。
「サキに、喜んでほしくて……」
ちょっとキナ臭いが、まだ好感度が高すぎた感じもするが、低すぎるよりは良いだろうと自分に言い聞かせる。仲のいい女友だちが、好きなおかずを覚えていて作ってくれるくらいは普通、普通。
梨佳だって、私がからあげを好きなのを覚えてて作ってきてくれたしね。
私も、梨佳がハムサンドに入っているきゅうりが好きなこと、覚えていたもんね。
うん、普通。普通!
ということで、
「ありがとう。もらうよ」
紙皿に手を伸ばそうとしたら、ちょうどそのタイミングでアンジェリカが膝に飛び乗ってきた。
「ちょ、ちょっとアンジェリカ。鉄板が熱いから、危ないよ」
下ろそうとするが、このお嬢さま(犬)は私のシャツにがっしりと前足を絡め、『ここから動きたくないアピール』をなさる。く、久々に来たな、こういう自己主張の強い犬。
「ごめん、アヤちゃん。ちょっと待って」
と言うと、彼女は優しく微笑んだ。
「大丈夫。サキはアンジェリカを押さえていて、危ないから」
好感度が下がったりはしないようだ、と安心したのも束の間。
「食べさせてあげるね。はい、あーん」
まさかの『あーん』が発動した!
そ、そんなの、他のルートでも誰ともやったことがないんだけれど? いや、このゲーム、全体的にそういう糖度の高いイベントはなかなか発生しないんだけど。
記念すべき初めての『あーん』の相手が、何で女友だち?
「サキ……?」
私がとまどっているので、アヤちゃんが不安そうな顔になる。
「あ、あ、わかった。食べる、食べる、食べさせてくださいお願いします。あーん」
つい口を開けてしまう私。
それほどまでに公開土下座と東丸の嘲笑が残した傷は深かった。
「あーん」
にっこりと笑って私の口許に割り箸を近づけるアヤちゃん。
口の中に放り込まれる鶏肉とパプリカ(バジル風味)。
それを自分にも寄越せとキャンキャン鳴いて主張するアンジェリカ。
こうして、なぜか女の子とイチャイチャして私の渚デートは終了した。
小林との距離が縮まったかどうかは謎のままだが、アヤちゃんとの距離は確実に縮まった。そんな気がする。




