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90 アヤちゃん攻略 きらきら海デート

「サキは、行きたいんだよね……」

 中村・小林と別れた後、アヤちゃんはぽつりとそう言った。


 サキ『は』行きたい。つまり、『アヤちゃんは』あまり行きたくない。

 良かろう。梨佳にしてはわかりやすいNPC 造形である。

「うん、まあ……。そうだけど」

 私は言葉を濁す。攻略するつもりなら、イベントはスルーしないほうが良いとは思う。だけど、

「アヤちゃんが嫌なら無理に行かなくてもいいよ」


 ここは、アヤちゃんの好感度優先で行くべきだろう。

 既に一回、失敗しているからね。東丸に嘲られなくても、私も路上土下座を連発はしたくない。


「そう言われると……」

 私が引いたら、アヤちゃんは逡巡した様子になった。よしよし、あなたは良い子だと信じていたよ。基本はやっぱり、私をフォローしてくれる心優しいNPC なんだよね?

「いいから。気にしないで、自分のことよりアヤちゃんのほうが大事なんだから」

 もうひと押ししておく。


 友情が一番だと言いつつ、『私は』行きたいというのをさりげなくアピールして、アヤちゃんの罪悪感を刺激する方向で。

 しかしこのルートをやっていると、どんどん自分の心が汚れていく感じがするな。

 アイドルルートとは違う意味で、新たな自分を発見してしまうというか。恋と友情の板挟みで揺れる青春ストーリーを体感するというよりは、権謀術数を駆使し友人を犠牲にしても自分は這い上がる大奥サバイバルストーリーを体験しているような気分になるんだけれども。


 シナリオと攻略の方向性が合ってないのだと思う。こういうシナリオならもっとピュアオブピュアな感じで、『私のピュアさが友達を傷つけるっ! だけど愛は止まらないっ!』……的な感じでどうにかならなかったものだろうか。

 ……いや、梨佳にそれを期待しても無駄か。だって梨佳だもんね。


「やっぱり、一緒に出かけるのはハードル高い?」

 できるだけ優しく聞いてみる。どこが問題なのか把握しておかないと思わぬところで足を取られかねないし、情報収集は大切。

「うん……。よく知らない人たちだし、男の人たちと出かけるのも、車に乗るのも……不安……」


 それはまあ、わからないでもない。リアルだったら私も、速攻で『やめなさい!』とオバちゃんムーブをかますよ。女子高生が犬の散歩でしか会ったことのない相手の車に乗ってどこかに出かけるなんて話しているのを聞いたら。だから、アヤちゃんの発言は常識的ではあるんだけどね。……リアルだったらね。


 けれどここは乙女ゲームの世界だ。梨佳の電波力でかなりの不条理空間と化してはいるが、それでも大前提として乙女ゲームのための世界なのだ。

 そこで『よく知らない男の人の車に乗るのは危ないからダメ』とか言っていたら、進むシナリオも進まないんだよ。


 しかも、中村・小林については私が身を張って安全性を確認済み。

 やつらの人生では、かわいいJK (私)と遊ぶことよりも犬をモフることが重要事項。草食系をはるかに超えた一種の変態と言えるだろう。あんなやつらと出かけるのに危険も何もない。


 ……のだが、それはアヤちゃんの知らない時間、知らない世界線の私の体験した事実だ。

 別のセーブデータで得た情報をアヤちゃんに話しても、説得力はないだろうなあ。何の根拠もないことになっちゃうし。


「で、でも、ほら。いつもと違う場所で遊ぶのは、桃太郎やアンジェリカにも楽しいかもしれないし」 

 仕方ないので、そんなありがち理論で攻めてみる。

 いや、アンジェリカにはけっこう本気で海を見せてみたいけれど。どうやっても勝てない相手が世の中にいるということを、この犬には気付いてほしい。切実に。


「それは、そうかもしれないけれど」

 アヤちゃんは困った顔をする。それから、

「サキと二人なら、私も行きたいんだけど。海」

 と言ってきた。


「え、私?」

 思わず聞き返してしまう。

「うん」

 アヤちゃんは真剣だ。


 うーむ。そういえば攻略がうまく進まない周回では、アヤちゃんミキちゃんと待ち合わせてプールに行ったり初詣に行ったりするイベントが頻発していた。

 これはそういう、攻略が頓挫しかけているサインなのか? でも、ミキちゃん不在でアヤちゃんと二人で出かけるというイベントは今までになかった。すると、これはこれでルートに乗っているのだろうか。判断に迷うところだ。


 私はしばし考えた。だが、まあ、ここはトライしてみるしかないのではないだろうか。

 アヤちゃんと親睦を深めるのはこのルートを進めるために不可欠な気もするし。

 やってみて攻略ルートから外れるようだったら仕方ない、ここまで戻ってやり直せばいい。トライ&エラーはある程度は必要だ。ある程度だけどね。エラーが続きすぎると心が折れるけどね。


「わかった、二人で行こう」

 私がうなずくと、アヤちゃんはホッとしたように表情を緩めた。そんなに中村・小林のことを警戒しているのか。やつらが無害な生き物だということを私は知っているのだが、それゆえにアヤちゃんに無駄なストレスを与えていることを知らされてなんだか悪いことをしている気分になった。


「じゃあ、電車かバスで行けるところがいいね。二人で計画を立てよう」

 と言うと、アヤちゃんはまた嬉しそうにうなずく。そこで私は気付いた。

「ミキちゃんだけど……。あのう、今回は声をかけないってことでいいかな……?」

 彼女を引き込んでしまうと、女友達とわきゃわきゃ騒いで一年を終えるだけのノーマルルートに待ったなしで突入してしまう気がする。


「そうだね。ミキは犬が苦手だし、今回は悪いけど内緒にしておこう」

 アヤちゃんも同意してくれた。良かった、反対されなくて。

 ということで、毎日の犬の散歩時に少しずつ計画を練る。あまり使ったことはないが、このゲーム世界にも鉄道は用意されている。(アイドルルートでライブハウスに移動するときにたまに使った)

 どうやらそれで、海に行くことは可能なようだ。


 時刻表を調べ、犬用のキャリーを用意し、慣れさせ……。

 桃太郎は大きいから移動が大変。アンジェリカはなんにでも戦いを挑もうとするので電車内で吠えさせないようにするのが大変。

 そんな数々の難関を乗り越え、二週間後に私たちは海にたどり着いた。



 晴れた空。白い雲。輝く海と砂浜。初めての海にビビる犬たち。アンジェリカは波にむかって果敢に『キャン』と吠えたが、声は茫漠と広がる天地にあっという間に飲み込まれた。

 その後はさすがの彼女も静かになった。

 やった、ついに勝ったね! 別に私が勝ったわけじゃないけど。大自然の勝利なんだけど。


 そして、白いワンピースと麦わら帽子のアヤちゃん。

 更にオレンジ色のワンピースと、花飾りのついた麦わら帽子をかぶった私。


 中村・小林との海デートでオシャレをするなんて考えは、最初の一回で吹き飛んだが。

 私だって若い娘である。アラサーとはいえ、心は若者である。海辺のデートはこういうフェミニンな服装でという願望はある。

 あの犬オタクどもにはひんしゅくを買ったが、その点アヤちゃんは優しい。犬連れだろうが私がオシャレをすることに文句など言わない。むしろ自分も一緒にオシャレしてくれる。女友だち、サイコー。


 リアルだったら確かに、犬を遊ばせに来たのにこんなヒラヒラの服を着ているのは非常識かもしれないよ。だけどここはリアルではない。乙女ゲームの中だ。

 まごうことなきゲームの中なのだ。リアルではない、乙女の夢を叶えるための空間であるべきなのだ。


 だから私は堂々とこの恰好をする! アヤちゃんとなら、『服が汚れたら困るだろうから座っていて』なんて言われてカヤの外に置かれることもない!


 私たちは遊んだ。ヒラヒラワンピースで砂浜を走った。

 海に警戒している桃太郎とアンジェリカを引っ張りまわして一緒に走らせた。

 サンダルを脱いでちょっと波に足をつけ、塩水を手ですくって犬にかけてやったりもした。(嫌がられた)


 海風がアヤちゃんの長い黒髪をたなびかせる。きれいなストレート。うらやましい。

 色も白いし。よく見るときれいな子だな、アヤちゃん。今まで試験対策担当のNPC としか思ってこなかったけど、リアルにこんな子がいたらモテモテなんじゃないかな。


 まあ、恋愛ゲームあるあるだが……。世界には美男美女しかいなかったりすることは。

 問題は、私のアバター・山田サキの容姿がそれほどの美少女じゃないところなんだけど。

 いや、不細工ではないよ、さすがに。だけどアバターを作るときに、美少女にするのは気恥ずかしかったんだよね。プレイデータは梨佳や社内の人にも見られるのに、自分とかけ離れたかわいいアバターにしちゃったらいかにも自意識過剰みたいだと思っちゃって。地味目にまとめてしまったんだ。


 結果。今、私のアバター、NPC のアヤちゃんに負けてます。

 

 アイドルルートの時も思ったが、恥ずかしくてももっと美少女にしておくべきだったのかも。

 なんといってもここは乙女ゲーム。女の欲望が渦巻く、夢が現実になる世界。

 私はもっと自分に素直になって、欲望を解放すべきだったのかもしれない。


「あっ」

 アヤちゃんの声が聞こえる。

 もの思いにふけっているうちに大波がきて、そのときには私たちは波打ち際から離れていたのだけれど、それでも波しぶきが雨のように降りかかった。

 水滴がきらきらと輝いて、白いワンピースのアヤちゃんをお姫さまのように彩る。う、美しい。妬ましい。


 それはまあいいんだけど、桃太郎がびっくりしてしまったようだ。海に後ろを向けて、走り始めようとした。

 子犬とはいえ、ラプラドールレトリーバーだ。急にすごい力で引っ張られたリードが、アヤちゃんの手から抜けそうになる。


「おっと、危ない」

 私は間一髪、すっぽ抜けそうになったリードを片手で押さえることに成功した。

 こんなだだっ広い場所で、犬に逃げられたらたまったものじゃないからね。ドッグショーで何度かあったからなあ、見慣れないたくさん人や犬に驚いて愛犬(主にマリーちゃんとかマリーちゃん)が逃げちゃったことが。そうなるとこのゲームは逃げた犬をひたすら追いかける鬼ごっこと化し、無駄にガチで追いかけなくてはならないからけっこう地獄なのだ。


「ほら、アヤちゃん。ちゃんと持っててあげなきゃ」

 赤いリードをアヤちゃんの白い手にしっかりと握らせる。

 アヤちゃん、背は私より高いのに手は小さいんだな。それに指も細くて、とっても華奢だ。

 本当にかわいい。こういうアバターにすればよかった……。

 

「……サキ」

 アヤちゃんが小さな声で言う。

 白い頬が上気して、ピンク色になっている。彼女はメガネっ娘なのだが、レンズの向こうの大きな瞳が少しうるんだ感じで私を見た。

「あの。ありがとう」


「お互いさま。気にしないで」

 答えを返しながら、私は何となく違和感を感じていた。

 あれ……これ、おかしくない? 私たち、なんかいい感じになってない?

 かつて私が夢に描いた理想の海デート。今の状況は限りなくそれに近い気がする。


 ちょっと待って。私はかっこいいイケメンを落とす、普通の乙女ゲームがしたいのよ。かわいい女の子を落とす百合ゲーをするには、ちょっと、ちょっと心の準備というものがあまりにも出来ていない!


 

 小林を攻略するためには、アヤちゃんの好感度を上げなくてはならない。それは十分に肝に銘じた。

 しかし、好感度を上げすぎるのもまた、良くないのかもしれない。

 そんな予感に震える私なのであった。



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