89 アヤちゃん攻略 一難去ってまた一難
騒がしい現実から、ゲームの世界に戻って来たけれど。
こっちもこっちで、ため息が出るような状況なんだよなあ。
午前中のプレイで、このルートで真に攻略すべきはアヤちゃんだと判明した。
中村さんと小林には犬を触らせておけばいい。それでやつらの好感度は勝手に上がる。
しかし、そのままでは犬への好感度が上がるだけ。私はモブ、犬の付属品。そこから恋愛に持っていき、更に小林をピンポイントで狙い撃つためにはアヤちゃんの好感度をキープすることが必須。
……なんと面倒くさいシステムなんだ。犬ルートは全体的に面倒くさいが、その中でも最高峰ではないだろうか、このルートのクリア条件は。小林を攻略するためなのに。小林なんぞを攻略するためなのに!
しかしエンド回収はお仕事である。やらねばならない、生活費のために。
そのため、まずは中村・小林を放ってアヤちゃんとの関係修復に努める。学校でもこまめに話しかけ、ご機嫌を取り、学食でプリンをおごる。犬の散歩も、中村・小林との遭遇率が低いルートを選択する。
一週間(ゲーム内時間)くらいそれを続けて、ようやくアヤちゃんの態度が少し軟化した。
「……私ね、人見知りなところがあるから。知らない人と急に仲良くするのは苦手なの」
桃太郎を見たままアヤちゃんは言う。
「サキが小林さんを好きだって言うのなら、協力してもいいけど……。この前みたいに、中村さんと二人きりにされても困る」
こっちはそういう状況にしたいのだけど! しかし、ただ二人っきりにしてもアヤちゃんの中村さんに対する好感度は上がらない、むしろ下がるということは理解した。
「わかった。ごめん」
私は改めて深く頭を下げる。まずはアヤちゃんの私に対する好感度をキープすることが先決だ。
「本当に悪かったよ。私、小林さんのことしか考えられなくなって周りが見えてなかった。本当にごめん……」
中学生くらいがターゲットの少女マンガのヒロインになりきって、そんなことを言ってみる。
だけど、小林なんかに夢中になって周りが見えなくなる女は人としてかなり問題があるのではないのだろうか。そんなことを考えてしまう自分である。
「恋ってそういうものなんだろうね」
アヤちゃんはそう言って笑ってくれた。これぞ青春! って感じのシーンなのだが、ターゲットが小林ということで私はイマイチ感動にひたれない。やはり梨佳の作るシナリオには、どこか致命的な欠点があるように思えてならない。
いや、間違えた。あいつのシナリオに致命的でないところなんかなかったわ。プレイヤーはほぼ殺される、私のことだけど。
虚無な気持ちになっている私の横で、アヤちゃんは桃太郎を引っ張って行く先を変えた。ん? こっちは……。
「サキが私のことにも気を遣ってくれるって約束してくれるなら、協力する」
アヤちゃんは言った。
「会いたいんでしょ? 小林さんに」
「アヤちゃん」
涙が出そうになった。アヤちゃんの心遣いに。そして、自分の努力が報われた喜びに。
「ありがとう……」
とりあえず、協力を取り付けられるほど好感度は回復したらしい。でもこれ、かなり高い好感度をキープしないといけない気がする。うっかりして、またご機嫌を損ねないように気をつけなくちゃ。
普通の乙女ゲームならこのレベルの好感度管理が必要になるのは攻略中盤以降だ。なのに序盤から、しかも攻略対象ではなく女友だち相手にそれをやらなくてはならないというのは、さすがこのゲームである。
しかし、私も飼い犬相手に好感度管理をしてきた女。この程度のことでは折れない。
何しろアヤちゃんは人間である。犬相手よりも正しい乙女ゲームに近づいた感がある。
いや、犬も決して嫌いではないよ。かわいいとは思うよ。でも、犬の好感度管理をしたい人は犬の育成ゲームをやると思うの、何度も言うけど。そこを梨佳にはもっと考えてほしかった。
久々に中村・小林と合流する。
「やあ、こんにちは」
「元気そうだね、アンジェリカ」
さっそく人に吠え、犬に吠えまくってマウントを取ろうとする我が愛犬に優しい目を向ける中村さん。ハヤテちゃんも桃太郎もおとなしいから譲ってくれるんだけど、この犬の性格はどうしたら丸くなるのだろう。
「ごめんなさい、うるさくて。アンジェリカ、ステイ」
きゃんきゃんきゃん。
「ステイ」
きゃんきゃんきゃんきゃん。
「ステイと言うのがわからぬか!」
ドン鈴木風になってしまった。もう鞭を手に入れるしかないのか。いったいどこで売っているんだ、鞭。この世界のショップでそんなもの手に入るのだろうか。
「アンジェリカはチワワとしても小柄だし、ハヤテや桃太郎は巨人みたいに見えるんじゃないかな。気持ちで負けないように頑張っているんだよ、きっと」
犬に対してやさしさあふれるコメントをする中村さん。えっ、こいつ、体格差を態度の大きさで補おうとしてるの? 勘弁してよ。この先、ハヤテちゃんと桃太郎はまだまだ大きくなって体格の差は開いていく一方のはずなんだけど。今以上にアンジェリカの態度が大きくなったら、私の神経がもたない。
とりあえず、アンジェリカで『ドッグショーエンド・チワワ編』を狙うのはやめておこうと私は思った。残念賞エンドしか回収できないだろう予感がひしひしとする。
「たまには遠出をしてみるのもいいんじゃないかな」
アンジェリカに優しいまなざしを向けてから中村さんは、ちらりと小林を振り返った。小林もうなずいた……ように見えた。
「実は月末に、小林と一緒にハヤテを連れて海に行こうかと思っていたんだけれど。山田さんと尾瀬沼さんもどうかな。アンジェリカにも桃太郎にもいい経験になると思うけど」
海デートのお誘い、来たー?
時期的にはハマるけど、誘われるためにはまだ好感度が足らないと思っていた。アヤちゃんを引き込んで、二対二になったことでイベントの発生条件が変わったのだろうか。
ここはもちろん、ふたつ返事でオーケーするところだが。
私はハッと気づいて、アヤちゃんを振り返った。ああ、やっぱり。気が進まなそうな顔をしている。こんなところにも罠が、本当に気をつけなくては。
「あ、あの。相談してから……」
「ああ、そうだよね」
私の返事に、中村さんはソフトにほほ笑んだ。
「返事は急がないから。もし行くなら、車を出すからね。浜辺で犬を遊ばせてから、バーベキューをしよう」
うん、まあ……。デートの内容は知っているんだけどね、私は。
もう一度、チラッとアヤちゃんを見る。
さて、どうやって彼女を説得したものか。またしても頭をしぼらなくてはならなそうだった。




