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88 小休止 ランチタイム

 東丸に笑い倒された。いや、『笑』などというかわいらしい字面の言葉ではない。漢字で書くなら『嘲』だ。上から目線であざわらう。それをやられた。お昼休みの時間が来たので攻略を中断してログアウトしたときに。


「おま、なんだよアレ、いつもあんなことやってるのか? どんくせー。くそ、腹筋がいてえ。俺を笑い殺す気か」

 ああ、殺してやりたいよお前を、たった今。ただし笑い死になんてのどかなものではない。絞め殺してやりたい、鶏のように。


「東丸主任。やめてください、失礼です」

 梨佳が果敢に立ち向かってくれた。

「咲は真面目にやってくれてるんです。真面目すぎてちょっと要領が悪いだけなんです。よその部署に来て、事情もわからないのに一所懸命にやっている人を笑い者にするなんて最低です」


 ちょっと。ちょっと待って梨佳。援護はありがたいんだけど、そして東丸が最低だということには完全同意するけれども、なんか微妙に援護になってなくない? ディスられてる気持ちになるんだけど。

 言わせてもらえば、普通の乙女ゲームなら私もあんな無様はさらさないよ? お前の作ったゲームが、悪い意味で奇想天外すぎるからああなるんだけれど。


「あー、ひっでーもの見た。笑いすぎて苦しくなった。おい電波女、これだけ笑えるなら続きも見たいからログを回覧しろや。午後は忙しくて来てやれないからよ」

 来なくていい。というか二度と来るな。

 梨佳もそう思ったようで、

「サマリーはいつも回覧しています」

 と冷たく言う。


「サマリーじゃなくて、ちゃんとしたログを寄越せよ」

「データが膨大になりますので無理ですし無駄です」

 ぴしゃりと言い返す。こういうときは梨佳は頼りになる。直属ではないとはいえ上役だからって忖度したりしないところ、最高。


「くそっ。お前ら、そんなに俺に来てほしいのかよ。しょーがねーな」

 とか言いながら東丸は出て行った。もう一度言う、二 度 と 来 る な 。

 あれで顔だけはいいのが腹が立つ。(頭もいいらしいが、知らなかったことにしておく)

 髪の毛をバカみたいに真っ赤に染めてなければだけど。あと、わざと膝を破いたジーンズで仕事に来るな。ここは会社で、お前は会社員のはずだろう。ライブハウスのミュージシャン気取りか。


 まあ、割とこの会社は服装は自由なのだけれど。私も、バイトに入るときにラフな恰好でもいいですよって言われた。梨佳も、ジャケットは着て来てるけどスーツ姿はあまり見ないし、室長もそういえばそんな感じだし、社内ではネクタイをしていない人もちらほら見かける。

 でもだからって、オフィスであの恰好はどうなの。(八つ当たりだということは認める)


「もうっ。室長が甘いから」

 梨佳も愚痴った。室長は社内調整という名目のもとにあちこちの部署をウロウロしていることが多い。おかげで、私がゲームにダイブしている間、梨佳はひとりで東丸の相手をすることになりかなりストレスを溜めたらしい。

「部外者立ち入り禁止にしたいけど、そんなこと進言してもどうせ流されるだけだし」


 うん、その光景は私にも見えるようだ。豆腐にかすがい、ぬかに釘、のれんに腕押し。そのあたりの言葉を全て体現しているのが那須野室長という男である。何しろ毎日のように梨佳にキャンキャン吠えつかれてもまったく気にしていない、スルースキルの塊だ。

 梨佳の機嫌が悪かろうと、東丸の態度が悪かろうと、気にせず飄々としているに違いない。


「……ごめん。じゃ、ランチ行こ」

 梨佳がそう言って、私も同意した。

 基本はお弁当派の私たちだが、最近は月に二回くらい近所のイタリア料理屋にランチを食べに行くことにしている。七百円でパスタにサラダ、スープと飲み物がつくのでお値段まあまあ、それでも今の私にはちょっと贅沢だけど。


 今日のランチはペペロンチーノとナポリタンの二択だった。白い服を着ていた梨佳はノータイムでペペロンチーノを選択、私もそれに倣う。接客じゃないし、部署の人数も少ないからにおいのあるものも躊躇なく選べるのはいいな。


 辛い、でも美味いと言いあいながらお昼を食べる。仕事の話は抜きで、高校のころから梨佳が推している芸能人の近況とか、私の好きな本の話とか、新作映画を見に行きたいけれど時間もお金もないという話とか。(※時間がないのは梨佳、お金がないのは私)

 食べ終わると、あまりゆっくりする時間もなく会計をして会社に帰る。ペペロンチーノ、おいしゅうございました。たまにはこういう時間も大事だよね。


 歯磨きをして化粧を直して、研究室に戻り、再びお仕事。室長はちょっと顔を出すと、またどこかに行ってしまった。いったいどこで何をやっているのか。あの実りのない『後醍醐って呼ばないでください』漫才を延々と聞かされるよりは、社内をさまよってくれていたほうがいいけど。


「じゃあ、咲。午後もよろしく」

「うん」

 また棺桶のごとき筐体にもぐりこみ、梨佳に電極をつけられる私。その作業の途中で、梨佳がぽつりと言った。

「なんだか急に、攻略の方向性を変えたんだね。咲」


 ギクッとする私。室長から攻略情報を手に入れたことは極秘である。梨佳はそういうのにうるさい。

「そ、そお? このルートはさんざんやりこんだのに小林の攻略のきっかけがつかめないから、いろいろやってみようと思っただけなんだけど」

 そう言ってごまかす。梨佳はほんのちょっと眉をひそめて、

「だったら、いいんだけど……」

 とつぶやいた。


 危ない、危ない。室長からのネタバレルートは全力で確保しておかないと。今回みたいに詰まったときの保険として。

 私はそれ以上は余計なことを言わないように口をつぐみ、そそくさとゲーム世界に逃走した。

 さて、また攻略だ。



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