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86 ワンクッション作戦 だだスベリの散歩道

 そうして、私たちはすぐ一緒に散歩する仲になった。中村・小林は『犬友達なら大歓迎』というタイプなので問題ない。アヤちゃんがあやしい犬好き男二人組を警戒してちょっとしり込みしたが、『桃太郎のためにも犬友達は必要だよ』と言って丸めこんだ。私って悪女。


 だがしかし。ちょっと失敗したかもしれない、と感じる今日この頃。

 何がというと、アンジェリカである。こいつは初代のマリーちゃんと別方向で、そして先代のジョンとも違う方向で問題児だった。

 ペットショップからお迎えした時はおとなしい繊細な子に見えたのに、気が付けば向かい合う全てのものに牙をむきマウントを取ろうとする戦闘民族的な何かに成長。


 飼い主の私とも、常にリーダーシップの奪い合い。特に散歩のときは、どちらが前に出るかで熾烈な争いになる。つまり私はアンジェリカとの間に見えない火花を散らしながら、競歩選手のような速度で道を歩くことになるのだ。


 するとどうなるのか。当然、他の三人は置き去りである。そしてアヤちゃんを中心に犬好き男二人が和やかに会話をする、NPC だけのほのぼの空間が出来上がる。犬を飼うのが初めてのアヤちゃんに中村さんがアドバイスをし、小林がズッコケ役を引き受け、会話のバランスも悪くない。そこはかとなくいい雰囲気。


 いや、アヤちゃんと中村さんがいい雰囲気になるのはいいのよ。そのためにアヤちゃんを引っ張り込んだんだから。だけど、小林とまでいい雰囲気になってもらっては困るのだ。

 プレイヤーの私が犬の世話にかまけてカヤの外で、NPC だけで三角関係を作られたら意味がないのよ。


 そう、私はプレイヤー。乙女ゲームにおいて、プレイヤーとはすなわちヒロイン。

 華やかな逆ハーの中心に君臨するヒロインを黙って横から眺める友人ポジのモブではない。そしてアンジェリカの世話係でもない。

 

 私こそがこの世界ゲームのヒロインなのだ。アヤちゃんではない。あと、足もとで『私こそが女王』みたいな顔をしているアンジェリカ。お前でもない。

 ここは動くべきと判断した。


 私は振り返って、小林に視線を定め声を上げる。

「小林さ~ん。助けてぇ、アンジェリカの足が速くってえ……。代わりにリード、持ってくださーい」

 かつて地下アイドル(ゲーム内)として鍛えた、かわいい声とポーズで媚を売りまくる。

 それに効果があったかなかったかはわからないが、とりあえず犬のリードを持てと言われて断る小林ではない。


「え、ホント。待ってて山田さん、今行くから」

 軽率にひょこひょことやってきて、リードを持ってくれた。

「ありがとうございますぅ~」

「いいよいいよ、こんなことなら、喜んで」

 犬と触れ合えるだけで嬉しそうな小林。お前はいいな、単純で。アンジェリカがめちゃくちゃお前のことを威嚇しているんだけど、気にならないのか。


 ちなみに、数々の犬たちを屈服させてきた『ドン鈴木流しつけ術』すらなぜかこの犬には通じず、彼女の中のヒエラルキーは『時雨坂先生(獣医)> 自分≧ 私(飼い主)> ハヤテちゃん> 中村さん> 桃太郎> アヤちゃん>>> 小林』みたいなことになっていると思われる。獣医さん最強説。そして中村さんはおそらく犬の一種だと思われている。

 それにしても私の位置がビミョウ。あと、圧倒的ヒエラルキー最下位の小林。たぶんドン鈴木本人が降臨しないと私の地位は上昇しそうにない。それもイヤだけど。


「うわー、アンジェリカ、すっごく喜んでるみたい~」

 私の大嘘つき。そろそろ威嚇段階を終えて、物理攻撃に移ろうかと考えている顔だよ、あれは。今度はかみつく前に私が実力行使するが。シャイモラ(ゲーム内ゲーム)で鍛えた知略と、別データで鍛えたリアル自分の戦闘力数値をなめてはいけない。


「え、そうかなあ」

 犬に好かれていると言われて嬉しそうな顔をする小林。簡単すぎる。

「そうですぅ~」

 どうでもいいけど、このしゃべりかたと作り声、すごく疲れる。こういう時、つくづく自分はアイドルに向いていないと思うのだ。アイドルルートの攻略、どうしたもんかなあ。


 と思っている間にアンジェリカのうなり声がかなりヤバいことになったので、私は彼女をサッと抱き上げた。

「で・も☆ あなたの飼い主は、私だぞ☆ 小林さんにばっかりなつくと、サキりんすねちゃうからね~?」


 あ、しまった。つい、アイドルルートの癖で一人称が『サキりん』になってしまった。いや、すねて子犬を抱き上げたと見せかけて、実際は攻撃態勢に入ったバカ犬を押さえ込んでいるだけなのでちょっと気が散ったというか。

「山田さんって……」

 小林が目を丸くしてこっちを見ている。

「自分のこと、『サキりん』って言うんだ?」


 やめてえええ。ツッコまないでえええ。そこは、流してえ。

 伊藤くんはツッコまないでくれたよ、いや伊藤くんはああいうのが好きだからたぶんむしろ喜んでたんだけど。私としては、このしゃべり方は恥を忍んでやっているんだ!


「え、ええとー」

 目が泳ぐ私。必死に言い訳を考える。

「あ、あの、気が緩むと小さい時の癖が出ちゃうって言うかー。普段は『私』って言うように気を付けてるんですけどぉ、サキりん子供っぽくてぇ、あ、またサキりんって言っちゃった」

 くそ。くそくそくそ。恥ずかしい、恥ずかしいぞ。何だこの羞恥プレイは。

 

 ステージの上だったら、あと物販スペースというもうひとつの舞台では、アイドルを演じ切る。そのくらいの根性は、あのアイドルルートに挑み続けた日々に身に着けたのだが。

 この日常百パーセント、アイドルってそれ何、犬こそ正義でしょ? という感じの犬ルートにおいてアイドルを演じることは、尋常でなく恥ずかしすぎる。


「ふーん、そうなんだ」

 小林はかなりどうでも良さそうに言ってから、私に抱っこされているアンジェリカの頭をぐりぐりなでてまた吠えられた。

「でも、確かに『私』に統一したほうがいいかもね。山田さんも、もう高校生なんだもんね。大人になろうね」

 とてもいい笑顔でそう締めくくる。


 ぐっ……。せめて、『そういうのもかわいいよ』くらいの反応を見せてくれればまだ立つ瀬もあったのに、完全否定ですか。

 捨て身の演技により、『小林はアイドル萌えではない』ということがわかった。なんという無駄な情報なのか。そしてアイドルを演じるだけでも恥なのに、小林に『大人になろうね』と諭される屈辱。


 またしても書き加えられた私の黒歴史と引き換えに、好感度アップを勝ち取れたのだろうか。

 小林→アンジェリカの好感度アップしか体感できていない気もするが、ここは悪魔の犬ルート。犬への好感度アップは、きっと私への好感度アップにつながる……はず。

 今日の屈辱は明日の勝利をきっと呼ぶ。


 そう思わないと、やっていられないのであった。



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