85 ワンクッション作戦 スタート
苦心惨憺の末、なんとか関門は突破した。苦労したけど。因数分解とか叫び出しそうになったけど。
なんとか耐えた。そして勝ち取った。全教科九十点以上を。そして、
「サキー。親が、犬を飼ってもいいって!」
と言う、アヤちゃんの晴れやかな笑顔を。
しょっぱなからキツい攻撃だったが、何とか耐えきったぜ……。よくやった、私。
これでペットショップにGo できる。
バイトのない日の放課後、アヤちゃん(とミキちゃん)を連れてペットショップへ。
「いろいろいるねえ。みんなかわいいねえ」
モフモフを眺めニコニコするアヤちゃん。
「ねえ、これさあ。ケージの中でしっことかしたら、どうするの?」
どうでもいいことを気にするミキちゃん。いや、実際に飼うのならどうでもいいことではないけれど、乙女ゲームの中で気にしなくてもいいと思うの。
「アヤちゃん、ほら。ラプラドールレトリバーの子犬がいるよ。オスとか、いいんじゃない?」
そしてハヤテちゃんの恋愛相手となる子犬をアヤちゃんに激押しする私。会話の自然さとかもう気にしない、どうせこのゲームの中には私の他にはNPC しかいないのだ。中学英語の教科書並みの不自然な会話になってもかまわない、とにかくアヤちゃんにラプラドールレトリバー(オス)を飼わせなくてはならないのだ。
「じゃあ、サキもラプラドールレトリバーを飼おうよ。オスとメスを飼って、結婚させよう」
ダイマが過ぎたのか、アヤちゃんがおかしなことを言い出した。あんたの犬と私の犬がくっついても、小林は攻略できないんだよ。
「いやいや、ほら、素人のブリーディングはいろいろ大変だから」
そう言ってごまかした。
「それに私、大型犬は前に飼っていたことがあるから、今度は小型犬がいいかなって。アパートも狭いし」
大型犬は前に飼っていたことがある→ 嘘ではない。ただし、小型犬も飼ったことがないとは言っていない。
アパートが狭い→ 嘘ではない。ただし、大型犬を飼ったことがないとは言っていない。
プログラムで動くNPC とはいえ友人相手に、しゃあしゃあと嘘を言う私。このゲームは私の心をどんどん汚していくような気がする。
いや、嘘とは言い切れないし。私が小型犬のマリーちゃんやラプラドールレトリバーのジョンを飼ったのは、こことは違う世界線の話だし。目の前のアヤちゃんには感知できないパラレルワールドの私の話だし。
そんな私の必死な思いが通じたのか、アヤちゃんは何とか無事ラプラドールレトリバー(オス)の子犬をお持ち帰り。命名・桃太郎。
私はチワワ(メス)を選択。命名・アンジェリカ。
このサイズ差なら、アンジェリカはハヤテちゃんの恋のライバルにはなり得まい。完璧な選択である。
そうして始まる、子犬とのラブラブ……いえごめんなさい、また嘘をつきました。子犬との激闘の日々。この時点で家電量販店のバイトも辞め、私のゲーム内私生活は全てアンジェリカに捧げることとなる。貯金はギリギリだが、仕方ない。何とかする。
一緒に過ごして子犬との絆を深め、犬の好感度 (なんというパワーワード)を上げる。これは攻略上、必要なことである。
そしてしっかりとしつけをする。これも攻略のため必要だが、それ以上にここがおろそかだとゲーム内の私が心穏やかに毎日を過ごせない。家にいるときも外に出たときも、破壊神と化した犬のご狼藉に怯えて生きることになってしまう。マリーちゃんの時のように。マリーちゃんの時のように。
そして定期的に獣医さんに通い、数種の予防接種を受けてようやく犬とともに外を闊歩できるようになるのである。
それでも焦らず無理強いせず、首輪やリードに慣らし、抱っこして外の空気に慣れさせ。飼い始めたばかりでパニックになりがちなアヤちゃんと、子犬を連れてお互いに訪問しあったりもしつつ。
日々を過ごして数週間。
夏も近いある日、ようやく待ちに待った瞬間が訪れた。
「やあ、こんにちは。かわいい子犬だね。名前は? 何ヶ月?」
ハヤテちゃんを連れた中村・小林と、待望のエンカウントである。いや、彼らの散歩コースを熟知している私がさりげなくアヤちゃんを誘導して待ち伏せたんだけど。ストーカーか、私は。
しかし子犬×2 の威力はすごい。向こうから声をかけてきた。挨拶だけどね。
「ありがとうございますー。アンジェリカですー。6ヶ月ですー」
かわいく言う私。
「桃太郎です……。7ヶ月です……」
ちょっと警戒した様子のアヤちゃん。
「そうなんだ。かわいいね、抱っこしてもいい?」
そしてどのルートでも変わらず、軽率に犬にさわろうとする小林。何でお前にはそんなにも生物としての警戒心が欠けているのだ。
私の今回の犬・アンジェリカは、体は小さいくせに非常に気が強く出会うものすべてに闘志を向ける。今もめちゃくちゃ小林を威嚇しているのだが、やつは気にしない。
「あの、もしかするとかむかも……」
「あ、ホントだ。かまれたぁ」
かまれても笑っている小林。ヒトの家の犬にかみ癖をつけないでほしい。迷惑なんだけど。
「こらっ、アンジェリカ!」
仕方なく私はアンジェリカを叱る。
「今のは小林が悪いですから。気にしないで」
中村さんはそう言うが、それはそれとしてしつけはちゃんとしておかないと、このゲームはいつどこで足をすくわれるかわからないんだよ。リアルでアウトなことは、ゲーム内でもアウトと思って対処したほうが無難だ。
さっそく面倒を起こしてくれた小林を、こっそり横目でにらんだ。こいつをこれから落とすのか。はあ……モチベが上がらないなあ。
「うちのはハヤテっていうんです。ああ、桃太郎と同じ犬種ですね。仲良くしてやってください。もちろんアンジェリカもよろしくね」
犬たちに慈愛の目を向ける中村さん。たぶん私たちの姿は犬のオマケくらいにしか見えていないのだろう。
しかし、それでもこうして出会いは果たされた。
ようやくたどり着いたスタートライン。頑張って攻略していくぞ!




