80 新たなる戦いに備えて
室長からの情報を、まる一日考えた。
ひとつ攻略したら休みを一日もらう。そういうことにしている。
初めのころは続けざまの攻略もしたものだが、あんな濃いゲームを休みも取らずにやっていたら全クリする前にこっちの精神がすり切れる。働いた時間で賃金計算される身分だから、勤務時間に比例して収入も減るわけではあるが……お金も大事だが健康も大事。
未来を生き抜くために私は、今月の給料ダウンを受け入れる。
とはいえ、家でゴロゴロしていても頭では小林の攻略法を考え続けているわけで。私って真面目。ちょっと社畜。
いや別にあの会社の未来とか『マニアック』の行く末とかはどうでも良くて、お金がほしいだけなんだけど。ホント、会社員時代の貴重な貯蓄が毎月毎月、目減りしていくのを見るのはメンタルに良くないんだよ。金が、まとまった金がほしい。
とにかく私は考えた。
室長の情報は、つまりこういうことだ。小林を落とすためには、中村さんの恋愛ゲージもまたMAX になっていなくてはならない。何でそんな面倒くさい仕様にしたのか梨佳を小一時間問い詰めたいところだが(本当にやったら私が疲弊するだけで終わるから絶対にやらないが)、二人の好感度パラメータは連動している。
だが、それこそが勝利への鍵だと室長は言っているのだ。
中村さんの恋愛パラメータの上げ方はもうわかった。ハヤテちゃん(中村さんの飼い犬)の恋愛パラを上げれば良いのである。つまりラプラドールレトリバーのオスを飼育し、ハヤテちゃんと仲良くなるように仕向ける。それだけでいい。(と言ってもそれだってそれなりに難度は高いのだが)
で、つまり……。ハヤテちゃんの恋愛パラが上がれば中村さんのパラも上がる。それにつられて、小林の恋愛パラも上がる……ということに。
どれだけ主体性ないんだよ、小林。
どれだけ犬中心思考なんだよ、中村。
大学生の男を二人並べて、恋のフラグを立てるための条件が犬の発情っておかしくない? おかしいでしょ。いったいどうやったらそんなシナリオを考え付くのか、梨佳。
と、ツッコみたいことは山ほどあるが、それも今は置いておく。とにかく肝になるのは二つ。
1 ハヤテちゃんに恋の相手(犬)を用意する。
2 だがその飼い主は自分であってはならない。
私の飼い犬とハヤテちゃんが恋に落ちちゃうと、自動的に中村エンドが発動しちゃうからね。そっちはもういいんだ、見たばかりだから。いや、グッドエンドとかノーマルエンドとかはまだ回収していないし、いつかは回収しなくちゃいけないんだけど。
すぐに再挑戦するのはあまりにもキツい。中村トゥルーエンドにはかなりメンタルを削られたからね。出来ればしばらく関わりたくない。
本音を言えば、小林の攻略もいったん後回しにしたいくらいなんだけど。
ここまで犬エンドローラーをやったんだから、小林エンドもひとつくらいは回収したい。そしてスッキリしてから次に行きたい、という気持ちが邪魔をしてしまっているわけで。
思えば学生時代の私は、問題集をやるなら一ページ目から順番に隙間なく埋めていかないと気が済まないタイプだった。子どものうちは『咲ちゃんはきちんとしてるね』なんてほめられたりもしたけれど、こうなってくると要領が悪いだけという気もしてくる。
しかも、ものはゲーム。梨佳が作った、不条理感満載のゲーム。そんなものを攻略するのに、『秩序だって積み重ねていかないとダメだ』なんて考えてしまう性格は死亡フラグの一種にしか見えないと、私だって思うよ。
それでも、なんかイヤなんだ。なんか落ち着かないんだ。キリのいいところまでやらないと気持ちが悪いんだ。
ああ。前の会社でもこんなことを言いながらサビ残をする羽目になったり、他の人の仕事まで引き受けたりしていたんだっけ。やっぱり私、自分から損になるようなことをしてる?
自己改革セミナーとかに行った方がいいのだろうかと一瞬、考えた。しかしちょっと検索してみたら、料金がばか高かったのでやめた。今の生活を維持するだけでも赤字が出ているのに、効果の程もわからないセミナーに万単位のお金なんか注ぎ込めない。
つまり、結局。欲しいお金は自力でもぎとるしかない。
具体的には全クリ報酬の五百万円である。それさえ手に入れば、数年はしのげる。
まずは目の前からコツコツと。どんなに気が進まなくても、モチベが上がらなくても、攻略の道筋が見えている小林のエンドを回収する。
それが心を殺して犬エンドをローラーし続けた今の私の結論なのだ。
というわけで小林を攻略する。そのためには『私の代わりにハヤテちゃんの恋愛相手を育て、なおかつ中村さんの恋愛相手も引き受けてくれる人 (キャラ)』を見つけねばならない。
そしてそのキャラを中村さんにあてがいカップル成立させて隔離したうえで、私が小林のハートをゲットする。そういう道筋だろう。
……めちゃくちゃ面倒くさくない? 梨佳、クリアするプレイヤーの気持ちを考えてる?
難度が高いルートがあるのは別にいい。どいつもこいつも簡単に落とせるのではいかにゲームとはいえ飽きてきちゃうからね。
だけど『難しい』のと『面倒くさい』は違うんだ。『難しい』には苦しみの中にも喜びがあるんだけれど、『面倒くさい』には苦しみしかないんだよ。
いつかそれを梨佳に言ってやる。そう心の中で誓いながら、私は翌日からの戦いに備えて早めにベッドに入った。




