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79 事実は小説より奇なり

「申し訳ありません、平群さん」

 室長は頭を下げて丁寧に言った。

「口は悪いけれど、そう悪い奴じゃないんです。乗せやすいですし」

 東丸のことである。うん、それは目撃した。

「でも助かりました。おかげで、あいつも研究に力が入るんじゃないかなあ。僕らが言っても聞く耳持たなくて。いいものを作っているのに何が悪いって態度で」

 うん、それにはものすごいデジャヴを感じた。

「だけどさっきは違いましたね。やっぱり若くてきれいな女の人に言われると堪えるのかなあ。平群さん、ナイスプレーでしたよ」


 そしてこのタイミングでお世辞を挟んでくるなあなあ那須野、ホントに恐るべし。私もうっかり、いい気になりかけたよ。

 さっき東丸主任のこと『乗せやすい』って言ってたし、コイツ絶対意識してやってるから。本気にしたらバカを見るから。


「その。そういうお世辞はいいです。私、別に若くも綺麗でもないですし」

 ハッキリ言っておく。そういう心ないお世辞は、苦手な方だ。

 室長は目を丸くした。

「何言ってるんですか。後醍醐くんもすぐアラサーだとかそういうことを言うけど、二人とも僕から見たら十分若いですよ。それに平群さんは綺麗じゃないですか」


 くわっ! そういうセリフには慣れてないから、ダメージ大きいんだって。

 真に受けるな、私。コイツの褒め言葉はたぶん、女同士の『咲かわいい~』程度の重みだ。


「ところで、もう帰宅なさってると思いましたが。僕に何か用でしたか」

 案の定、あっという間に話題転換されたよ。

「あ、もしかしてゲームの攻略情報ですか?」

 そして読まれている。

「いいですよ、僕で分かることならお話ししましょう。後醍醐くんほど詳しくはないですが。ついでに家までお送りしますよ。もう暗いですから」

 へ。


「駐車場まで少し歩きますが、車で来てるので」

 そうなんだ……って、いきなり車に乗せてもらっていいのだろうか? ……なんていちいち反応してるからなかなか男友達出来なくて、晴みたいのに引っかかっちゃうのかもしれないけど。

 分かった、受けて立ってやろうじゃないの。私も二十八歳アラサー無職非処女、もう怖いものなんか何もない。


「じゃ、お願いします」

 果し合いを受ける武道家の気持ちでそう答えると、

「そこの角を曲がった少し先なんですけど」

 ものすごく普通の答えが返ってきて、脱力する。私がこの手のシチュエーションに弱すぎるのか、那須野のスルー力がすごいのか。

 両方だな、多分。梨佳のゲームであんな濃いキャラを攻略し続けているのだから慣れても良さそうなものだが、リアルの男はやっぱり複雑怪奇で何を考えているのか分からない。怖いよね、現実って。



 確かに駐車場まではちょっと歩いた。それも住宅の間の細くて狭い道を延々進む。やがて足元は舗装されてない砂利道になり、更に『ここヒトんちの庭先じゃないのか大丈夫か』みたいなところを通り抜け、その後は街灯すらない真っ暗な場所に連れ込まれる。室長はひょいひょい進んでいくが、私は足を踏み出すのも怖い。暗すぎて、自分が何を踏みしめているのか全く分からない。水たまりとか穴ぼことかあったら間違いなく足を突っ込むよ、これ。

 いくら怖いものなんか何もないといったところで、ここまでくるとさすがに不安になる。大丈夫か、犯罪にでも巻き込まれるんじゃないか、と思い始めたところでようやく駐車場にたどり着いた。


「あの……今の、道だったんですか?」

 つい聞いてしまう。

「近道ですけど」

「人の家の庭先みたいなところを通りましたよね」

「あ、大丈夫です。駐車場のオーナーさんのやってる貸家の敷地なので」

 大丈夫なのかそれは。

「あ、暗かったから怖かったですか」

 つーか、それで済ませるあんたの全てが怖いよ。


 大丈夫なのか。ここは本当に現実なのか? リアルに戻ったと思わせて、実はここはまだ『マニアック』の中なのでは。そう思わせるくらい、不条理な展開なんだけど。

「ここ、安いんですよ」

 室長は笑顔で言った。そうだろうね。これで相場より高い駐車場ですなんて言われたら、私は本気で自分の正気を疑う。



 室長の車は少し古びた、もっさりした軽のワゴンだった。会社の仕事でも使うことがあるそうで、たくさん物や人が乗せられるワゴンにしたそうだ。

「本当は、スポーツ車が欲しいんですけどね。車二台持てるほど、給料が出なくて」

 どうでもいい個人情報来た。マジでどうでもいい。


「えーと、それで攻略情報でしたっけ。次はどこへ行きますか」

 どこへ、とタクシーの運転手のように聞かれても。

「そもそも他の攻略対象をまだほとんど把握していないので」

 強いて言えば、謎の存在である高橋先輩の名前くらいだが。

「とりあえず、小林さんの攻略法を」

 私は手近なものから確実に攻略していくタイプなのである。


「小林ね、小林……」

 室長はひとりごとのように呟いた。たぶん、攻略法を思い出しているのだろう。

 あの世界の創造主である梨佳はゲーム内の全てに通暁しているが、室長は資料を見ただけだろう。なので、情報を引っ張り出すには記憶の海を検索してもらう必要があるわけだが。

 頼むよ、室長。しっかり思い出してくれ。私の攻略の成否は、あんたの記憶力にかかっている。


 中村さんと小林さんのパラメータはリンクしているという事実。それが今回の攻略を難しくしている原因だ。中村さんについては室長のアドバイスで攻略成功した。

 攻略のカギは正に犬。犬 >>>> 私であると同じように、彼の中では犬 >>>> 小林だった。あれは犬を全てに優先することでもぎ取った勝利だった。


 しかし小林の場合、中村さんのハヤテちゃんに当たる存在がいない。

 それはつまり、同じ方法での攻略は出来ないということだ。


 とはいえ正直、私にはもう自力で小林エンドを探る体力も気力もない。シナリオや小林に対する興味も全て、あの延々と続く犬エンドで滅しつくされた。

 梨佳が聞いたらさぞ怒るだろうが、ズルが出来るならズルして楽に攻略したい。それゆえの待ち伏せ作戦なのだ。


「小林は、確か……ワンクッション作戦が有効だったと思いますよ」

 しばらく沈黙してから、室長はようやく思い出したように言った。

「ワンクッション?」

「はい。というか、影武者作戦というか」

 うなずく。意味わからんですが。


「中村と小林のパラメータが連動してるって話はしましたよね。小林がトゥルーエンドまたはグッドエンドを迎えるには、中村の恋愛パラメータがマックスになっていないといけないんです」

 それは分かってる。

「けれど中村の恋愛パラメータがマックスになるには、ハヤテの恋愛パラメータもマックスになっていなくてはいけなくて」

 面倒くさいな。でも、うん、それも今回で理解した。


「その時、ハヤテの相手がプレイヤーの飼い犬であった場合、自動的に中村エンドが小林エンドに優先されます」

 む?


 私はしばらく考えた。つまり、室長の言わんとするところは。

「つまり、ハヤテちゃんの相手が私の飼い犬でなければいい?」

「さすが平郡さん。理解が速いですね」

 満足そうにうなずく室長。でも、それって何て面倒くさいルートなんだ。梨佳め……!



「この辺りでしたよね、平郡さんの住所」

 聞かれてハッとした。もうアパートの近くまで来ていた。

「あ、はい。次の信号を曲がった先にコンビニがありますから、そこで降ろしていただければ」

「家まで送りますよ」

「いえ、狭くて車を展開させるところがありませんし、買い物もしたいので」

 と言うと、それ以上は押してこなかった。完全に社交辞令で言ったんだな。


 信号が赤になり、車が停まった。ここはスクランブルで、信号が変わるまでは少し時間がかかる。

「あの」

 黙っているのも気まずいので、私はちょっと気になったことを聞いてみた。

「はい?」

「梨佳、今日は遅いんですね」


 正直、室長が先に出てくるとは思っていなかった。だから東丸主任に絡まれたときは、いつ梨佳が現れるかと気が気でなかったのだが。

「ああ。後醍醐くんはいつも遅いですよ」

 室長は当たり前のように言った。


「あまり根を詰めないでと話しているんですけど。凝り性なんでしょうね、23時24時上がりは当たり前で。会社に泊まってたことも何度かあったかなあ。続けると僕だけでなく人事からも注意がいくから、タイムカードをごまかしたりしているみたいですけど。研究室の様子を見れば泊まったかどうかって何となく分かりますよね」

 すっごい普通に言われたが。


 管理職! そこは気付いてるならちゃんと注意しろよ。見ないふりしてなあなあにするな、ブラックかあんたは。


「作るものは難解というか、趣味的ですけれど、彼女は彼女なりに頑張っているし芸術家肌で繊細なところもあるようなので、その辺り平郡さんにフォローしていただけたらなって思ってるんです。ほら僕、彼女に嫌われてるみたいですし」

 それは、あんたが梨佳を苗字で呼ぶのをやめないからだ。……と私がツッコむ前に車はコンビニの駐車場で停まり、室長は当たり前のように助手席の扉を開けた。そして、

「じゃ」

 と笑顔で挨拶(=さっさと降りろとの宣告)。

 私はお礼を言って降車するしかなかった。


 遠ざかっていくワゴンを見送る。

 星空に向かってめちゃくちゃに叫びたい衝動が、体の奥からわき上がってくる。なぜ、この世はこんなにも不条理に満ちているのだろう。

 もしこの世界に神様がいるなら、それはきっと梨佳みたいな奴に違いない。



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