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78 東丸主任 

 ホシは、じゃなくて対象はおよそ三時間後、午後七時過ぎに通用口から出てきた。

 まだ油断できない。時間を取って、障害となる人物があたりにいないか注意深く確認する。

 ……大丈夫、相手はひとりだ。後続が来ないうちに素早く攻撃をかけるべし。


 店を出て小走りに対象を追う。近づいたところでさりげなさを装って声をかける。

「しつちょ……」

「那須野っ! 今日という今日は話があるっ!」

 私の『帰り道で偶然ばったり大作戦☆』は、どこの誰とも知らない男の怒鳴り声にかき消された。


「ん?」

 対象、いや室長はきょとんとして振り返る。そして私と、後ろから私を追い越して室長を怒鳴りつけた真っ赤な長髪・革ジャンの男を見比べた。


「平群さん」

「あ、はい」

 私の名前を呼ぶので返事をする。こけしみたいなちっちゃな目が赤髪男の方に動いた。

「東丸」

「ああ」

 赤髪男も返事をする。あれ、こいつも知り合い? いや、そう言えば室長の名前を呼んでいたか。


 今日の私のミッションとは、『張り込みして室長がひとりになったところを狙い、小林の攻略法を聞きだす』というものだった。

 あの研究室では聞けない。梨佳の前で聞いたら、絶対に妨害される。

 しかし室長のスタンスは梨佳とは違う。彼がひとりでいるところをうまく捕獲すれば、穏便に攻略情報が聞かせてもらえる……はずだったが。

 こいつ、誰。


「あれ、二人は知り合いだったの。いつから?」

 不思議そうに私たちを見比べる室長。知り合い? 誰と誰が?

 ちょっとしてからようやく気づいた。たまたま並んで立つようなポジションになったものだから、この赤髪男と連れ立って来たのだと誤解されている。


「あ、いえ。そうじゃなくて」

 と言いかけたら、

「こんな冴えない女知るか。ごまかさないでちゃんと話を聞け、那須野」

 ……とても失礼なことを初対面の人に言われましたよ?

 あらあら。いくら私が無職アラサーだからって、人には言っていいことといけないことがあるのよ。仏の平郡さんにも聞き逃せない言葉というものがありますのよ。


 私は赤髪男を思い切り侮蔑の目で睨みつけ、

「こんな売れないミュージシャンみたいな人、私だって知りません」

 と言い切った。

「誰が売れないミュージシャンだっ」

 相手は怒り狂って私を睨みつけてきたが、知るか。先にケンカを売ってきたのはそっちだよ。


 しかし、改めてよく顔を見ると……意外にイケメンだな。私より少し年上だろうか。なんでこんなイケメンが、十代の突っ走っちゃった子みたいな残念なファッションしてるのだろう。もったいない。


「ああ、知り合いってわけじゃないんだね」

 マイペースにうなずく室長。

「じゃあ紹介するね。東丸、こっちは平群咲さん。うちのバイトで例のゲームのテストプレイをしてくれてる人だ。平群さん、こっちは東丸といってうちの社員だよ。ハード開発部門の主任、事実上の責任者だね」


「じゃあ、あのイカレたゲームを開発したバカ女の友達ってヤツか!」

「じゃあ、あのどうしようもないハードはこの人が作ったんですか!」


 セリフがかぶった。いかん。衝撃のあまり、つい本音がダダ漏れになってしまった。

 

「俺の作ったハードをバカにするなあっ」

 ものすごく怒られた。

「今流通しているハードはなあ、手軽さばかりを追及して、人体に対する影響を軽視し過ぎなんだ。俺が今作ろうとしている物はそれとは一線を画した、次世代の子供たちのことにも配慮した……」

 何か語りだした。

 あれー、なんだろう。この光景、ものすごいデジャヴなんだけど。


 というか、こんな社員しかいないのかい、この会社。


「うんそうだね東丸」

 那須野室長はにっこり笑った。

「頑張って早くハードを完成させてくれ。それに合わせて僕たちソフト研究チームは、魅力的なゲームを開発するから」

「だからっっ。それがなんで、あのくそイカレたゲームになるんだよっ。あんなゲーム、俺の作るマシンに対する冒涜だっ」

 東丸主任は唾を飛ばしまくって室長を怒鳴りまくっているが。

 そしてあのゲームがイカレているという点においては大いに同意したいが。


「あの。健康に対する配慮も大事ですけど、手軽さも大事だと思います」

 今のところ唯一のユーザー(多分)として、私は口をはさんだ。

 あのハードに対しても、私は言いたいことがいーーーっっぱい、あるのだよ。それこそ『マニアック』本編に負けないくらいに。


「今のままだととても市場に耐えません。というか誰も買わないと思います」

「何だと?!」

 東丸主任は鬼の形相で私を見る。

「どうしてそんなことが言い切れるっ。俺のマシンのどこに欠点があるっていうんだ」


 いちいち怒鳴らないと話ができないのか、この人は。うるさいな。

 そして、あんた以外の世界中の人間がすぐさまその欠点を指摘できると思うが。社内にそれを指摘できる人いないの?


「あの大きさじゃ、私のアパートに置くところがありません。あと、誰かに手伝ってもらわないとダイブできないんじゃ一人暮らしの人は遊べません。それと、いったい定価をいくらに設定するつもりですか。コスパ考えてます?」


 主任が言い返す前に、那須野室長がのんびりと拍手した。

「平群さん、さすがのツッコミ力だねえ。東丸、その辺改善してね。ああ、ところでこの前貸した飲み代、いつ返してくれるのかなあ。僕は今日でもいいよ」


 そののんきな調子に東丸主任も怒りを殺がれたようだった。なあなあ那須野、恐るべし。

「今日は飲む気分じゃなくなったっ。お前のところの女どもは本当に最低なヤツばっかりだな。いいか見てろ、二度とそんなことが言えないようなハードに仕上げてやるっ」

 言い捨ててくるりと踵を返し、会社の方に戻っていく。アンタ退社したんじゃなかったのかい。そして終始怒っていたけど、もしかして室長を飲みに誘うつもりだったのか? あの態度がデフォなの?

 

 ていうか、梨佳と十把一絡げにするのはやめて。私はあんな電波じゃないから。友達だけど仲間じゃないから。ホント勘弁して。

 


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