77 プレイ解析(?) 第11回
ダイブを終えてもしばらく私はボーーッとしていた。
あの長かった犬ルートがついに終わりを迎えたのだ。内容はともかくトゥルーエンドを迎えたのだ。感慨はある。内容はともかく。
「咲? さーきー?」
梨佳が目の前で手を振るが、反応する気分にもならない。ちょっと放っておいて。
「大丈夫? ダイブ酔いした? 横になる?」
そんな言葉にも首を振るだけ。
「室長、咲が変です。救急車を呼んでください」
「疲れたんじゃないですか。少し様子を見て」
「だって、何か大変な病気だったらどうするんですか!」
梨佳、対応が極端な子。その優しさをゲームをしている時の私にも向けて。ちょっとでいいから。
「平気。感慨にふけっていただけ」
救急車を呼ばれてはかなわないので、私は仕方なく口を開いた。
そして梨佳の目がキラキラし始めたのを見て、すぐに言葉の選択を誤ったことに気付いた。
「感慨? 感慨にふけってたの? 良かったあ、面白かった? 室長がネタバレしちゃうから、作業になってたんじゃないかと思って心配してたの。面白かった?」
いや、お前の作ったゲームプレイするの作業以外の何物でもないから。
という本音は胸に押し込めるが、誤解はといておく必要がある。
「そういうことじゃなくってね。ほら、このルート攻略するのに時間がかかったから。こんなに長くかかると思わなかったし。やっと終わったなって」
「ドッグショーエンドのローラーとかやってくれたものね。バイトとはいえごめんね咲、大変だったでしょ」
と言ってくれる梨佳は優しいようであるが、
「それで、面白かった?」
やっぱり目がキラキラしている。他の選択肢もくれ。
「えーと」
ツッコみたいところはたくさんあるのだが。
今の私には、絶対的にツッコむ力(体力・気力とも)が足りない……っ。
「疲れた……」
え? という顔をする梨佳。
「疲れた。攻略難しかった」
まさか攻略のポイントが『犬同士の好感度のパラメータを上げること』とか思わないし。
「何というか、もっと単純でいいと思うのね。マニアックすぎるよ。少なくとも、基本パラメータ以外のパラメータが攻略に絡んでくるのはどうかと思うのよ」
もう出来てしまったゲームを改修しろと言う気力は私にもなくなってきた。
ですのでこの意見は後醍醐先生の次回作に生かしてください、次があればの話だけど。
「やっぱり、難しい?」
梨佳は不安そうな顔になった。私は厳粛にうなずいた。
「これくらいの方が、マニア受けするかと思ったんだけど」
「ニッチ過ぎる。マニアでも一部の人しか楽しめないと思う」
そしてその人はおそらく苦行僧だと思う。
「そ、そうなのかな」
「うん、そう。絶対そう」
というか、私はそれをずっと伝え続けているはずなんだけどな。
何か梨佳が無口になったが、それはそれで助かるので私は存分に休養させてもらった。
エンドロールまで行った日は、私の仕事はそれで終わりである。立ち上がる元気が出た辺りで、終業時間だいぶ前にお先に失礼させていただいた。
し・か・し。帰宅するわけではない。
今日の私には壮大な計画があるのである。
会社を出てから周囲に人目がないのを確認し、向かいのファストフード店へ入る。
ここから会社の出入り口が監視できるのを私は知っている。今日はシャイモラ攻略時にさんざん鍛えた監視と狙撃のスキルを今こそ発揮すべき時。すなわち待ち伏せ作戦だ。
会社から出てくる人と正面から目が合わず、なおかつ完璧にターゲットを視野に収められる席どり。店の人に怪しまれないよう適度な追加注文とスマホゲームで偽装もばっちり。私もこんなスキルをリアルで使う時が来るとは思わなかったが、意外に役に立つなシャイモラ経験。
VRゲームで経験しているというところがミソだ。もちろんたかがゲーム世界、現実の五感に比べたら再現率は低いんだけど、二次元のゲームとは違うレベルで経験が体に刻まれるんだよね。
晴をぶっ飛ばした時も、アッパーきれいに決まったからなあ。
と懐かしく思い出す私。いや、しみじみ思い出すような話じゃないんだけど。晴の話は既に黒歴史だ。
とにかくそういうわけで私は張り込みに入った。絶対にターゲットを仕留めてみせる。




