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76 愛の行方 ~中村さんトゥルーエンド

 あの時、家に入ると言っていたらどうなっていたのだろう。

 後からそんな風に考えたりする。

 いやいやいや、これは清く正しい全年齢向けゲーム。大したことが起こったはずはないんだけど。そこは梨佳の良識を信じる。


 それにしてもこのゲームって、本当に調子が狂う。

 梨佳の脳内だってことは十分に理解しているし、同じシナリオを延々繰り返していることも分かっている。だけどVRのリアルさが、ゲームキャラを相手にしていることを忘れさせる。

 毎回毎回、攻略相手の一挙一動にドキドキしてしまう。これだけシナリオにツッコミを入れているにもかかわらず。

 アレか。システム部門がいい仕事してるのか。それともまさか、あのハードが脳に変な干渉してるんじゃないだろうな。



 まあそれはともかく、ゲーム内の日々は過ぎていく。

 少しずつ日が長くなり、街に花が咲き始め、コートの下を薄着にするか悩むようになってくる。花粉がない分リアルよりいいな。年も取らないしね。

 ……じゃなくて。三月になったということは、この周回の終わりも近いということだ。


 ゲーム内の一年間。それがプレイヤーが対象を攻略するために与えられる時間だ。

 でも実際は、それより前に終わる様々なエンドが存在する。条件を満たすことで発生する破産エンドもそうだし、今までの攻略も三月を待たずに終わりを迎えている。

 最短はドン鈴木エンドだったが、伊藤くんの時も佐藤ゲス人の時もバレンタインで終わりだった。マスタールートは三月下旬まで引っ張ったが、それでも終業式前にはエンドクレジットを見ることになった。

 

 つまり、終業式の日までたどり着いてしまった場合は『彼氏なし、これといったパラメータの引っ掛かりのある攻略対象もいないノーマルエンド』つまり『友情エンド』(命名:私)にたどり着く可能性が非常に高いのだ。

 情緒不安定にもなる。カレンダーの日付は刻々とその日に近付いている。これでまたノーマルエンドだったりしたら、リアルの私は何をしでかすか分からない。


 だというのに、私のやっていることと来たら朝晩ジョンのリードを引いて中村さんと犬の散歩をするのみ。相変わらず小林も一緒だし、いったい私たちの関係はゲームスタート時から少しでも進んでいるのだろうか。クリスマスやバレンタインにはちょっとだけ近付けたような気がしたけれど、錯覚だったんじゃないのか。


 変わったことと言えば……あ、ジョンとハヤテちゃんの距離が縮まってる。

 前に比べて、くっつきあったりじゃれあったりしながら歩いていることが多くなってるな。

 時々ふざけすぎてリードが絡まりそうになったりして、

「こら、ジョン。ハヤテちゃんの邪魔をしないの」

 と叱らなきゃいけないことも多い。


 つーか何だこれ。何で人間様をさしおいて犬の方がラブラブっぽくなってんの。何なのこのゲーム。

 何で私、犬のいちゃらぶを醒めた目で眺めるポジションに落ち着いてるの。ゲーム中盤でのヒロイン感はどこへいった。


 携帯の音が鳴った。小林がポケットを探りスマホを引っ張り出す。

「はい、小林ですけど。……え?!」

 電話を切った小林の顔は真っ青だった。

「何かあったのか」

 中村さんがたずねる。


「教授の助手さんから……。後期試験の追試レポートが……。基準点に全然、足りないって……」

「ついに落第か」

 中村さんが冷静に言う。小林、大学の成績悪いのか。

「ま、まだ落第じゃない。今日中に手を入れて再提出すれば、留年しないで済むかもって言われた」

「じゃあさっさと行け」

 促されて、

「う、うん。そうだな。……うん、大学行ってくる!」

 小林はあたふたと駆け去って行った。


「まったく落ち着きがないな」

 中村さんは呆れたように言った。

「でも心配ですね」

 別に大して心配ではないが、とりあえず好感度落とさないようにそう言っておく私。何だかリアル自分の腹黒さのパラメータが増した気がする。


「別に心配じゃないよ。普段から自分で努力しないのが悪いんだ」

 中村さんはあっさりと言った。何だか意外。

「もっと心配するかと思ってました」

 いつもくっついてるし、かなり仲良いんだろうなと思っていたけど。

「試験勉強の時に十分協力した。追試レポートも手を抜かないように忠告した。友達だから心配もするし協力もするが、甘やかすつもりはない」

 そんなものか。クールなんだな。男の友情ってこんなもんなの? よく分からん。


 と言っている間に、手首をぐいと引っ張られた。

 何かと思って見ると、ジョンだった。話している間にも、ハヤテちゃんの周りをグルグル走り回っていたらしい。リードが完全に絡まってしまって、二匹とも動きがつかなくなっている。


「ジョン~~」

 春が来たせいか、最近ハイテンションで扱いに困る。片手でジョンの首を抱えて落ち着かせながら、もう片方の手で絡まったリードをほぐそうとする、と。

「僕がやるよ」

 中村さんの手が私の手に触れた。私の手からリードを取って、ほどいてくれる。

「はい」

 渡されるときに、もう一度手が触れた。


 びっくりしてリードをつかみそこなった私の手を、中村さんは今度はしっかりと握った。

 そして優しく私の指を折り曲げ、リードを持たせてくれた。

 ……でも、その後も彼は手を離さない。すぐ傍で、彼の目がわたしを見つめている。

 何だ、このいきなりの展開。何がどうしてどうなった。手を握られたまま、私はどぎまぎするばかりだ。


「山田さん」

 中村さんはいつもの穏やかな口調で言った。

「ブリーディングって興味あるかな」

「……はい?」


 もしかしてロマンティックな流れに行くのかと期待したんだけど。

 何、今の。


「僕は、将来ブリーダーになりたいと思っているんだ」

 中村さんは言った。

「ハヤテの子供や孫たちを育てて、そいつらを可愛がってくれる飼い主に渡したい。そんな仕事が出来たらと思ってる」


「はあ。そうなんですか」

 としか言えない。言いようがない。夢を語ってくれる流れになっているのはもしかしたら攻略上プラスなのかもしれないが。

 今ごろ、それじゃあ遅いのでは? 今回も結局、致命的なミスがあったのでは?

 そう思ってしまいガックリ来ている自分がいる。


「それで、相談なんだけど」

 と言って、中村さんは少し赤くなった。

「ハヤテとジョンは仲がいいし、もし山田さんさえ良かったら子犬を産ませてみたらって思うんだ。それで……良かったら、一緒に暮らしたい」


 はあ?

「えーと、ジョンとですか?」

 何この展開。意味が分からないんだけど。犬を譲れと言われているのだろうか。

 だとしたらノーマルエンドほぼ確定なんですが。なのに何でこの人、顔を赤らめてるの。

 本気で意味が分からん。


「その、そうじゃなくて。いや、もちろんジョンには来てもらいたいんだけど」

 珍しく少しうろたえて、中村さんはますます赤くなった。

「山田さんにも一緒に来てほしい。ジョンも君と離れ離れになったら不安だろうし、その、飼い主同士が仲が良かったら犬たちも安心して過ごせるんじゃないかと思うんだ」


 中村さんの目が、真剣に私を見つめる。

「山田さん。いや、サキちゃん。俺と一生、付き合ってくれないか」


 ……あれー。

 なにこれー。


 待ちに待ったハッピーエンドだよね。数ヶ月ぶりのハッピーエンドだよね。

 何かすごい真剣な目で見られてるし。プロポーズ(?)までされてるし。

 

 直近のエンドがドン鈴木エンド、その前は佐藤ゲス人エンド。それを考えると、こんな風に真面目に口説かれるエンドはいったいいつ以来なのか分からない。

 あ、いや。マスターの時も伊藤くんの時も私、口説かれてないや。私の方が口説いたんだった。

 ということは、こんなに真剣に、かつまっとうに攻略キャラから口説かれるのはこのゲームをプレイして初めての出来事! ……のはずなんだけど。


 おかしいよね。前提条件が普通じゃないよね。

 明らかに、『犬 >>>>>>>>>>>>>> 私』になってるよね!

 ハヤテちゃんとジョンを一緒にしたいから、自分も私と付き合う? それって、ものすごく歪んでないですかああああっ?



 とか思ってる間に、あの懐かしい攻略時の音楽が流れ始めた。

 目の前の情景が、睦みあう犬たちと中村さんに握られた手の感触が遠くなっていく。

 空には『TRUE END』の文字。


 待て。ちょっと待て。終わりなの? これで終わりなの?

 せめて、せめてさあ。一度でいいから、普通のハッピーエンドを体験させて。


 

 無限に続く時のループにはまりこんで出られない。

 そんな気持ちのまま、私の意識は遠くなっていった。



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