75 分岐点
冬休みは楽しく過ごした。
微妙な距離感を大切にしつつ、犬中心に三人デートを楽しむ。うん、これやっぱり普通に難易度高いルートだ。ていうか面倒くさい。
でも中村さんの笑顔が優しいから、なんとなく許せる……ような気がしなくもない。
リアルでは晴にデートに誘われて、そのまま勢いで付き合い始めちゃった感じだったんだけど。こんな風に穏やかに距離を詰めていく恋愛もいいな。って、マスターの時もこんなこと思ったけど。
こんなにも同じループを繰り返してさえいなければもっと良かったんだけどね!
バレンタインはいつも通りのチョコケーキ+ハヤテちゃんへのプレゼント、プラス今回は中村さんへの手作りチョコだっ。
前回は小林に的を絞って言いようのない心の傷を負ったので、今回こそは失敗したくない。
だいぶ前に中村さんに告って流されたことは忘れる。忘れる。忘れる。
さて今回の問題点だ。いつも私を送りたがる(というか主に犬を送って私放置な)小林を、どうやってかわすのか。その上で、中村さんに本命チョコを渡さなくてはならない。
地味なんだけど難しいんだよ、これは。中村・小林の癒着ぶりには初期からさんざん悩まされたんだもん。
とりあえずクリスマスのパターンを踏襲してみた。片付けを中村さん任せにせず、多少強引でも一緒に片付けると言い張って残る。これで小林が前回みたいに眠ってくれればOKなのだが。
寝ない。今回は寝ない。こっちをチラチラ見ながら、ひたすらジョンとハヤテちゃんと遊んでいる。
くそー、クリスマスの時より難易度は上がっているか。そうこうしているうちに片付けは終わってしまった。
「じゃ、帰ろうか。送っていくよ」
立ち上がる小林。
「お疲れさま、山田さん。また明日ね」
あっさり送り出される私。
「ジョン、また明日遊ぼうな」
もふられているジョン。やはりここまで攻略が煮詰まっても『犬 >>> 私』なのか。
チラチラ雪が降りだす中を小林と帰ることに。
この演出要らないから。小林と帰るのに雪とか降ってても嬉しくないから。
「ちょっと積もってきたね」
小林は嬉しそうにジョンのリードを握りながら、わずかに積もった雪の上に足跡をつけるのを楽しんでいる。小学生かお前は。
何とか中村さんの家に戻れないかと隙を伺うが、こんな時に限って小林はカンがいい。
ジョンのリードは離さないし、私が後ろを気にしているとすぐに『どうしたの?』と聞いてくるし。
小林のくせに、そんなカンの良さを発揮しなくてもいい。
五回目くらいに私が後ろを振り返った時、
「山田さんさ……」
ためらいがちに言われた。
「中村のこと、好きなの?」
ギクッとした。そういえば前の周回でも、バレンタインの夜に似たようなことを聞かれた。
あの時は小林狙いだったからシチュエーションも微妙に違ったんだけど。
私は返答に困る。
肯定してしまえば、たぶん小林の好感度パラが下がる。すると連動して中村さんのパラも下がる。
タイムリミットの年度末が迫るこの時期には避けたい展開だ。
だけど。でも。
だったら、何を言えば正解なんだろう?
「いえ、あの……」
結果、曖昧に言葉を濁す私。
「中村さんも小林さんもどっちも、大切なお友達ですよ」
逃げのセリフ。前回、小林が私を振るのに使ったセリフのアレンジだ。
「そうか。良かった」
小林は明るい笑顔になった。
「俺は今の三人の関係が好きだから、それが変わらなくて良かった」
って、簡単に信じるのかい。おまけに、前回私を振ったセリフそのまんまじゃないか。古傷が疼くぞ。本当にメンタルにボディーブロー食らわせてくるゲームだな、コレ。
「それにさ。山田さんが中村とくっついちゃったら俺一人になって寂しいし。良かった!」
それが本音か、小林。
結局、家まで送られてしまった。
クリスマスの時の中村さんのように、私が家に完全に入るまで小林は立っていて大きく手を振っている。くっそー邪魔なのよ、さっさと帰れ。
ドアスコープから外をのぞき、小林が帰るのを見届けた。戻ってきたりしないよう、念のため十分くらい待つ。
それから携帯電話で中村さんの番号をコールした。
『はい?』
「中村さん? あの……山田ですけど」
『うん。今日はありがとう。どうかした?』
「その……」
ちょっと緊張する。いや、すごく緊張する。
「忘れ物をしちゃって。今からもう一度、そちらに行ってもいいですか」
『忘れ物?』
中村さんの声が怪訝そうになる。
『そんな物、あったかなあ』
「すぐ行って、すぐ帰りますので。すみません、お願いしますっ」
一方的に言って、一方的に切った。
乙女ゲームにおいてバレンタインは重要イベント。何もしないで終わるわけにはいかない。
この周回に私は賭けているのだ。いい加減、無限ループから抜け出したい。
「ジョン、ごめんね。寒いけど、もう一度付き合って」
ジョンを一度タオルでふいてあげてから、声をかける。
お出かけ大好き、初雪にはしゃいでいる犬に異論はないようだ。ドアを開けたらすごい勢いで飛び出した。小林かお前は。
ジョンと一緒に軽く走りながら、雪の降り続ける街を行く。
少しずつ少しずつ、私たちの周りで世界が白く塗り替えられていく。
古びたアパートが見えた。
その前に、傘をさして立っている中村さんとハヤテちゃんの姿があった。
「山田さん、ごめん。探してみたんだけど、忘れ物見つからなくて……」
言いかける彼に、私は頭を下げて手作りチョコを差し出した。
「もらってください。これが私の忘れものです」
反応なし。しばらくしてそーっと顔を上げると、中村さんはきょとんとしていた。
しまった。逆効果だったか。
寒い中、外出させてしまったし。ここまで来て、また失敗か?
「わざわざ俺に?」
質問された。私はうなずく。
「小林には?」
キツイ質問きた。
これは分岐点だ。たぶん、この質問になんと答えるかでパラメータは大きく変わる。
選択肢が欲しい。でもきっと、選択肢のある乙女ゲームでもここは迷う場面。
そしてこのゲームには選択肢はない。口にする言葉は、自分で決めなくては。
私は中村さんの顔をまっすぐに見た。小さく深呼吸をして、息を整える。
「中村さんにだけです」
これが私。直球勝負しか出来ない女。
だってここは勝負所だ。ここで逃げたって何になる? 逃げが正解なルートだったりしたら、私はまた梨佳にキレる。
「特別なチョコを渡したいのは、中村さんだけです」
中村さんはしばらく黙って私を見ていた。
それから、
「ありがとう。嬉しいよ」
微笑んでチョコを受け取ってくれた。
その笑顔に、ゲームの中と分かっていながら思わず頬が熱くなる。
「雪の中、寒かっただろう。家に入って少し温まっていったら?」
へ。
今度は私がキョトンとする番だった。それから急に頭に血が上った。
「い、いえっ。もう、十分ご迷惑をかけましたから、今日はもう帰りますっ! 行くよジョンっ」
ハヤテちゃんに鼻を摺り寄せくんくんしているジョンのリードを引っ張る。
そのまま自分のアパートまで走って帰った。
街は白く雪に覆われ、私の頬の熱さは部屋に戻ってもすぐには引かなかった。




