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73 有頂天

 私は着々と攻略を進めた。

 中村さんは前回より更に親しげである、というより積極的である。

 今までは遊びの誘いも声をかけてくれるのはもっぱら小林だった。それも『あ、山田さんも行く?』みたいな、ついで感満載で。

 だが、今回は中村さんが声をかけてくれる。それもどこかはにかみを感じさせる態度でだ。も、萌える。


 そして小林の態度も前回以上に変化した。

 私と中村さんが話していると、強引と言っていいほどの勢いで割り込んでくる。そして『私とだけ』話そうとするのだ。


 前回、『いつまでも三人でいたいから』とか言って私を振ったことを思い出すとイラッとするが、落ちつけ私。

 この小林はあの小林とは別人なのよ。彼は選択肢という運命の魔物に操られるしがない人形。

 彼を変えるのは私の選択次第。それがこの手のゲームの醍醐味であり恐ろしさでもあるのだが。

 ……やっぱイラつくわ。


 というわけで小林には必要以上に冷淡に振る舞い、中村さんには愛想よくしてしまう私がいる。

 いいや、今回の周回は中村さん狙いだから。室長情報が確かなら、これで落とせるはずなんだし。


 クリスマス会ではサラダとスープの差し入れを忘れない。サラダにはさりげなく、中村さんが好きで小林は苦手なパセリを入れた。

 前回買ったワンピースは諦めた。犬と遊びやすい服装に、スカーフを使ってちょっとだけオシャレに見えるよう工夫する。アクセサリー類は犬が気にして手を出そうとし、最悪ケガをしてしまうこともあるので付けない。


 そして小林のからみを華麗にかわしつつ、中村さんと会話しようと努力する。

 ここで加減が難しいのは、小林に冷たくし過ぎてはいけないというところだ。露骨に仲間外れにしてしまうと、中村さんが気を遣い出し三人で何かする流れになるか、最悪男二人だけで話し始めて私が蚊帳の外にされてしまう。


 つまり、このルートでは攻略対象と自分だけのパラメータを気にしていればいいというものではない。

・『自分の犬と自分』

・『犬同士』

・『ハヤテちゃんと自分』

・『攻略対象の友人(小林)と自分』

 この全ての関係を常に気にしつつ、バランスを取って進めなくてはならないということだ。


 高度だ。異様に高度だ。というか、既に面倒くさい域に入ってる気がするのだが。

 こういうのってリアルだけで十分じゃね? なぜ、ゲームの中でまでめんどくさい人間関係(と人犬関係)に気を遣いながら暮らさなくてはならないのか。

 ものすごく疑問だが、攻略は間近という室長の言葉だけを信じて頑張る。私って仕事熱心。


 ということで、中村さんの気を悪くしない程度に小林と会話。……しているつもりだったのだが、途中で中村さんが無言で席を立ってしまった。

 私と小林が親密にテーブルで会話をし、中村さんは一人犬と遊ぶ。そんな状態に。わ、私、何かした? また失敗?

 小林は調子に乗って大学の教授の話とかゼミの先輩の話とかをしまくっている。だがゲームにすら登場しないモブの話を延々と聞かされても面白くもなんともない。内心ジリジリしながら、私は中村さんに話しかけるチャンスを待った。

 

 小林がトイレに立った隙を見て、彼の傍に行った。それでも中村さんは何も言わず、ひたすら犬たちと遊んでいる。

「中村さん?」

 無言。

「あの、中村さん?」


「ハヤテ、おいで」

 無視。

「えーとジョン……」

「ジョンもおいで」

 犬も取られたし。それ、私の犬なんですけど!


「あの、何か怒ってます?」

 恐る恐る聞いてみる。ここで好感度を落としたら、時期的にもうリカバリーは出来ない。

 今更ターゲットを小林に変えるのも、残り時間からするとビミョウだ。頼むからもう、このルートに決着をつけさせてくれ。


「怒ってないよ」

 中村さんは私と目を合せないで言った。

「ハヤテとジョンは僕が見てるから、山田さんはゆっくり小林と話していていいんだ。二人は気が合っているみたいだし」


 へ? それはいったい、どういう意味?

「遠慮しなくてもいいから」

 あれー。もしかしてこれ……妬かれてるのでは。


 感動しすぎて目眩がした。このルートでこんなことが起こるなんて思わなかったので、涙が出るかと思った。

 小林の方が明らかに私より中村さんと仲が良かったり、犬の方が明らかに大事にされていたり。

 そんな日々を長く続けてまいりましたが、それも終わった。今の私は間違いなく、乙女ゲームのヒロインだ!


 そういうことならば、感動にばかりふけっていないでちゃんとヒロインらしく振舞わなくちゃね。

 ヒロインだからね。私がヒロインだからね!



 犬と遊び続けている中村さんをじっと見る。黙ったまま彼との距離をちょっとだけ縮め、

「ジョン、おいで。ハヤテちゃんも」

 犬たちに声をかけた。

 私の方に寄って来る犬たち。ふかふかの毛皮をモフる。あー気持ちいい。……ちょっと待って、ジョン近い、近すぎ、私によじ登ろうとするな。今、顔をなめなくてもいいから。


 ジョンの激しすぎる飼い主大好きアピールをかいくぐり、何とか中村さんに会心の笑顔を向けた。

「私も、こうしていた方が楽しいんです」

 ジョンのハッハッハッハッいう声が耳元でうるさいが、これは決まったんじゃないだろうか?



 もう、勝利の予感しかしないね。苦節数か月……長かったが、苦労が報われる日はきっと近い。

 三角関係の頂点、それすなわちヒエラルキーの最上位。 

 君臨する私を刮目して眺めよ!


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