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72 ヒロインな日

 翌日から早速、アドバイスを実行した。

 時間を巻き戻して年度当初へ戻る。ペットショップで選ぶ犬はオスのラプラドールレトリバーだ。

 名前はジョンにした。適当なこと極まりないが、私もいい加減このルートのエンドが見たい。犬の名前に割く脳ミソの容量はない。


 犬を通じて中村・小林の二人と出会い、親交を深めていく。ジョンは結構おバカでしつけが大変な犬だったが、神経質でない分最初のマリーちゃんよりマシだった。気のいいワンコだが、大雑把すぎるのがトラブルの元になるタイプという感じかな。


 途中で出たドッグショーの話は華麗にスルー。攻略がどうとか以前に、ジョンをショーに出すのは積極的に遠慮したい。絶対に何かやらかすタイプだもん。ドッグショー周回の時にこの犬を引かなくて良かったよ。



 攻略は順調に進んだ。海デートに誘われ、みんなで楽しいお出かけ。……ただし、やはりジョンはやってくれた。

 海に着くと、いつも通り小林さんが犬たちを遊びに誘う。しかしジョンはなぜか、ボールに目もくれず波打ち際へ走る。そして、ざぶんと……ざぶん?!


 はふはふはふはふ。

 他の犬たちは何となく嫌がって近付かなかった海に平気で飛び込んだジョン。そして鼻息荒く泳ぎだした。泳ぎ……泳……待って、どこまで行くつもりなの?

 これ、ゲームだからね。この海はどこにもつながってないからね。対岸なんて存在しないんだよ。

 なのに世界の果てまで泳ぐ気なのか、ジョンはただひたすらに沖へと向かっていく。


 あわてた私も着衣で海へ飛び込む。ジョンを引き戻そうと全力で追いかけた。

 遊びに夢中な時のジョンは呼んだって聞きやしないから、無理やりつかまえるしかない。服が海水を吸って重いが、ジョンにとってこれが生まれて初めての水泳だったことが功を奏した。

 何とかバカ犬を捕まえた私を、ヘルプに来てくれた中村さんと小林さんが引き上げてくれる。


「大丈夫? 山田さん」

「大丈夫? ジョン」

 混乱していたのでどっちか分からないが、確実に私より犬を心配したヤツが一人。くそう、このルートは地味に屈辱だな。犬より下な扱いの場面多すぎ。


 で、三人と一匹は海辺で体を乾かすのだった。遠浅だったので、中村さんと小林さんはジーンズは濡れたが上半身はさほど濡れていない。

 びしょぬれなのは私とジョンだけだ。ジョンはいいよ、毛皮を乾かすだけだからね。

 問題は私だ。こんな時こそ水着を着て来ればよかったよ。使わないと思って、持ってきてもいなかった。


 とりあえず車の中で服を脱ぎスカート代わりにバスタオルを巻き、上には中村さんのパーカーを借りて羽織った。濡れた服は岩の上で広げて乾かす。天気も良いし、すぐに乾いてくれることを祈ろう。

 ちなみに車に戻る前に、犬の毛だらけのハヤテちゃん専用バスタオルを小林が差し出してくれたが丁重に辞退した。本当、気が利かないな小林は。


 それにしても犬のパラメーターによってこんなシナリオの差があるとは、いつもながらびっくりさせられる。こういう濃やかなところがこのゲームの良さと言えばよさであり、鬱陶しさと言えば鬱陶しさだ。

 変化があるのは好ましいのだが、イベント内容がウザいというかどうでもいいというかなんだよね。

 わざわざ時間を取って経験しなくてもいいようなイベントなのだよな、いつもいつも。


 そういえばこのゲームにはスキップ機能もない。リアル感を求めるVRゲームにスキップ機能はなじまないのかもしれないが。

 それがゆえにプレイヤー(私)は製作者(梨佳)の考えた変てこなイベントに延々と付き合わされることになるのである。


 この数多いイベントを作り上げるためにどれだけの人件費と光熱費とコンピューターのメモリが浪費されているのだろうと思い、私は更に暗鬱な気分になった。エネルギーの無駄だよ、ホント。


 しかし今回のイベントは……もしかして微エロ系イベントなのだろうか?

 中村さんと小林が微妙に挙動不審なのが目新しいと言えば目新しいが、乙女ゲームで女の子が脱ぐのは誰得なのだろうか。

 梨佳。イベントはよく考えて入れてよ。思い付きでいれたでしょ、これ。

 

 そんな私の思いには関係なく、ジョンは上機嫌でハヤテちゃんとたわむれているのだった。お前は気楽でいいな。あまり飼い主に迷惑をかけないでくれ。

「ハヤテとジョンは仲がいいね」

 中村さんがぽつりと言った。それから私の顔を見てニコリと笑った。


「あ、そ、そうですね」

 突然のことにビックリして、私はついどもってしまう。

 前回の、サザンカ連れの海デートの時よりいい笑顔……これはもしかして、私のお色気効果?


 舞い上がっていた私は、

「寒くない?」

 と聞かれて反射的にうなずいてしまった。

「やっぱり寒いか。じゃ、これも着て」

 って、この声は小林?


 犬と遊んでいるとばかり思っていた小林が私の後ろにいて、自分のパーカーを中村さんのパーカーの上から着せかけてくれた。

「これで少しは違うでしょ」

 こっちもいい笑顔だ。あれー何だこれ、何だこれ?


「小林。犬と遊ぶんじゃなかったのか」

 中村さんの声が、ちょっとだけ憮然としているように聞こえる。

「だってさ。ハヤテとジョンだけで楽しく遊んじゃってるんだ。俺、入れてもらえないんだよ」

 犬に仲間外れにされたのか。小林、不憫なヤツ。


 けれど、これはつまり今度こそ本当の、三角関係の予感では。

 ここに至ってついに来た。今なら言ってもいいよね。

 何だか私、乙女ゲームのヒロインになった気がするわっ。 


 ……いや、正真正銘乙女ゲームをプレイしている最中なんだけどさ。実感が来るのが遅すぎるよ。  



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