71 プレイ解析 第10回
「り・か~」
バレンタインの虐殺後。彼氏なしのノーマルエンドを経て、現世に戻って来た私の声音はヤバかった。顔は笑っているが心は微塵も笑っていない。楽しくて笑っているわけでなく、笑うしかないから笑っている。そんな感じだ。
「あ、咲。惜しかったね」
そして笑顔で迎えてくれる、脳みそにお花が咲いたアラサー女子。
「梨佳。私ね、怒ってるの」
私はきっぱりと宣告した。
「今すぐ、あの二人の攻略方法を教えて。でないと今からアンタのことを後醍醐さんと呼ぶよ」
「後醍醐って言わないでっ! 苗字で呼ばれるの嫌いなの知ってるくせに」
梨佳は一瞬で眉を吊り上げ、夜叉の表情になった。良かろう、こちらも戦う準備は出来ている。
「まあまあ。落ち着いて、平群さん」
だが戦いを告げるゴングは鳴らなかった。コケシ顔のなあなあ男が出てきて、私たちを引き分ける。
「ダイブしたばかりで疲れてるんでしょう。後醍醐くん、お茶でも入れてあげて」
「後醍醐って言わないでください!」
梨佳はヒステリックに怒鳴ったが、お茶を入れるというアイディアにはさからわなかった。電気ポットが置いてある部屋の隅にまっすぐ向かう。
「連日のダイブだから疲れが出るでしょう。そろそろメディカルチェックを入れた方がいいかな。後醍醐君から、その辺りのことは言われてます?」
私は首を横に振った。梨佳はそういうことには基本的に気が回らない。私が生きた人間で、あのゲームのテストにより体調を崩す可能性もあるということは、あの子の頭からは抜け落ちがちだ。
室長は『分かりました』と言った。
「僕の方で予定を組んでおきましょう。攻略も大変なところにさしかかっていますからね。平群さん、犬は好きですか?」
今それを聞くか。遅くない?
「嫌いではないですが、特別好きでもありません」
犬を見たからといって恐怖を感じたりはしない。フツウに可愛いと思う。
でも、何か月も続けて言うことを聞かない子犬を育て続けるほど好きかと言われるとビミョウだ。
「じゃあ辛いでしょう。辛いですよねえ。犬ルートですからねえ」
室長は腕を組んでウンウンとうなずいた。
あのさあ。そういう風に思っていたんなら、もう少し早く口を出してほしかったんだけど。出来れば梨佳がこんなとち狂ったゲームを作り上げてしまう前に。
「犬エンドも大体クリアーできたようですから、もういいでしょう。僕から教えますよ。あのね、ゲームキャラの中村を攻略するのはそんなに難しくないです。次のダイブではラプラドールレトリバーの子犬を飼ってください。オスをね」
「室長!」
お茶を持ってきた梨佳が鋭く言った。『バラすな』と顔に書いてある。
「もういいだろう、後醍醐くん。平群さんはよくやったよ」
室長はきっぱりと言う。梨佳が声のトーンを上げて『後醍醐って言わないで』と……以下略。
「それよりさ、平群さんがここまでやっても攻略の道を自力では見つけられなかったことを重視すべきだと思うんだ。前々から彼女が言っていた通り、このゲームは難易度高いんだよ。だから、ヒント機能を実装するためのプログラム作りをどんどん進めてください」
私はぽかんと口を開けた。室長がアッサリ攻略法を教えてくれたのも衝撃だったが、『アンタも攻略法を知っていたのかい』ということに対する驚愕がそれを上回った。
だったらもっと早く教えてよ。そしてヒント機能の実装、急いでください。真剣に。
「咲だって、もう少し頑張れば自力で攻略法を見つけたかもしれないのに」
梨佳は見事なへの字口で言った。
「ね、咲?」
うなずけない。その言葉にはうなずけない。
「ラプラドールレトリバー。オスの子犬」
私はバカみたいに繰り返すのみである。
「それが攻略のカギなんですか……?」
うわごとのような言葉に、室長は厳粛にうなずいた。
「今回みたいにコンテストに協力する形で、ハヤテと自分の犬のパラメータに注意しながらゲームを進めて下さい。それでトゥルーエンドに進むはずですから」
それだけなのか。だとしたら、今までさんざん悩んだのがバカみたいな簡単な攻略法だが。
実はちょっとだけ、思い当たる節がある。
中村さんの愛犬、ハヤテちゃんが正にラプラドールレトリバーなのだ。で、ラプラドールのオスの子犬が攻略のカギということは……。
「僕は『将を射んと欲せばまず馬を射よ』コースと呼んでいたんですけどね。このルート、まずはハヤテと自分の犬の親密度を上げるんです。ただしメス同士だとある程度以上はパラが上がりません。オスでもラプラドール以外の犬種だと、一定値まで親密度が上がると中村が犬たちを引き離してしまいます。ラプラドールのオス、それが唯一のトゥルーエンドへの道なんです。犬たちの親密度が上がれば、中村の親密度パラも一緒に上がりますから」
「あーっ、室長! そこまで細かくバラさなくてもいいじゃないですかっ」
梨佳の悲鳴が聞こえるが、私の頭の中は『なんだそれっ!』という文字列で満たされていた。
中村さんと小林さんを攻略するヒントでもないかと、膨大な犬エンドに挑戦し続けた日々。あれは、いったい何だったのか。
私の二十代の残り少ない貴重な日々を返せ。夕日に向かってそう叫びたい。
そんな脱力感が、私の全身を満たした。




